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第3章

1話 転生令嬢、猟師会の訓練を見学する

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 王都から見て北の方角に位置するこのザルツ山では、夏と秋が短い。
 森神様であるモーリンを讃えると共に、その加護によってもたらされる山と畑の実りを感謝する為に行われる、村の秋祭りが終われば、山はすぐ冬に突入する。

 ちなみに今回の秋祭りだが、村ができて以降、人前にほとんど姿を見せなかったモーリンが、祭りの最中に堂々と姿を現した挙句、私を名指しで巫女に就任させるよう、改めて命じてきたもんだから、祭りの会場は大騒ぎの大盛り上がり。

 お陰で私はあれよあれよという間に、いつもは祠に奉納されるだけの、野イバラの実を模したガラス玉を飾ってある、編んだ麦わらでできた祭礼用の宝冠(サイズが大人用なのでブッカブカだ)を無理くり被せられ、御祭神のモーリンと一緒に奉られる羽目になりました。
 クッソ恥ずかしかったです。

 なお、年明けにも似たような祭りがあるので、多分そん時にも私は、秋祭りと同じようにモーリン共々奉られる事になるのだと思われる。今からもう既に、精神的にちょっとしんどいわ。


 なんか話が脱線したんで戻します。
 この間まで秋の初めだと思っていたのに、今や山の中腹にある村には雪が降り始めている。その辺の道や家々の庭先と違い、雪を退けない畑は数日前からずっと真っ白に染ったままだ。
 しかし、そんな中でも、村の猟師会の狩りと自衛の為の訓練は休みなく続いており、リトスも当然のような顔で訓練に出ると言うので、今日は私も訓練を見学させてもらう事にした。
 暇を持て余したおキツネ様が、ちょっと訓練を見学させろ、と我が儘を言い出したので。

 猟師会会長のアステールさん曰く、普段は、手合わせの際に弾かれるなどして手から離れた木剣や、的に撃ち込み損じた流れ矢などが、見学者のいる場所へ飛んでいく可能性を鑑み、猟師会に所属してる人間以外の見学は断っているらしいのだが、「森神様がお守り下さるなら」という条件で、特別に許可を出してくれた。
 ありがとうございます、お手数おかけします。

 そしたら、この村唯一の衣料品店を営む、ゼクスのご両親であるカトルさんとピアさんが、森神様が守って下さるなら見学しても平気だろう、と言い出した。
 なんでも、息子のゼクスが猟師会の活動にあんまり興味がない反面、カトルさん達は前から興味があったらしい。
 ちなみに、カトルさんはどんな相手に対しても敬語で話す、赤茶色の髪と緑の目を持つ物腰柔らかなイケメン。ピアさんは金髪に翠の目持つ美女で、はきはきしたしっかり者だ。

 なんつーか、この辺の人達からも、お貴族様みたいな雰囲気をそこはかとなく感じるんだよね。
 揃いも揃って美男美女ばっかりだし。
 お陰で村の一角だけ、馬鹿みたいに顔面偏差値が爆上がりしてるように思う。

 おっと、また話がずれた。
 ともあれ、カトルさんご夫婦が見学希望を申し出た途端、それを耳にした他の村の人達まで、俺も見たい私も見たいと言い出して、芋づる式に見学者が増えてしまい、最終的に村の総人口の3分の1近い人数が集結する事態となった。
 今や訓練場の一角は、まるでピクニックパーティみたいな有り様になってしまっている。
 なんか申し訳ない。

 アステールさんも当初、「訓練は見世物じゃないんだがなあ」と愚痴っていたが、すぐに気を取り直し、「猟師会の活動や活躍を詳しく知ってもらうチャンスでもあるか」と、許可を出してくれた。
 苦笑いしながら、「この辺は冬になると畑仕事がなくなるから、みんな暇なんだろうしな」…とも言ってたけどね。

 そんな訳で現在、私達の目の前では、猟師会の人達の訓練が繰り広げられている。
 と言っても、最初にアステールさんが述べていた通りあくまでも訓練なので、素振りとか走り込みなんかがメイン。言うほど派手な事もないし、盛り上がる場面などもない。

 しかし、それでも見物に集まった村人達は、猟師会の訓練を興味深げに見守り、時に声援を送っていた。
 それはきっと、猟師会の人達が日々、村の為に努力を重ねて頑張ってくれていると、この場の誰もが理解しているからだ。
 だからこそ、訓練を見守る目も自然と暖かいものになるんだろう。

 当然私もその考え方に倣い、リトスやシエルの訓練風景を暖かく見守っている。
 うーん。思ってた以上に成長してるなあ。リトスってば。
 今はシエルと2人で剣の打ち合いやってるんだけど、ちゃんと形になってるっていうか……素人目にも『剣術』やってるなって分かるんだよね。

 見物人が沢山いるせいか、リトスもシエルも凄く真剣で気合入ってて、かなりの迫力だ。とても10歳と8歳の立ち合いだとは思えない。子供が遊びでやってるチャンバラとは、ひと味もふた味も違う。
 見てるこっちも思わず熱が入って、「リトス、シエル、頑張れー!」と声をかけると、2人の打ち合いの速度が更に上がった。

 おお、こりゃまた凄い。
 リトスもシエルも将来有望だね。
 他の人達もリトスとシエルを微笑ましそうに見守っている。
 つーか、なんだか頑張ってるの通り越して、死に物狂いな雰囲気すら感じるんだけど……気のせいかな。



 訓練開始から数時間。
 ちょっと早いが、休憩時間と昼食の時間をまとめて取る形で、みんな思い思いの所に腰を落ち着け、持参したお弁当を広げている。
 私とリトスも一緒にサンドイッチ(残念ながらNot手作り)を食べる事にしたんだけど、そこになぜか、セレネさんお手製のバゲットサンドを持ったシエルも加わって、今は3人でご飯を食べている所だ。
 正確には、モーリンも一緒にサンドイッチをバクバク食べてる訳だけど。

 正直、何食わぬ顔で私達の所に来たシエルを見た時には、一瞬、お父さんと食べないのかな、と思ったのだが、口には出さなかった。
 こっちの世界の子供って成人年齢が16なせいか、10歳でも結構大人ぶりたがる子が多いし、不特定多数の人達がいる場所では、親と一緒にご飯食べるのが気恥ずかしいのかも知れない、とも思ったから。
 第一、多感な時期の男の子は扱いが難しい。
 余計な事を言うのはやめた方がいいだろう。

 あとなんか、リトスとシエルは周りの人達から引き続き、微笑ましそうな目を向けられてるし。
 ここは私も余計な事は言わず、大らかな気持ちで黙って見守るべきだよね。
 ……なんて思ってたら、比較的近い場所でご飯を食べていたアステールさんの、「やっちまったなあ」という声が聞こえてきた。

「どうしたんですか?」

「ああいや、今日はセレネが婦人会の集まりで家を長く空けるって言うんで、俺とシエルの分だけじゃなく、シエラの分の弁当も作って行ったんだが、どうやらそのシエラの弁当まで、うっかり他の荷物と一緒に持って来ちまったみたいでなあ……」

 アステールさんがばつの悪そうな顔で頭を掻く。
 あらら。それはシエラも困ってるだろうな。
 まあ、あの子の事だから、黙って1人で困ってないで、怒ってここに乗り込んで来そうな気もするが、そうなったらなったで、アステールさんがちょっと気の毒かも。

 今さっきの訓練でみんなにカッコいい所を見せたかと思ったら、今度は娘にお弁当の事でなじられる姿を見られちゃうとか、ないよねえ……。
 うんよし。そういう事なら、私がひと肌脱ごうじゃありませんか。

「じゃあ、私がシエラの所にお弁当届けて来ます」

「え? いいのか? プリム。そりゃ助かる。多分あいつは今頃、村の広場でトリアやゼクスと遊んでるはずだ。よろしく頼む」

「分かりました」

 私がこっちに近付いて来たアステールさんから、小さなバスケットを預かって立ち上がると、リトスとシエルも一緒に声を上げる。

「じゃあ僕も一緒に行く! プリムの護衛!」

「しゃーねえな。そういう事なら、俺も一緒に行ってやってもいいぜ?」

「なに言ってんの。ちょっと村に戻るだけなのに、護衛なんて要る訳ないでしょう? それに、あんた達はご飯食べたらまたすぐに訓練始めるじゃない。
 私だって、ここから走って移動する訳じゃないし、戻るまでに幾らか時間かかると思うから、一緒に来ちゃダメよ」

 私がぴしゃりと言うと、リトスもシエルも言葉に詰まって黙り込んだ。
 私の言う事の方が正しいと、そう判断したのだろう。

『ならば、妾がついて行ってやろうかえ?』

「モーリンもダメ。見学の人達を流れ矢とかから守るって約束で、訓練の見学を許してもらったんだから、ここにいてくれないとみんな困るわよ」

『むう……。確かにそれもそうじゃな。やむを得ぬか。精々道端ですっ転んだりせぬよう、気を付けて行くのじゃぞ』

「はいはい、分かってます。じゃあ行ってくるわね」

 私は適当に手を振りながら、訓練場を後にして歩き出した。
 村の中に、想定外の厄介事が待ち受けているとは、予想だにしないまま。
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