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第2章

5話 転生令嬢、探検に行く

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 私とリトスがこの山に住み始めてから、大体ひと月が経過した。
 先日には約束通り、全粒粉の大袋×2をデュオさんの店に卸し、最初の取引もつつがなく終わっている。なお、最初に出した小麦粉も、折角出したのだからと買い取ってくれたので、我が拠点には早速貯金ができていた。
 なんとあの小麦粉の小袋、最高品質のお墨付きを得た上、たった一袋で銀貨5枚に化けました! イエーイ!

 え、銀貨2枚って価値としてはどんくらいなのかって?
 では、ざっくり説明させて頂こう。
 この世界では主に、金貨、銀貨、銅貨、大銅貨、鉄貨の5つが使用されている。
 私の感覚だけど、鉄貨はおよそ10円くらい。1円玉より小さい鉄製で、少し薄っぺらいコインだ。これが10枚集まると銅貨に、銅貨が10枚集まると大銅貨に、という風に金銭価値が上がっていく。

 だが、ごく普通の平民が扱う貨幣は基本的に銀貨まで。
 金貨を扱えるのは、平民でも大店構えた大商人くらいのもので、後は王侯貴族しか、金貨を日常的に使う奴はいない。要するに、金持ち限定の硬貨ってやつだね。
 他にも大金貨とか白金貨とかいうのもあるらしいが、平民の身分で金貨以上の硬貨を目にする事はまずないらしいんで、その辺の説明は端折らせて頂こう。

 それから、価値が上がるごとに硬貨のサイズも大きくなっていく模様。
 と言っても、もらった銀貨は100円玉くらいの大きさだったし、多分金貨でも500円玉くらいのサイズに留まってるんじゃないかな、と思う。

 後は、貨幣としての価値がひとつ上がるごとに、ゼロが1個ずつ増えてくと思ってもらえればオッケー。つまり、今私の懐には、約5万円程度の貯金がある計算になる訳だ。
 月末の収入がお幾らになるか、今から楽しみです。


「「プーリームー! あーそーぼー!」」

 家の中の掃除をしながら、月末の収入に思いを馳せてニヤついていると、外から男の子と女の子の元気な声が聞こえてきた。
 ははあ。この声は、トリアとゼクスだな。
 片付けを一時中断し、外へ出てみると、案の定そこにトリアとゼクスの姿があった。

 トリアは、私が今月からお世話になる取引先、デュオさんの娘で、焦げ茶色の髪をボブにしてる、濃い青の目が印象的な可愛い子だ。
 特技は木登りという、典型的なおてんば娘。とっつきやすい明るい子で、話していて楽しい。品はあるけど、典型的な肝っ玉母さんでもあるアンさんと似て、なかなか肝の据わった子でもある。

 ゼクスは、この村唯一の衣料品店を、奥さんのピアさんと2人で共同経営している男性、カトルさんの息子。
 短く刈り込んだ赤茶色の髪と緑の目がトレードマークの、元気いっぱいなやんちゃ坊主で、好奇心もバリバリに強い子だ。
 でも、それでいて素直な所もあるので、会話にストレスを感じた事はない。むしろ、話していて楽しい子です。

「こんにちは、トリア、ゼクス。もうお家の手伝い、終わったの?」

「うん! だっていつもお手伝い、あっという間に終わっちゃうから!」

「まあな。よーするにまだ俺もトリアも、店の掃除くらいしかやらせてもらないんだよ」

「あはは、成程ね。……ちょっと待ってて、私ももう少しで家の掃除終わるから!」

「分かったー!」

「うん、待ってる!」

 トリアとゼクスに言い置いて家の中へ引っ込み、残りの掃除をちゃっちゃと終わらせる。
 そもそも大して広くない――てか、むしろ狭い部類に含まれる家だし、毎日掃除してる分、そんなに時間をかけなくてもちゃんと綺麗になるのだ。

「お待たせー!」

「プリムお疲れ様ー! ……あれ? そういえばリトスは? いないの?」

「あー、うん、そうなの。リトスは今日も猟師会の訓練所。なんか、シエルとライバルになったみたいで、すっごい張り切ってるの」

 首を傾げるトリアに、苦笑しながらそう答える私。
 そうなんだよねぇ。なんかこの間、山のふもとの汽水湖で釣り遊びをしてる時、シエルから猟師会に入らないかってお誘い受けたらしくて、それからホントに猟師会に入っちゃったんだよね、あの子。
 お陰でここ最近、リトスやシエルと遊ぶ機会がめっきり減ったし、昼間に顔を合わせる時間も大幅に減ってしまって、正直寂しい。
 全くもう。なんか決める時には報連相しなさいって言ったのに、勝手に決めちゃうんだからなあ。

 反対はしなかったけどね。
 私も気付いて分かってたから。
 リトスはずっと、持って生まれた気の弱さと世間知らずさのせいもあって、ここへ来てからというもの、いつも私の後ろに引っ付くようにして過ごしてる自分に、劣等感や焦りを感じているようだった。

 だからこそ、猟師会に入ろうって誘いに、1も2もなく乗ったんだろう。あの子は、猟師会に入って自分を鍛える事で、自分の中の劣等感を壊そうとしているのだ。
 リトスは、これからどうしたらいいのか自分の頭で考えて、最適解を自力で見出し、自分の意思でそう決めた。
 自分の未来を、自分の力で切り開く為に。
 そうと分かってて、反対なんて出来る訳ないじゃん。

 しゃーないので、私も素直に背中を押して、応援する事にしたんですよ。
 ここしばらくの間、身体のあっちこっちに擦り傷や痣作って帰ってきてばっかで、心配も絶えないけど、我慢。
 ついでに、美味しいご飯でも作って待っててあげられたら、それこそお姉さんとして満点なんだろうけど、その辺の事に関しちゃ無理だと分かってるので、ハナから除外している。

 実はこの間、気まぐれにキッチンで何か作ろうとして、思い出してしまったのです。
 前世の自分が、自力では目玉焼きひとつまともに作れない、破滅的な料理下手のメシマズ女だったという事を……!

 自分で言うのもなんだけど、かつて己が作成した品を思い出した途端、あまりのおぞましさにガクブルったね。私は。
 そんな輩が、今更一念発起して料理作って子供の前になんて出してみろ。無垢な幼心に一生消えない傷を……いや、死してなお消えないトラウマを魂に刻み付ける、阿鼻叫喚の地獄展開が口を開けて待ってるだけだ。

 だから私は今日もまた、リトスが帰って来てから何を食べたいか直接訊いて、それに沿ったものをスキルで出して食べさせるのである。
 それこそが、私にとってもあの子にとっても、なにより一番平和で幸せな行いなんだよ……。


 ――まあアレだ。もう過去の話は記憶の彼方に封印し、二度と掘り起こさないようにするとして、今はトリア達と何をして遊ぶか考えよう。
 子供の遊びはある種の学び。
 決して疎かにしてはいけない、今しかこなせない大切な仕事でもあるのだ。

「ねえ、何して遊ぶ?」

「んー、そうだなあ……。石けりは昨日もやったし――あっ、そうだ! 探検に行こう! そんで、森神様を探すんだ!」

「え? もりがみさま……? ってなに?」

 目を輝かせながらそんな事を言い出すゼクスに、今度は私が問いかける。

「あ、そうか。プリムはよその街からここに来たから、知らないのか」

「森神様っていうのは、このザルツ山に住んでる精霊様の事よ。村のおじいちゃんやおばあちゃんには、『お守り様』って呼ばれてるの。緑と大地を司る大精霊で、村の守護神なんだって」

「そんなすごい神様が、この山にいるんだ」

「うん。そうみたいだよ。毎年村で年の初めと夏の終わりに、森神様を称えて感謝する祭りをやるんだけど、そん時に出す捧げ物の芋や小麦も、次の日の朝には綺麗になくなってるから、多分ホントにいるんだと思う。でも、誰も見た事ないんだよな」

「そうそう。でもね、今からずーーっと昔、あたしのおばあちゃんのおばあちゃんが子供の頃、1回だけ見た事があるって聞いたわ。森神様はね、綺麗な真っ白いキツネさんの姿をしてて、身体がほんのり光ってるんだって!」

「スゲーよな! 俺達も、いっぺん見てみたいよなあ!」

「そっかあ。そんな綺麗なキツネの神様なら、確かに一回見てみたいかも」

 はしゃぐトリアとゼクスに調子を合わせ、私も笑ってそう言ってみる。
 正直そんなモンどこ探したっていないと思うけど、子供の話に水を差すなんて、大人のやる事じゃないしねえ。

 とまあ、そんなこんなで私はトリアとゼクスに連れられて、村の側にある森神様の祠近辺を歩き回り、森神様探しに付き合う事になったのである。

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