14 / 124
第1章
11話 転生令嬢ともう一つの出会い
しおりを挟むよく分からんクソガキが嵐のように突撃して来て、訳の分からんまま嵐のように去って行った直後。
騒ぎを聞きつけ、様子を見に来てくれたライラさんに大まかな事情を説明した所、多分その子は、アステールさんの息子のシエル君なのではないか、との事だった。
なんでも、シエル君は村では有名なやんちゃ坊主で、時折そこかしこでイタズラ騒ぎを起こし、お父さんや村の人達から拳骨をもらう事も多々あるが、その反面とても面倒見がよく、他の子供達のまとめ役にもなっているらしい。
ああ、いわゆる『ガキ大将』ポジションなんだな。その子。
ついでに言うならそのシエル君、最近ちょくちょくトーマスさん家に顔を出すのだという。
遡る事約1年前。
トーマスさんの留守中に、ライラさんが踏み台に乗って食器棚の上を掃除していた際、うっかり踏み台から足を踏み外し、転倒して頭と腰を強く打ちつけて、気を失ってしまった事があった。
その時たまたま、トーマスさん家の近くで遊んでいたシエル君が、ライラさんが転倒した音を聞き付けて家の中に駆け込み、気絶して倒れているライラさんを発見。
村の外れに居を構えている、医者兼薬師のおじいさんを速攻で呼びに行き、ライラさんの速やかな救護に貢献したのだとか。
それからというもの、シエル君はライラさんに対し、「どんくさいばーさん」だなんだと憎まれ口を叩きつつも、ライラさんを心配してか、日に一度はトーマスさん宅の様子を見に来るようになったらしい。
成程。よく分かりました。
前言撤回。一時は礼儀知らずなクソガキだと思ったけど、優しいいい子じゃないか。
口の利き方がよかろうが悪かろうが、立場が大人だろうが子供だろうが関係ない。お年寄りの事を思いやれる人間に、悪い奴はいないもんだ。
勝手な思い込みでディスったりしてごめん。シエル君。
だとすると、さっきの突撃の理由も薄ぼんやりながら見えてくる。
恐らく、シエル君はお父さんのアステールさんから、トーマスさん家によそ者の子供――しかも、元貴族のお嬢様と元王子様が泊まっていると聞かされて、心配になったのではないだろうか。
要するに、ライラさんとトーマスさんが私達の我が儘に振り回されて、困ってないかどうか確認しに来たのだ。
うんうん。そうかそうか。そういう事なら、多少やむを得ない部分もあるよな。いきなり人を指差してくれた無礼も、広い心で水に流そうじゃないか。
目上の人間として、指摘と注意はするけどな。
それからおおよそ1時間ほどで、室内掃除は終了した。
いつもはもっと時間がかかるらしいのだが、今回は不慣れながらも、掃除を手伝う人間がいたのがいい方向に働いたようだ。
これにはライラさんもホクホク顔で、掃除を手伝ってくれたお礼にと、10時のおやつにとっておきのクッキーと紅茶を出してくれた。
なんと、チョコチップクッキーです。
このレカニス王国において、チョコレートは高級品の位置づけにある。
チョコレートを贅沢に使ったケーキともなると、王侯貴族であっても規模の大きなパーティーや、大事なお客様を招くお茶会の時にしか用意されない。
それくらい、とってもプレミアムな嗜好品なのだ。
私がこの世界で、初めてチョコレートを使ったお菓子を食べたのは、まだ本当のお母様が生きていた4歳の頃の事。お母様が主催で開いたお茶会の時に出てきた、チョコクリームケーキだった。
あの時食べたケーキの美味しさとお母様の優しい笑顔は、今も私の記憶の中にしっかりと残っている。
もっとも――
それから数年後、リトスと一緒に外道な理由で山に捨てられ、自身の持つスキルの力と恩恵に気付いて以降、王都の連中への当てつけのように、ポッキーだのチョコクッキーだのチョコアイスだのをスキルで出し、リトスと一緒にバクバク食べてたんで、チョコレートに対する感慨深さや思い入れなんかは、別段感じてないんだけどね……。
なんかごめん、お母様。
クッキー生地との比率から見れば、ライラさんに出してくれたクッキーに入っているチョコチップはほんの少量だったけど、それでも十分美味しかった。
日持ちがするよう硬めに焼かれているせいなのか、飲み物なしではちと食べづらい感じだが、普通のクッキーより香ばしく、ザクザクした食感が楽しい。
この世界へ転生する前、友人宅で食べた手作りのオートミールクッキーに近い風味をしてるんだ、と気付いたのは、出されたクッキーを全てペロリと平らげた後だったけど。
とにかくご馳走様でした。今度なにかお返しします。
◆
楽しいおやつの時間を終えてから、そろそろ村の外にあるログハウス――スキルで出した拠点へ戻ろうかと、リトスと話していた所、トーマスさん宅に来客があった。
玄関先にいたのは、申し訳なさそうな顔をしたアステールさんと、そのアステールさんに襟首掴まれてしょげ返ってるシエル君。
それから、シエル君と同じ髪と目の色をした、ロングヘアの美少女だった。赤い布製のカチューシャがよく似合ってて可愛い。
歳の割に落ち着いた雰囲気の子だし、もしかしなくてもシエル君のお姉さんかな?
そんなアステールさん親子の姿を見たライラさんは、「あらあらまあまあ」と、目を丸くしている。
「あー、その、プリム。話は聞いた。さっきはウチの息子が失礼な事をして、本当にすまなかった。……ホラ、お前も謝れ」
「……。……その……悪かったよ……」
「シエル。ちゃんと頭を下げて謝りなさい。あと、言葉が全然足りないわ。ここに来るまでに、なんて言って謝るかちゃんと決めたはずでしょう。それが将来、騎士を目指す男が取る態度なの?」
おおっと、美少女からキッツいダメ出しが入りました!
お姉ちゃん(仮)から冷たい半眼を向けられて、シエル君もタジタジだ!
「ぐ……! か、勝手な思い込みで失礼な事をして、大変申し訳ございませんでした……っ! もう二度としません……!」
今度は直角に近い角度で腰を折り、丁寧な謝罪の言葉を述べてくるシエル君。
使い慣れない言葉を使ってるせいか、なんだか口調がたどたどしいし、さっきから全然目が合わないけど、それでもそこに、嫌々謝罪を述べているような気配は見受けられない。
ちゃんと反省してくれてるみたいだし、変な敵愾心も持たれていないようでなにより。はぁ、よかった。
そういう事なら、ここで私が取るべき態度はひとつだけだ。
「分かりました。謝罪を受け入れます。……はい。これでもう恨みっこなしね。でも、今度からは人の事指差しちゃダメよ」
「わ、分かってるよ。親父にも母さんにも、すげぇ怒られたし……。もうやらねえよ」
「ん、よろしい。――あ、そうだ。ひとつ、大事な事を忘れてたわ」
「大事な事?」
「うん。あなた達の名前、教えてくれない? 私はプリムローズ。長くて呼びづらいならプリムでいいわ。あと、こっちの子はリトス。よろしくね」
「あっ、り、リトスです。よろしくお願いしますっ」
私の言葉に釣られるように、リトスがちょっとあわあわしながら挨拶する。
うん。ちゃんと自分でも自己紹介して、挨拶もできて偉い。そして可愛い。
「お、俺はシエル。ザルツ村猟師会会長、アステールの子だ。……よろしく」
「私はシエラ。シエルの双子のお姉ちゃんよ。よろしくね、プリム。リトス」
「うん、よろしくね、シエル。シエラ」
シエルはちょっとおっかなびっくり気味に、シエラ(やっぱお姉ちゃんだったか)は流れるような自然さで、それぞれ差し出してくれた右手を、私もリトスも笑って掴んで握手する。
雨降って地固まる……とか言うほどの騒ぎじゃなかったけど、何にしても、変な揉め事にならなくて本当によかった。
私もリトスもこれから先、当分この村の近くで、ある種のご近所さんとして暮らしてく訳だし、ちゃんと仲良くやっていけたらいいな。
1
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します
mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。
中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。
私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。
そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。
自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。
目の前に女神が現れて言う。
「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」
そう言われて私は首を傾げる。
「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」
そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。
神は書類を提示させてきて言う。
「これに書いてくれ」と言われて私は書く。
「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。
「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」
私は頷くと神は笑顔で言う。
「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。
ーーーーーーーーー
毎話1500文字程度目安に書きます。
たまに2000文字が出るかもです。
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる