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第1章

8話 転生令嬢と新たな出会い

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「こっち! こっちだよプリム!」

 リトスに案内されるがまま、急ぎ駆けつけた崖の下には、頭から血を流した金髪の男性が深く項垂れた格好で、力なく座り込んでいた。
 よかった。見た感じ、意識がないほどの重傷って訳でもなさそうだ。

「おじさん! 大丈夫!? 友達を呼んで来たよ!」

「……あ、あぁ……。すまんなぁ。坊や……」

 リトスが男性の傍にしゃがみ込んで声をかけると、うなだれていた男性がノロノロと顔を上げる。
 ……うわ。めっちゃイケメンじゃん。
 土やら泥やらで全身汚れちゃいるが、これ多分、短く刈り込んでる髪は豪奢な黄金色だし、ぱっちりした二重の瞳は、光にかざしたエメラルドを思わせる明るい翠だ。

 服装は質素ながらも厚手。しかし、そんな服の上からでも分かるほど、全体的に筋肉質な身体つきをしている。背中を丸めて座り込んでるからよく分かんないけど、上背もかなりありそうだ。
 つーかリトス君よ。そもそもこの人見た感じ、『おじさん』って呼んでいい歳じゃなさそうなんだけど。
 精々、20代後半から30代前半って所だよ? だとしたら、まだ十分『お兄さん』で通る歳だと思うんですが。

 それとも、この世界の平均寿命から見れば、20代後半を過ぎた大人はみんな、おじさんおばさんになってしまうんだろうか。
 やだ、もしそうだとするなら私(の中身)なんて、もうおばあちゃんじゃん……。軽くショックだわ……。

「お嬢ちゃんもすまんなぁ。こんな、どこの誰かも分からんおっさんのせいで、滑落事故があったばかりの場所に連れて来られてしまって……」

 私が人知れずショックを受けていると、お兄さんは端正な面立ちを分かりやすく曇らせ、申し訳なさそうな声で言う。
 あ、やば。やっちまった。私今、思ってた事が顔に出てたのかも知れん。
 初対面の相手、それも怪我人に気を遣わせてしまうとは何たる失態。社会人としてあるまじき行為ですよ! もう!

「いえ、こっちこそごめんなさい。別に私、ここに来るのが嫌でしょぼくれてたんじゃないですよ? その、お兄さんの怪我が酷そうだったから……」

「はっは、お嬢ちゃんもなかなか気遣い屋だな。俺ももう30を過ぎたいい歳だ、普通におじさんと呼んでくれて構わんよ。それに、見た目ほど酷い怪我をしてるって訳でもないんだ。……ほら、左足を見てみるといい」

 あー……。やっぱもう30過ぎたら、おじさんおばさん枠に突入なんだ……。
 私は再び地味にショックを受けつつ、苦く笑うお兄さん(実年齢が40近い私には、とてもじゃないがこの人をおじさん呼ばわりなんてできん)に言われるがまま、その左足に視線を向ける。
 痛ましい事に、お兄さんの膝から下の足は、幾つかの大きな石の下敷きになっていた。多分、落石にやられたんだろう。さっき自分で、滑落事故があったとか言ってたし、崖の上から落ちた挙句、後続の落石に巻き込まれたんだな。気の毒に。

「情けない話、この石っころに足を挟まれててなあ。身動きが取れなくなってるんだよ」

 嘆息混じりに言うお兄さん。
 しかし、本当に怪我は大丈夫なんだろうか。だって、お兄さんの足の上に乗ってる石のうちの1つは、もはや岩と呼んでもいいほどのサイズだ。
 これ下手したら足の骨、折れるの通り越して砕けてるんじゃあ……。

「優しいお嬢ちゃん、そう不安そうな顔をしないでくれ。今は訳あって山で猟師をしているが、一応俺は、元はレカニス王国に籍を置いていた貧乏貴族の末子でな。身体強化魔法で力や打たれ強さを底上げする事もできる。
 だから、本当に大した怪我はしてないんだよ。……まあもっとも、身を守る事に魔力を全振りしたせいで、力を上げて石を取り除くだけの魔力が、もう残ってないんだけどな」

 お兄さんは後ろ頭を掻きながら、「俺もヤキが回ったもんだよ」と、また苦く笑う。

「……そうですか。じゃあこの石は私が退けます。ちゃんとした身体強化魔法は使えませんけど、私は魔力が高いので、一時的な筋力補正ならできます。だから、リトスはここに私を連れて来たんですよ」

「お嬢ちゃんがかい? それは……いや、その金の右目を見れば、君の魔力がどれほど高いかよく分かる。手数をかけて申し訳ないが、お願いできるだろうか」

「はい。ちょっと待ってて下さいね。……ん、しょっ、と……」

 私は早速、お兄さんの足の上に乗っている石やら岩やらを退かしにかかる。
 ……うん。重いっちゃ重いけど、意識的に魔力を腕に通わせれば大丈夫。持ち上げられないほどの重さじゃない。少しばかり時間はかかったが、どれも普通に退かす事ができた。

「――ふう。これでよし。立てますか?」

「ああ……本当に助かった。ありがとうお嬢ちゃん。そっちの坊やも。君達のお陰で無事に村まで帰れそうだ」

 お兄さんは心からホッとしたような顔で、ふう、と息を吐きながら立ち上がる。
 うん、今の私がチビな事を差し引いても、だいぶ背が高い。180オーバーは確実と見た。
 それから当人の言う通り、頭の方も含め、大した事は怪我はしてないみたいだ。ピンピンしていらっしゃいます。

「そう言えば、まだ名乗っていなかったな。俺はアステール。さっきも言ったが元レカニス王国の貴族で、今は身分を捨てて、ここから少し先にある、ザルツ村って所で猟師をしている者だ」

「私はプリムって言います。こっちは友達のリトス。実は私達、ちょっと王都で色々あって、追放されちゃって……」

「ぷ、プリム! それ、喋っちゃっていいの?」

 ぎょっとするリトスに、私は微塵も出っ張りのない胸を堂々と張りながら、「いいわよ」と断言する。

「だって私、アステールさんに隠さなくちゃいけないような、悪い事なんてして何もしてないもの。リトスだってそうじゃない」

「……そ、それは……そうだけど……」

「やはり、君達は訳ありだったのか。どこから見ても平民の子とは思えなかったし、そもそも、こんな人里から遠く離れた場所に、子供2人だけでいるなんておかしいとは思っていたが……」

 アステールさんは顎に手をやりながら、ふーむ、と唸るが、私達に対して嫌な顔はしなかった。

「なあ。いきなりですまないが、君達の『事情』とやらを話してみてくれないか? 正直、何となく察しは付いてるんだが……やはり直接聞いておきたいんだ。
 勿論、どんな話を聞いても、決して君達に危害は加えないと約束する。これでもかつては騎士の称号を得ていた身だ。その誇りに懸けて約束を違えはしない。……どうだろうか」

 アステールさんはわざわざ私の目の前で膝を折り、握った右手を自分の心臓のある位置へ重ねた。
 公爵家の本で見た事がある。これは、自ら信ずるに値すると認めた者に対して騎士が取る、敬服の礼だ。
 私を見据える眼差しも、真っ直ぐで真摯だった。

 一体何があって、貴族をやめて猟師になったのかは分からないけど、きっとこの人はたくさんの人達から信頼される、立派な騎士様だったんだろうな。

 よし。信じよう。こんな子供に対してまで、真摯な態度で筋を通そうとしてくれてるんだから。
 それに私も、かつては社会人の端くれとして、不特定多数の人間と関わりながら生きていた女。
 人を見る目には多少の自信がございます。

「分かりました。あなたを信じて全てお話します。実は――」

 私は全面的にアステールさんを信用すると決め、自分達の元の身分を含め、ここに至るまでの経緯を話して聞かせた。
 リトスの家族であるクソ国王夫妻とカス王太子、及びウチの毒親+αの事を詳しく話すのは未だに胸糞悪いので、その辺の事は適当に端折りつつ話をする事数分。
 やがて全ての話を聞き終えると、アステールさんは空を仰ぎながら、はあぁ、という、それはそれは大きなため息をついた。

「……そうか。あの国は、未だにそんなバカげた迷信に凝り固まって、ふざけた真似をしているのか……。
 しかも、一時とはいえ王子の婚約者を引き受けてくれていた令嬢や、血を分けた我が子にまでそんな仕打ちを……。全く、邪悪なのはどっちだ……!」

「あの、アステールさんも、知ってるんですか? 大罪系スキルの事……」

 リトスがおずおず問いかけると、アステールさんは苦々しい顔で「まあ、昔は一応それなりの身分だったしな」と首肯する。

「それに……俺が子供の頃にもあったんだよ。スキル鑑定の儀で、大罪系スキルを持った子供が発見された事が。もっとも、その子は男爵家の末子で身分が低かった事もあって、その場で処刑されてしまったけどな……」

「そんな……」

 リトスは、まるで自分の事のように泣きそうな顔をして唇を噛む。
 アステールさんは目を細め、そんなリトスの頭を優しく撫でてくれた。

「……所で、君達は自分が得ている大罪系スキルの権能……スキルがもたらす力を、全てきちんと知ってるのか?」

「……いいえ。一応、私の持ってる『強欲』のスキルで、色んなものを出したり消したりできる事は、分かってますけど……」

「ふむ。やはりか。――プリム、リトス。これは提案なんだが、俺の住んでる村に……ザルツ村に来ないか? 実は、うちの村の村長は昔、宮廷司書をやってた博識な人でな。恐らく、大罪系スキルの事に関しても色々と知っていると思う。
 持って生まれたスキルは、基本捨てる事も消す事もできん。つまり、一生の付き合いになる力だと言っても過言じゃない。それを踏まえれば、一度あの人の話を聞いてみるのも悪くないと思うんだが……どうだ?」

「……。そう、ですね。私もちゃんと、自分の力について知っておきたいです。お願いできますか? リトスもいいよね?」

「う、うん。僕も、知りたいかな。僕が持ってるスキルの事……」

「よし分かった! それじゃあ早速村へ行くか! ここからそんなに遠い場所じゃないから、日が暮れる前には着くはずだ」

 アステールさんは私達に向かって、茶目っ気たっぷりの笑顔でサムズアップした。

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