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第2章
3話 転生令嬢と村の住人達 1
しおりを挟む「なんにしても、話が上手くまとまってよかったわねえ」
私達が話し合いをしているうちに、いつの間にかライラさんがキッチンからお茶とお茶菓子を持って来ていた。
香ばしい匂いがするお茶と、素朴な見た目のクッキーをテーブルの上に並べながら、ライラさんはニコニコと笑っている。
「ああ。納得してもらえてよかったよ。これで俺も、助けてもらった恩が返せるってもんだ」
ジェスさんも心なしか嬉しそうだ。
私も心底ホッとしてます。
そんなこんなでライラさんが持って来てくれたお茶とお菓子を頂き、取り留めのない話をする事しばし。
ダイニングにある窓から外に目をやりつつ、ジェスさんが改めて口を開いた。
「……さて、少し休んで人心地ついた事だし、今からここの雑貨屋に行って、早速店主と繋ぎを取ろうか? 勿論、プリム達さえよければ、だけど」
「あ、はい。じゃあお願いします。リトスはどうする? トーマスさん家で待ってる?」
「ううん。ちょっと難しい話が多くて、あんまりよく分からなかったけど……。でも、一緒に行きたい」
「そっか。じゃあ一緒に行こうね」
そう言って、椅子からぴょんと降りた私に、リトスがちょっとしょぼくれた様子で、「ごめんね」と謝ってくる。
「……僕、ただ黙って座ってるだけで、何の役にも立ってないや……。プリムにばっかり喋らせて……」
「そんな事気にしないの。私はあんたよりお姉さんなんだから、あんたより勉強もしてるし、分かる事が多くて当たり前なのよ。
あんただって、そのうち大きくなれば、色んな事が分かるようになるわ。だから、そんなに焦って背伸びしなくていいのよ」
「……。うん。分かったよプリム。これから僕、勉強も頑張るからね! 掃除も頑張るし、片付けも頑張る! その他にも……えっと、とにかく頑張る!」
「ふふ、そう? ありがとうリトス。でも、頑張り過ぎて具合悪くならないように、気を付けてね? 私は、あんたが元気じゃなくなるのが一番辛いし、悲しいから」
「……! う、うんっ!」
途端にリトスは、パアッと明るい顔で笑ってうなづいた。ホント可愛いなお前さんは。
私はただ、友達として当たり前の事を言っただけなんだけど、それで元気になってくれたんなら何よりだ。
「ははは、君達は仲良しだな。いい事だ」
私達のやり取りを見聞きしていたジェスさんが、椅子から立ち上がりつつ微笑ましそうに笑う。
「じゃあ行こうか。雑貨屋は、だいたい村の真ん中辺りにあるから、少し歩くけど」
「大丈夫です。でも、ちゃんと話、聞いてもらえるかな……」
「それこそ心配要らないよ。雑貨屋の主人のデュオは、無口だけどいい奴だから」
「そうなんですか。よかったあ」
ジェスさんが笑顔で述べた雑貨屋の店主さんの評価に、私は胸を撫で下ろした。
◆
ジェスさんの案内に従い、トーマスさん家から出てしばらく道を進んで行くと、何やら道の端で話をしている2人の男の人が目に入った。
「お、フィデールとサージュじゃないか。久し振り。こんな時間に珍しいな。今日は狩りには出てなかったのか?」
「ああジェス。帰ってたのか。久し振り。今日は山の上の天気が良くないんで、休猟だ」
ジェスさんが軽く右手を挙げながら声をかけると、2人のうち、赤茶色の髪をした方の人が、真っ先にこちらに向き直って声をかけてくる。わあ、澄んだ青い目のイケメンだ。
でも、なんか全体的に真面目でお堅そうな雰囲気。
「よっ、ジェス! 久し振りぃ! 嫁さん探しに王都まで足伸ばしてたって聞いたけど、なかなかやるなあ」
それから続いてもう1人の、淡い金の髪の人が笑って近づいてくる。あ、こっちも青い目のイケメンだ。まさかこんな山の中の村で、金髪碧眼の王子様カラー持ちと遭遇するとは。
でも、もう1人の人と比べてなんかチャラいって言うか、軽薄そうな感じ。
「は? やるなって……なにが?」
「だってお前、未来の嫁を2人も掴まえて帰って来たんだろ? タイプは真逆っぽいけど、どっちも超美少女じゃん」
怪訝な顔をするジェスさんに、王子様カラーの人ことサージュさんが、私達を顎で指してニヤニヤ笑う。
はい!? 何言い出すんだこの人は!
あああ、美少女呼ばわりされたせいで、うちのリトスが凹んじゃったじゃないか!
「はあ!? バカお前、そんな訳あるか! この子達は俺とアステールの恩人だぞ! お前らだってその辺の話は、もうアステールから聞いてるはずだろ! 趣味の悪い冗談言うな! それにこっちの銀髪の子は男だからな!」
「え? その子男? どっから見ても男装してる女の子にしか……いってぇ!」
「いい加減にしろ。これ以上客人に無礼を働くな」
目を丸くするサージュさんの脳天に、真面目そうな方の人――フィデールさんが拳を振り下ろした。ちょっと痛そうだが同情はしない。むしろこの機に乗じて抗議させてもらう!
「本当、失礼ですっ! 変な事言ってウチのリトスをいじめないで!」
頭をさするサージュさんに、私はリトスに代わって声を上げ、抗議した。
「あー、ごめんごめん、もう言わないよ。無礼をお許し下さい、小さなレディ」
抗議する私に対し、サージュさんはやおら爽やかな笑みを浮かべると、芝居がかった仕草と口調で謝罪の礼を取ってくる。うわあ、キザだぁ。めっちゃキザ。
でも、その芝居がかった言動が嫌味なく似合ってしまう辺り、イケメンってのは実に得な生き物だ。
って言うか、この人――
「……もう言わないでくれるなら、私は別にいいです。でも私じゃなくて、リトスに謝って下さい」
「ああ、それもそうか。……大変失礼しました。二度と無礼な発言はしないと誓いますので、お許し願えますか?」
苦笑したサージュさんは、今度はリトスの前に跪いて利き手を胸に当て、頭を下げた。
「……。許します。これからは、言わないで下さいね」
「ありがとうございます。貴殿のご厚情に心からの感謝を」
リトスはなぜか一瞬、チラ、と私を見たのち、サージュさんの謝罪を受け入れ、サージュさんはそれを受けて、再びリトスに頭を下げる。
うん、やっぱそうだ。
今さっき私に見せた謝罪の礼といい、リトスの前に跪き、利き手を胸に当てて頭を下げる仕草といい、間違いない。
「あの……サージュさん。サージュさんって、貴族なんじゃないですか?」
「え? ……あー、ははは、やっぱバレちゃったか。正確には『元』貴族だけどね。ついでに言うならコイツもそうさ」
「おい……!」
私の問いかけを苦笑しながら肯定するサージュさんと、そのサージュさんに指差され、顔をしかめてサージュさんを小突くフィデールさん。
まあ、私にはフィデールさんのその言動が、サージュさんに元の身分をばらされた事に対する抗議なのか、それとも指差された事を不快に思っての事なのか、イマイチ判別がつかなかったけど。
「いいだろ。こっちのご令嬢はだいぶ聡明みたいだし、どうせそのうちバレる事さ。なら、今のうちに話しておいた方がいいだろ?」
ヘラリと笑って軽い口調で言うサージュさんに、フィデールさんは、はあぁ、と大きなため息をつき、私とリトスに向き直った。
「全くお前は。……見苦しい所をお見せしたばかりか、重ね重ねの無礼な発言、大変申し訳ございません。私はシアン・フィデール。元フィデール伯爵家の次男です。
そしてこちらはシアン・サージュ。サージュ子爵家の三男だった男です。大変奇縁な事に、私共はファーストネームが同じでございますので、不遜な事ではありますが、今も共に家名を名乗っております」
貴族然とした、丁寧な口調でフィデールさんが言う。
ていうか、この人達どっちも名前がシアンさんなんだ。あんまり広くもない貴族社会で、同年代の貴族令息のファーストネームがかぶるなんて珍しい。
もしかしたら名づけの時、なにか行き違いでもあったのかも知れないな。
「サージュも私も、かつては王太子付きの護衛騎士となるべく、従騎士として互いに切磋琢磨しておりました。しかしながら、私もサージュも貴族であったのは10年以上昔の事。
ゆえあって詳しい事情を説明する事は叶いませんが、現在は身分を捨て、ここザルツ村で猟師として生計を立てておりますので、今後はいち平民として接して頂ければ幸いです。
いささか一方的な説明ではございますが、ご納得頂けますでしょうか」
自分達の事情を丁寧に述べ、貴族男性の公式の場での礼を取るフィデールさん。
成程ねえ。この人達もアステールさんと同じ、訳アリ元貴族なのか。
まあ、訳アリ元貴族なのは私もリトスもおんなじだから、私としては彼らに言う事なんて何もないし、そもそも誰かに物申す資格自体、ハナから持ち合わせちゃいない。
「複雑なご事情があるのですね。分かりました。今後はそのようにさせて頂きます。所で、あなた方はアステールさんから、私達の事について何か聞いておいでですか?」
ひとまず私もフィデールさんに合わせ、貴族令嬢の口調で問いかけると、今度はサージュさんが口を開く。
「――いえ。詳細は伺っておりません。ただ、あなた方がやんごとない身分である事と、年端もいかぬ身でありながら、今も王侯貴族の間で続いている、下らない因習の犠牲になられた、という事に関してだけは、あの方から説明を受けております。
差し出がましいようですが、どうかお力を落とされませんよう。我々は、あなた方に負うべき責などないと確信しておりますので」
この人、やろうと思えばちゃんと貴族然とした話し方もできるんだ。
……なんて、だいぶ失礼な事を思ってしまったのはここだけの秘密だ。
「ありがとうございます。そのお言葉だけで救われる思いです。……一応、私達も元の正確な身分を明かした方がよろしいでしょうか」
「もし、あなたがその必要があるとお思いになるのであれば、お聞きします」
サージュさんは、穏やかな眼差しで私を見据えてくる。
「……。いいえ。今後の事を思っても、それは不要な行いかと思います。という訳で――色々理由があって、私とリトスは村の外で暮らしてますけど、これからよろしくお願いしますね! サージュさん、フィデールさん!」
口を開けて歯を見せるような、貴族令嬢として有り得ない笑い方をしながら右手を差し出す私に、サージュさんとフィデールさんは一瞬面食らった顔をしたが、どちらもすぐに「よろしく」と笑いながら、私の手を握り返してくれた。
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