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第1章

11話 転生令嬢ともう一つの出会い

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 よく分からんクソガキが嵐のように突撃して来て、訳の分からんまま嵐のように去って行った直後。
 騒ぎを聞きつけ、様子を見に来てくれたライラさんに大まかな事情を説明した所、多分その子は、アステールさんの息子のシエル君なのではないか、との事だった。

 なんでも、シエル君は村では有名なやんちゃ坊主で、時折そこかしこでイタズラ騒ぎを起こし、お父さんや村の人達から拳骨をもらう事も多々あるが、その反面とても面倒見がよく、他の子供達のまとめ役にもなっているらしい。
 ああ、いわゆる『ガキ大将』ポジションなんだな。その子。
 ついでに言うならそのシエル君、最近ちょくちょくトーマスさん家に顔を出すのだという。

 遡る事約1年前。
 トーマスさんの留守中に、ライラさんが踏み台に乗って食器棚の上を掃除していた際、うっかり踏み台から足を踏み外し、転倒して頭と腰を強く打ちつけて、気を失ってしまった事があった。
 その時たまたま、トーマスさん家の近くで遊んでいたシエル君が、ライラさんが転倒した音を聞き付けて家の中に駆け込み、気絶して倒れているライラさんを発見。
 村の外れに居を構えている、医者兼薬師のおじいさんを速攻で呼びに行き、ライラさんの速やかな救護に貢献したのだとか。
 それからというもの、シエル君はライラさんに対し、「どんくさいばーさん」だなんだと憎まれ口を叩きつつも、ライラさんを心配してか、日に一度はトーマスさん宅の様子を見に来るようになったらしい。

 成程。よく分かりました。
 前言撤回。一時は礼儀知らずなクソガキだと思ったけど、優しいいい子じゃないか。
 口の利き方がよかろうが悪かろうが、立場が大人だろうが子供だろうが関係ない。お年寄りの事を思いやれる人間に、悪い奴はいないもんだ。
 勝手な思い込みでディスったりしてごめん。シエル君。

 だとすると、さっきの突撃の理由も薄ぼんやりながら見えてくる。
 恐らく、シエル君はお父さんのアステールさんから、トーマスさん家によそ者の子供――しかも、元貴族のお嬢様と元王子様が泊まっていると聞かされて、心配になったのではないだろうか。
 要するに、ライラさんとトーマスさんが私達の我が儘に振り回されて、困ってないかどうか確認しに来たのだ。

 うんうん。そうかそうか。そういう事なら、多少やむを得ない部分もあるよな。いきなり人を指差してくれた無礼も、広い心で水に流そうじゃないか。
 目上の人間として、指摘と注意はするけどな。


 それからおおよそ1時間ほどで、室内掃除は終了した。
 いつもはもっと時間がかかるらしいのだが、今回は不慣れながらも、掃除を手伝う人間がいたのがいい方向に働いたようだ。
 これにはライラさんもホクホク顔で、掃除を手伝ってくれたお礼にと、10時のおやつにとっておきのクッキーと紅茶を出してくれた。
 なんと、チョコチップクッキーです。

 このレカニス王国において、チョコレートは高級品の位置づけにある。
 チョコレートを贅沢に使ったケーキともなると、王侯貴族であっても規模の大きなパーティーや、大事なお客様を招くお茶会の時にしか用意されない。
 それくらい、とってもプレミアムな嗜好品なのだ。

 私がこの世界で、初めてチョコレートを使ったお菓子を食べたのは、まだ本当のお母様が生きていた4歳の頃の事。お母様が主催で開いたお茶会の時に出てきた、チョコクリームケーキだった。
 あの時食べたケーキの美味しさとお母様の優しい笑顔は、今も私の記憶の中にしっかりと残っている。

 もっとも――
 それから数年後、リトスと一緒に外道な理由で山に捨てられ、自身の持つスキルの力と恩恵に気付いて以降、王都の連中への当てつけのように、ポッキーだのチョコクッキーだのチョコアイスだのをスキルで出し、リトスと一緒にバクバク食べてたんで、チョコレートに対する感慨深さや思い入れなんかは、別段感じてないんだけどね……。
 なんかごめん、お母様。

 クッキー生地との比率から見れば、ライラさんに出してくれたクッキーに入っているチョコチップはほんの少量だったけど、それでも十分美味しかった。
 日持ちがするよう硬めに焼かれているせいなのか、飲み物なしではちと食べづらい感じだが、普通のクッキーより香ばしく、ザクザクした食感が楽しい。

 この世界へ転生する前、友人宅で食べた手作りのオートミールクッキーに近い風味をしてるんだ、と気付いたのは、出されたクッキーを全てペロリと平らげた後だったけど。
 とにかくご馳走様でした。今度なにかお返しします。



 楽しいおやつの時間を終えてから、そろそろ村の外にあるログハウス――スキルで出した拠点へ戻ろうかと、リトスと話していた所、トーマスさん宅に来客があった。

 玄関先にいたのは、申し訳なさそうな顔をしたアステールさんと、そのアステールさんに襟首掴まれてしょげ返ってるシエル君。
 それから、シエル君と同じ髪と目の色をした、ロングヘアの美少女だった。赤い布製のカチューシャがよく似合ってて可愛い。
 歳の割に落ち着いた雰囲気の子だし、もしかしなくてもシエル君のお姉さんかな?
 そんなアステールさん親子の姿を見たライラさんは、「あらあらまあまあ」と、目を丸くしている。

「あー、その、プリム。話は聞いた。さっきはウチの息子が失礼な事をして、本当にすまなかった。……ホラ、お前も謝れ」

「……。……その……悪かったよ……」

「シエル。ちゃんと頭を下げて謝りなさい。あと、言葉が全然足りないわ。ここに来るまでに、なんて言って謝るかちゃんと決めたはずでしょう。それが将来、騎士を目指す男が取る態度なの?」

 おおっと、美少女からキッツいダメ出しが入りました!
 お姉ちゃん(仮)から冷たい半眼を向けられて、シエル君もタジタジだ!

「ぐ……! か、勝手な思い込みで失礼な事をして、大変申し訳ございませんでした……っ! もう二度としません……!」

 今度は直角に近い角度で腰を折り、丁寧な謝罪の言葉を述べてくるシエル君。
 使い慣れない言葉を使ってるせいか、なんだか口調がたどたどしいし、さっきから全然目が合わないけど、それでもそこに、嫌々謝罪を述べているような気配は見受けられない。

 ちゃんと反省してくれてるみたいだし、変な敵愾心てきがいしんも持たれていないようでなにより。はぁ、よかった。
 そういう事なら、ここで私が取るべき態度はひとつだけだ。

「分かりました。謝罪を受け入れます。……はい。これでもう恨みっこなしね。でも、今度からは人の事指差しちゃダメよ」

「わ、分かってるよ。親父にも母さんにも、すげぇ怒られたし……。もうやらねえよ」

「ん、よろしい。――あ、そうだ。ひとつ、大事な事を忘れてたわ」

「大事な事?」

「うん。あなた達の名前、教えてくれない? 私はプリムローズ。長くて呼びづらいならプリムでいいわ。あと、こっちの子はリトス。よろしくね」

「あっ、り、リトスです。よろしくお願いしますっ」

 私の言葉に釣られるように、リトスがちょっとあわあわしながら挨拶する。
 うん。ちゃんと自分でも自己紹介して、挨拶もできて偉い。そして可愛い。

「お、俺はシエル。ザルツ村猟師会会長、アステールの子だ。……よろしく」

「私はシエラ。シエルの双子のお姉ちゃんよ。よろしくね、プリム。リトス」

「うん、よろしくね、シエル。シエラ」

 シエルはちょっとおっかなびっくり気味に、シエラ(やっぱお姉ちゃんだったか)は流れるような自然さで、それぞれ差し出してくれた右手を、私もリトスも笑って掴んで握手する。

 雨降って地固まる……とか言うほどの騒ぎじゃなかったけど、何にしても、変な揉め事にならなくて本当によかった。
 私もリトスもこれから先、当分この村の近くで、ある種のご近所さんとして暮らしてく訳だし、ちゃんと仲良くやっていけたらいいな。
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