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第1章
7話 転生令嬢、自重を捨てる
しおりを挟む時間帯的に見れば、多分遅めの昼ごはんに当たるのだろう。
美味しい塩むすびでお腹を満たしたその直後、私は早速リトスの仮説を検証してみる事にした。
まだ10歳で身体が小さいからなのか、塩むすび2個と麦茶(これもリトスには好評だった)だけでもお腹が満たされたので、動く気力が戻ってきたのだ。
というか、蓄積されてた疲れまで全部吹っ飛んだけどね。
こっちの世界で生まれてこの方、大体いつもこんな感じだ。
例えどんだけヘトヘトに疲れていても、お腹一杯ご飯を食べさえすれば、私の身体は大抵それだけでケロッと回復してしまう。我ながら、大変お得な体質だと思います。
生家の公爵家で毎度毎度継母にいじめられ、使用人達から日々雑な扱いをされても、大したダメージを受けずに済んでいたのは、性格含めたメンタル面の頑丈さだけじゃなく、この体質のお陰でもあった。
でもって、ご飯のお陰で気力体力が充実した所で、ようやく私は洞窟の隅の方にポツンと置かれていた、カンテラタイプのLED照明を発見した。
うわあ。そんな小さな物でもないのに、なにゆえこれに気付かずスルーしていたのか。どんだけご飯食べて横になりたい欲求で頭の中がパンパンだったんだよ。私。恥ずかしっ。
まあアレだ。人間、空腹が解消されるだけで湧いてくる気力や、復活する注意力ってあるよね。
お願いなのでそういう事にしておいて下さい。
さて、そういう訳なので、さっさと気を取り直して検証開始と行こう。
うーん……。そうだなぁ。
まずは猛獣避けになりそうな、柵が出せるかやってみようか。
さっきも言ったが、山の中には熊や狼が出る。幾ら寝床が整っていても、そんな状況じゃ安心して寝ていられない。柵を出せるんなら出したいじゃないか。
リトスが固唾を呑むような顔で見守る中、私は脳内で妄想という名のイメージを固め始める。
まず、柵の材質は鋼で、高さと幅はこの洞窟の手前と、私達が今いる奥まった部分を、ある程度きちんと区切れるくらい。
地面や天井に杭を打って固定するタイプは、今の私とリトスじゃ設置できないから、柵を支える柱そのものが重しになってるタイプの物がいいだろう。
んで、端っこの方に出入り用の小さな扉が付いていれば完璧だ。
さあ、これでイメージは固まった。
出て来い! 丈夫な柵! ていうかお願い出てきて下さい!
洞窟の出入り口に向き直り、光の差し込む外を見据えてそう強く願った直後、さっき簀子一式が出てきた時と同じような、ぼふん、という音を伴いながら、目の前が一瞬白い煙で覆われ――
煙が晴れた後には、私がイメージした通りの、金属製の柵が出現していた。
「ひえ、ホントに出た……!」
「うわあ、凄いや! プリム! 凄い凄い!」
一度は「出て来て下さい」とか願っておきながら、やっぱりいざ目の前でこういう非常識な現象が起きると、思わずちょっと腰が引けてしまう私と、無邪気にはしゃぐリトス。
やっぱり、純粋な子供ってのは順応性が高いなぁ。私には真似できないよ。
第一、もしこの『強欲』のスキルに何かしらのマイナス面――例えば、スキルを使うごとに何かの対価を気付かないまま払っているとか、スキルを使うごとに悪業ポイントみたいなのが溜まっていって、そのポイントが一定値を超えると取り返しのつかない事になるとか、そういう部分がないとも言い切れないし……。
分からない部分が多過ぎて、素直に検証の成功を喜べないって言うか……。
いやダメだ、こんな事ではいかん。
私も現実を受け入れて、とっとと頭を切り替えねば。
大体、このスキルの悪い部分ばかりを考えて、使うのに二の足を踏んでウダウダしてる余裕なんて、今の私にはないはずだ。
今の私達は孤立無援。助けの手を差し伸べてくれる大人なんてどこにもいない。私達はこれから先、自分達だけの力で生きて行かなければならないのだ。
だったら、今持ち合わせがある力を、積極的に活用していくべきでしょうよ。
そうだ! 私達は何がなんでも生き延びてやるんだ!
あんなクソッタレ共の思惑通り、山の中で野垂れ死んで堪るもんか!
こうして私は、生き延びる為に細かい事を考えるのをやめ、脳内に残されていた自重の二文字も、全てまるっと捨て去る事にした。
そしてその結果。
数日後には洞窟のすぐ側に、小さくもしっかりした造りのログハウスが一軒、爆誕する事となったのである。
ちょっと、思い切りが良過ぎたかも知れない。
◆
私達が山に捨てられてから、10日が経過した。
山に捨てられた日からその辺の石を使って、洞窟の入り口付近に朝が来るたび、『正』の字を書く形で印を入れ、日数を数えているので間違いない。
ちなみに、私達の生活環境はある意味、王都で暮らしていた時より向上していた。
まさか出せるとは思ってなかったけど、マイホームとするべく出したログハウスの中は、天井に吊るされた明るい照明にベッドが2つ、それからテーブルセット一式があり、壁際にはコンパクトなキッチンも設置されている。
ログハウスの周囲には柵を設置して庭を作り、中に猛獣が入って来られないようにした。これでいつもで安心して過ごせるし、設置した物干し台で洗濯物を干す事も可能だ。
当然ながら着替えも幾らか出してるんで、洗濯できないのは困るのです。
食べ物にも困っていない。なんせ、現代日本で売ってるような、出来合いの総菜やらレトルト食品、果てはお菓子までもがスキルの力で出し放題だから。美味しいものがいつでも気軽に食べられる。
ただ、キッチンはあんまり使ってないんだよね。
私もリトスもまだチビなせいで、キッチンの設備は踏み台を使わないと手が届かない所が大半だから、精々水道の蛇口をひねる時か、レトルト食品を鍋であっためたりする時くらいしか、使いどころがないのです。
あと最初に、リトスは洗濯係で私がご飯係、掃除は2人で一緒にやる、という決め事を作った。大事だと思うんだ、役割分担って。
しかし、決め事を作ってそれを実行しながら生活しているうち、これってよく考えたらリトスの方が、私より多く家事に労力を割いているのでは、と気付き、洗濯も一緒にやろうと提案したのだが、固辞されてしまった。
リトス曰く「洗濯は楽しいから、1人でやっててもそんなに大変じゃない」との事だが、多分それって、今の住環境の大半を私が整え、自分は何もしてないっていう引け目から出た言葉なんじゃないかな、と思っている。
なので、いずれこの暮らしにもっと慣れたら、改めて腹を割って話し合う機会を設けよう、と心の中で決めた。
だって私、スキルで色々揃えたってだけで、その後はこれと言ってなんも苦労してないんだよ。自分の割り当ての仕事が終わった後は、ひたすらゴロゴロぐうたらしてるだけなんだよ。
その一方で、まだ8歳の男の子が気を遣い、率先して肉体労働買って出てるような状態を、なんも手を打たずにほったらかすほど腐ってないから。私。
話を戻すけど、ログハウスの外には、浄水機能がついた水を溜めておくタンクもあって、普段は雨水を活用している。
なんだかこの辺、よく雨が降るみたいなのでそうしたんだけど、もし長く雨が降らない時には、私がスキルで水を出して溜める事にした。
実際、もう2、3回くらいスキルでタンクに水を足してるが、別に言うほど手間じゃない。
当然、風呂とトイレ(勿論水洗です)と洗濯機も併設済み。ついでに小型の冷蔵庫も出して、ある程度の食糧保存も可能にしてみた。
その辺の設備を動かす動力は、やや大きめの発電機2つと、屋根に設置してあるソーラーパネルの発電で賄っている。まさかのオール電化ってやつだ。
ソーラーパネルでの発電を行うに当たって、邪魔になりそうな周りの木々も、「邪魔だから取り除きたいなあ」と思ったら、なんか普通に消せちゃいました。
多分だけど、これもスキル『強欲』の力なんだと思われる。
つまり、「こういうのがあったらいいな」という考えだけでなく、「これがなくなってくれたらいいのにな」という考えも、欲望に則した感情だって事なんだろう。
その事に気付いてからはゴミも出なくなった。
だって、「このゴミなくなって欲しい」と思うだけで、この場からゴミを消せるんだから。こんな楽な事ってあります?
ホントに超がつくほどのチートだよ。このスキル。めっちゃ助かる。ありがとう。
ただ、スキルの恩恵によって近代的な暮らしを送る一方、私もリトスも、この世界の一般的な平民の暮らしに馴染めるよう、火熾しや薪割りなど、ちょっとしたアウトドア経験も積むようにしている。
いつまで私の『強欲』スキルが、その効力を発揮してくれるか不明だからだ。
それに――リトスには言ってないが、スキルの持ち主である私がリトスより先に死ぬ可能性だって、十分考えられる。
勿論、そんな事になるなんて私自身嫌だし、気を付けるつもりではいるけど、世の中に絶対なんてものはないし……。
……ああヤダヤダ。辛気臭い事考えちゃった。
こんな事考えるくらいなら、今日の晩御飯の事でも考えよう。昨日はミートソースパスタがメインのイタリアンだったから、今日は中華にでもしようかな。
「――プリム! 大変っ! 大変だよ! 家の側で倒れてる人がいるんだ!」
リトスが血相を変えて私の所へ駆け込んで来たのは、まだ灯りを点けずとも十分明るいログハウスの中、テーブルに頬杖ついて今日の夕飯のメニューに思いを馳せている時だった。
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