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第2章
4話 転生令嬢と村の住人達 2
しおりを挟むこれから、猟師会の寄り合いに顔を出しに行くのだというフィデールさん、サージュさんと手を振り合って別れ、更に道を進んで行くと、袋小路になっている道のすぐ側に、『アントリア雑貨店』という看板を掲げた店が見えてきた。
「着いたよ。ここが村唯一の雑貨屋だ。……おーいデュオ、いるかい?」
ジェスさんが気安い口調で店のドアを開けると、カランカラン、という、少し高音で軽やかなベルの音が鳴り響く。まるで、一昔前の喫茶店みたいだ。
店の内部には、私の背丈の半分くらいの高さの棚が等間隔で並べられ、その上に小物を中心とした商品が陳列してある。
一方、壁際には天井に届かんほどの高さの棚が幾つも並んでいて、そこには一抱えもありそうな瓶や寸胴鍋などが並ぶ。棚と棚との隙間には蓋のない木箱が置かれていて、その中には柄の長いほうきやスコップ、鍬、鋤などが立てかけられていた。
「……。ああ、ジェス。いらっしゃい」
店内奥の中央、長方形のカウンターの中にいる、今ジェスさんの挨拶に応えてくれたのが、店主のデュオさんなんだろう。
店主というから、勝手に4、50代くらいの、少し歳のいった人を想像してたけど、かなり若い。多分この人も30代かそこらだ。
短く整えられた灰色の髪と切れ長の水色の目が特徴的な、クール系イケメンでいらっしゃいます。
「しばらく前、1人で王都に向かったと聞いて、心配していた。無事で戻って何よりだ。――その子達は?」
「ああ、今説明する。実は――」
ジェスさんが、ここへ私達を連れて来た理由を搔い摘んで説明すると、デュオさんが神妙な面持ちで、ふむ、と唸った。
「成程、分かった。そういう事なら否やはない。――まずはプリム。すまないがここで、店に卸す予定の品を出せるだろうか」
「あ、はい。出せます。ちょっと待ってて下さいね……」
デュオさんにそう頼まれた私は、カウンターの脇にある少し広い場所に移動して、頭の中にイメージを浮かび上がらせる。
そうだなあ……。じゃあまずは小麦粉を出してみよう。
量は大体20……いや、40キロくらいかな。容れ物は袋。よくファンタジーものの漫画とかに出てくる、穀物や小麦粉を入れてあるようなのがいい。みっちり目の詰まった、麻袋みたいなやつ。
固まったイメージのままに念じると、ぽん、という音と薄い煙が湧き起こり、煙が晴れたその後には、頭の中に思い描いた通りのブツがきちんと出現していた。
案の定、これにはジェスさんもデュオさんも驚いたようで、ジェスさんは「うおっ!」と声を上げ、デュオさんも切れ長の双眸を、これでもかと丸くしている。
「はあぁ……これが君のスキルの力か……。いや凄いな。実際に目の当たりにしても、何だか信じ難いくらいだ……」
「……ああ。上手い表現が思い付かない。……中身を確認しても?」
「はい。どうぞ」
私は短く訊いてくるデュオさんにうなづき、小麦の袋から数歩分ほど離れた。あんまり傍に張り付いてると、検品の邪魔になる。
「どうでしょうか?」
「……不純物がなく、きめが細かい。とても質のいい小麦粉だ。王侯貴族が口にするものと比べても遜色ない。ただ、これでは平民の間に流通させるには、高品質過ぎる。少しグレードを落とせるだろうか」
「うーん、そうですか。じゃあ、全粒粉と混ぜる、というのは? そしたら普通の値で売れませんか?」
私の提案に、デュオさんが再び、ふむ、と唸る。
我ながらいかんなあ。うっかりしてたよ。この世界では確か、平民が買うパンの大半は全粒粉でできてるんだった。
やっぱ、本で読んだだけで実践の機会が薄い知識ってのは、頭からすっぽ抜けがちになる。
これからは平民として生きていくんだから、もっとその辺気を付けないと。
ちなみに全粒粉とは、小麦を脱穀せず、そのまま丸ごと挽いて粉にしたものの事。
昨日今日、トーマスさん家のご飯に出てきたパンも、全粒粉で作られていた。脱穀後に製粉された、純度100パーの小麦粉を使ったパンなんて、王侯貴族でもなきゃ早々食べられないのだ。
そういや日本でも昨今は、食物繊維や栄養素の面から全粒粉が見直されて、パンやクッキーなどの商品に、ちらほら使われ始めていたはず。
全粒粉って、普通の小麦粉と違って若干口当たりは悪くなるけど、その分生地に独特の香ばしさが生まれるんだよね。個人的に、あれはあれでとっても好きです。
全粒粉の食パンで作ったピザトーストとか最高だし。
やべ、話がずれた。
まあとにかく、私がちょっと脳内妄想に走っている間に、デュオさんも頭の中でそろばんを弾き終えたようだ。
「……いや、それでも少し高いな。いっそ初めから全粒粉を出せないか?」
「できます。じゃあ、これからはジェスさんの名義で、私がこちらのお店に全粒粉を卸す、という事でいいですか?」
「ああ。それで頼む。ただ、全粒粉となると、どれだけモノの品質がよくても、卸値に色を付けたりはできないが……」
「構いません。見ての通り元手はかかってませんし、そもそも、そんなに大儲けしたい訳ではないので」
「分かった。……では取引開始は来月の頭から。ジェスの名義で、40キロ入りの全粒粉の袋を1週間に1回、週初めに2袋のペースで卸してもらう事にする。重量物なので、商品の引き取りには俺が直接出向こう。
支払いは月末に一括払い。直接の支払いはジェスに対して行い、そこからジェスが、君達の取り分を君達へ渡す。これで問題ないだろうか」
「はい。問題ありません。来月からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む。――実はこの前行商から、しばらくは王都の商品の扱いを控える、という話をされたばかりでな。正直とても助かる」
「え? 王都の商品を? 王都で何かあったんですか?」
「ああ。行商が言っていた。平民街と貴族街の一部の区画で、ザクロ風邪が流行り始めたらしい、と。だから当分行商も、王都には近づかないつもりなんだろう」
「ああ……その話なら俺も聞いたよ。それもあって、予定より早く村に戻って来たんだ。もし万が一病をもらったりしたら、村に帰れなくなるからな」
眉根を寄せながら言うデュオさんに、ジェスさんが顔をしかめてうなづき返す。
「ねえ、ザクロ風邪ってなに? プリムは知ってる?」
何だかちょっと深刻そうな空気になってきて、少し怖くなったんだろう。リトスが不安そうな顔でそう問いかけてくる。
しかし残念ながら、私もその問いには答えられそうにない。
ザクロ風邪なんて初耳だ。今まで読んだ本の中にも、そんな名前の風邪の話はなかったように思う。医療関係の本には、まだ手を付けてなかったしなあ。
「ううん。聞いた事ない。……ジェスさん。ザクロ風邪って、もしかして怖い病気なんですか?」
「ん? プリム達は知らないのか。そうだなぁ、感染りやすいし、怖い病気だって聞くよ。俺は見た事がないけど……」
ジェスさんが腕組みしながら唸る。
「……俺は、実際に見聞きした事がある。昔、王都に住んでいた頃、俺の伯父の息子が、ザクロ風邪にかかって死んでいるからな」
「本当かよ、デュオ。お前よく無事だったな」
「ああ。運がよかったんだと思う。……ザクロ風邪に罹ると、まず咳やくしゃみといった、風邪に似た症状が出る。それが悪化すると全身に、ザクロの実の中身のような発疹と、酷い高熱が出るんだ。だから『ザクロ風邪』と呼ばれている。
体力がある大人は助かる事も多いが、子供や年寄りはほとんど死んでしまう。こちらに関しては、助かる事は稀だ。
更に言うなら、病気が治って命拾いしても、発疹の跡が身体に残って酷い見た目になる。若い女はそれを理由に悲観して、自分から命を絶つ事も少なくないと聞く。そういった意味でも、恐ろしい病気だと言えるな」
「そ、そうなんだ……。怖いね、プリム……」
「うん……。絶対罹りたくないわね」
不安そうな顔で私の服の裾を掴んでくるリトスに、私も硬い表情でうなづき返す。しかし……ザクロの実の中身みたいな発疹が出て、病気が治っても発疹の跡が残る、か……。まるで天然痘みたいな病気だな。
あんまりはっきり憶えてないけど、確か私が元いた世界では、天然痘の発生源になるウイルスは西暦2000年代に入る前に、根絶宣言みたいなモンが出されてて、天然痘の予防接種も、それ以降は実施されなくなったはず。
当然、私の世代でも罹患者はおらず、精々資料でしか知られていない病気だ。それこそ、10代かそこらの若い子達にとっては、もはや「なにそれ美味しいの?」みたいな話だろう。
そういや、ウチの愚妹はどうしてるんだろ。平民街だけじゃなく、貴族街の一部でもザクロ風邪が流行り始めた、って事らしいけど、まさかザクロ風邪に罹ってないだろうな。
いや、別に身を案じてなんていませんよ?
あんなクソガキ、もういっそ辺境の修道院にでもぶち込まれてしまえ、とか思うくらいには嫌いだし。
だけど流石に、死んで欲しいとか、二目と見られないツラになれ、とか、そこまでは思ってない。ていうか思えない。
なんせあいつはまだ8つ。あの薹の立った腐れ継母と違って、まだ改心の余地はあるんじゃないかとか、そういう考えが頭をよぎる事も、時々あるのだ。
だからなのか、そういう死病に近い病気が王都で流行り始めてるとか聞くと、微妙に落ち着かない気分になる。
ああもう、仕方がない。今回ばかりは広い心で、あの愚妹の無事を祈っておいてやるとするか。
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