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第2章
2話 転生令嬢、行き倒れを拾う・後編
しおりを挟む見た感じ、男の人に大きな怪我はなさそうだった。
多分、気を失ってるだけだろう。
だが一応、頭を打っている可能性を考えて下手に動かさず、肩を叩いて呼びかける程度に留めておく。
「お兄さん、大丈夫ですか! しっかりして下さい!」
「う、うう……」
「大丈夫ですか? ここ、どこだか分かります? あと、自分の名前とか」
「う、う……、つ、れた……ら、へ、った……」
「はい? 釣れた? なにが? あと、らへった? って、なんですか?」
「……。……つ、つか、れた……。はら、へった……」
男の人の言葉に被せるように、腹の虫の音が鳴り響く。
「…………」
目の前にある後ろ頭を、反射で引っぱたかなかった自分を褒めてやりたい。
ああそうですか。要するに、疲れと空腹で倒れてたんですか。特に命に別状ありませんか。それはよかった。何よりだ。焦って損した。
しかし、本当にこんな理由で、人って行き倒れるものなんだな。
漫画や小説ではよく見かけるシチュエーションだけど、リアルで見るのは初めてだよ。
取り敢えず、そうと分かったなら、なんか食べ物を出して食べさせよう。そんで、早いとこ自力で動けるようになって頂かねば。
私のこのちまい身体じゃ、この人の事担いでログハウスに戻るの無理だから。
手か足を掴んで、引きずって歩くくらいなら余裕でできるけど、流石にそれはやりたくないしね……。
ひとまず、その辺に生ってた野イバラの実を1つ(てか、これもう『ひと房』って数えるべき?)と、編み籠の中から出す振りしてスキルで出した、たまごサンドとハムサンドをあげてみた所、男の人はあっという間に復活した。
歳は多分30代の前半、体格は中肉中背。明るい茶色の髪に焦げ茶色の目をした、至って普通の面立ちの人だが、若々しくてちょっと愛嬌のある、人懐こそうな雰囲気がその魅力を底上げしている。
「ありがとうお嬢ちゃん。助かったよ。俺の名前はジェス。この山の中腹にある、ザルツ村の村長の息子だ。
実は、ここの村に戻る途中で盗賊に襲われてね。どうにか逃げる事はできたんだけど、荷と路銀を全部盗られてしまって……」
「ザルツ村の? じゃあジェスさんって、トーマスさんの息子さんなんですね」
「親父を知ってるのかい? 君、村では見ない子だけど……」
「あ、ええと、それには色々事情がありまして。……名乗るのが遅れましたけど、私、プリムって言います。友達のリトスって子と一緒に、最近村の近くに住み始めたんです。
所で、ジェスさんはどうして街道で盗賊に? 何か用があって、どこかに遠出してたんですか?」
「……あー、まあ、ちょっと野暮用で王都の方まで足を延ばしててね。今日はその帰りさ。それでさっき言った通り、盗賊に持ち物を全部盗られたあと、丸一日飲まず食わずでここまで戻って来てさ。
よく見知ったこの山道に出て、ああ村が近い、やっと村に戻れる、と思ったら、気が抜けちゃってね……」
「……あー……。成程……。なんていうか、災難でしたね」
「全くだ。そもそもこれまでこの辺の街道に、今まで盗賊なんて出なかったんだけど……。まあ愚痴っても仕方ない。命まで取られなくてよかった、と思うしかないよな。そういえば君は……プリムはこれから何か用事はあるかな?」
「? いえ、特にこれと言って用はないですけど」
「じゃあ、これから一緒に村に来ないか? 助けてもらったお礼がしたいんだ」
「え、でも、別に大した事してないですよ? ちょっとご飯を分けて、その辺に生ってた野イバラの実を取って来ただけですし」
「俺からしたら十分大した事だよ。あんな大きな棘がたくさん生えてる、野イバラの枝から実を採るのは大変だったろ。
それに、あんな柔らかくて美味しいパンを食べさせてもらったのも初めてだ。あんなの、王都のレストランでもなけりゃ食べられないよ。これだけよくしてもらっておいて、なんの礼もせずにさようなら、なんて、いい歳した大人のやる事じゃない」
ジェスさんは真顔でそう言い切った。いい人だ。
トーマスさんやライラさんとの血の繋がりを感じるよ。
「そこまで言って頂けるなら、お言葉に甘えます。私もちょっと、トーマスさんに相談したい事があるし。でもその前に、家に戻ってリトスを呼んで来ます。少し待っててもらっていいですか?」
「勿論いいよ。それじゃまずは、君の家まで行こうか」
ジェスさんは私の言葉に、人好きのする笑顔でうなづいた。
◆
「ただいま! 今帰ったよ!」
私とリトスを連れたジェスさんが、自宅のドアを開けて屋内に声をかけると、水仕事でもしていたのか、ライラさんがタオルで手を拭きながら玄関まですっ飛んで来た。
「ジェス! お帰りなさい!」
「ただいま、お袋」
「あらあらまあ、そんな薄汚れた格好でどうしたの! それに、プリムとリトスも一緒なのね? 本当に、なにがあったのかしら」
「いやそれが、街道で盗賊に出くわしちまってさ。荷と路銀を全部持ってかれて、すっからかんだよ」
「盗賊!? ああ、なんて事……! 本当によく無事で……! 怪我はないのね?」
「ああ。心配かけてごめんな、お袋。でも、身体の方は本当に何ともないから。所で親父は? この子が、相談したい事があるって言ってるんだけど」
「あの人なら、今裏庭で畑仕事をしてるわ。すぐに呼んで来るから待っててね、プリム。……ああジェス、お前はまず、庭の洗い場で汚れを落として、服を着替えてきなさいね」
ライラさんはジェスさんにそう言い付けると、早足で家の奥へ消えて行く。
そういや、ここでジェスさんも一緒に話をするとなると、ジェスさんにも私とリトスの事情を説明しなくちゃいけないな……。
その後、私達はダイニングでトーマスさんを交え、お互いの事情を説明し合った。
つかジェスさん、王都にまで何しに行ってたんだと思ったら、嫁さん探しに行ってたんだ……。こっちの世界でも、田舎の農村での嫁不足は深刻なんだな。
ご両親のトーマスさんとライラさんも、それなりにお歳みたいだし、重要な話だよね。
そんな私の思考をよそに、ジェスさんは私とリトスが抱える事情を知って、眉根を寄せて唸っている。
「……。人を堕落させる、邪悪なスキルを持った子供、ねえ……。全く、バカバカしいにも程があるな。
まあ、これからはそんな奴らの事なんて忘れて、ここで静かに暮らしていけばいいさ。自然な生計の立て方で頭を悩ませてるみたいだけど、それなら、ある程度俺が力になれると思うし」
「ほ、本当ですか? それどんな方法ですか、教えて下さい!」
思わず身を乗り出す私に、ジェスさんが苦笑した。
がっついた態度でどうもすみません。
「はは、簡単な事だよ。俺もさ、君がさっき言ってた、スキルで出した物を売って金を稼ぐって考え方は、悪くないと思うんだ。だから、俺を隠れ蓑にして商売をすればいい」
「え?」
「つまり、表向きには俺が、王都で知り合った商人から、定期的にここへ来て商品を売ってもらう約束を取り付けたって事にして、スキルで出した品を売ればいいって事さ。実際、俺はここ10日ばかり王都にいたからね。辻褄は合うよ。
設定はこうだ。――俺は王都で、いい品を扱う商人と偶然知り合って誼を結び、少量ながら交易品を下ろしてもらえる機会を得た。けれど、俺は元々村長の息子で目利きに自信がないし、そもそもいずれ、親の跡を継がなきゃならない身だから、長く商売はできない。だが、そんな理由で折角の縁をふいにするのも勿体ない。
そこで、その商人の遠縁の子で、親を亡くして行き場がない目利きの子供2人に、商人としての修行も兼ねて一時的にこっちへ来てもらって、交易品を使った商売を代理でやってもらう事にした。……って感じでどうかな?」
ジェスさんは意気揚々と言う。
「勿論、冷静に考えて細かく見れば、結構粗がある設定だと思うけど、村人の大半は、村の外の事をほとんど知らない世間知らずだし、当然、商売に関しても完全に素人だ。
アステールのツテを使って、口裏合わせをしてくれる奴をある程度用意して、あとは取引先にだけ事情を話しておけば、特に不審に思われる事もなく、普通に通るだろう。
ああそうそう、俺とアステールの手間は考えなくていい。俺もアステールも、君の助けがなかったら無事じゃ済まなかったんだ、これくらいの手間は負わせてくれ。アステールだって嫌な顔はしないさ」
「……分かりました。じゃあ、その設定で行かせてもらっていいですか? あ、そうだ、ジェスさんの取り分も考えなきゃ」
「いや、俺はいいよ。子供の上前を撥ねるなんて――」
「ダメです。だってさっきジェスさん言ったじゃないですか。「目利きの子供2人に、修行も兼ねて一時的にこっちへ来てもらって、商売を代理でやってもらう」設定で行くって。
だとしたら設定的に、ジェスさんの取り分が発生するのは当然でしょう? その辺の事もちゃんとしないと、周りの人に変だと思われちゃいます」
「確かにそれもそうか……。いや、プリムは賢い子だなぁ。――よし分かった。じゃあ俺の取り分は、売り上げの1割って事でどうだろう?」
「1割って……それ少な過ぎませんか? 最低でもジェスさんが6、私達が4くらいじゃないと……」
「いいんだよ。確かにこの設定なら、俺の取り分の方が多くならなきゃ不自然だけど、そんなのは俺と君達、あとはこの話を知ってる親父達が口を噤んでれば、誰にもバレない事だ。気にしなくていい。
――君は確かに、スキルを使えば何でも出せるんだろう。けど、お金そのものを出すのは、色々な意味で無理があるんじゃないか?
なら今のうちから、できる限り周りから真っ当だと思われる手段で、きちんとお金を貯めておいた方がいい。物じゃなくてお金が必要になる時が、いつか来るかも知れないからね」
ジェスさんは諭すような口調で言う。
まごう事なき正論だ。納得せざるを得ない。
そう思った私は、素直に「はい」とうなづいた。
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