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第1章

4話 転生令嬢の捨てられ前夜

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「ごきげんよう、お姉様。こんな事になってしまって、わたくしも悲しいですわあ」

 それが、私が牢屋に放り込まれてからしばらく後、継母と一緒にわざわざ牢屋までやって来た、2歳下の妹・エフィーメラが笑顔で発した言葉だった。

「こんな日の沈んだ時間にお屋敷を出て地下牢を訪れるなんて、淑女のする事ではないとお父様に怒られちゃったのですけど、わたくし、どうしても落ちぶれたお姉様をバカに……じゃなくって、お労しいお姉様をお慰めしたくってぇ」

「…………」

 私は、下らない寝言をつらつら吐き出す妹を普通に無視した。
 こういう手合いは変に反応するとつけ上がる。シカトぶっこいてるのが一番だ。
 あと、今リトスが私の隣で泣き疲れて寝てるから、あんまり騒がないでもらえます?

 私がだんまりを決め込んでいると今度は継母が、ドピンクに染色された被毛を貼り付けてある扇子で口元を隠し、ご自慢のハニーブロンドをわざとらしく指でクルクルしながら、にんまり笑って口を開いた。

「お前は本当に困った子ね。プリムローズ。昔から汚らわしい赤毛の娘だと思っていたけれど……まさか悪魔の手先だったなんて思わなかったわ」

 世界中にいる赤毛の人達に謝れ。このバカちんが。

「……ちょっと。この私が、こんな汚らしい所にまでわざわざ足を運んで、こうして声をかけてあげているっていうのに、返事ひとつできないの? やっぱり赤毛ってダメね、下品で卑しい色だもの」

 それは赤毛と関係ねえだろ。
 つーか、確か鑑定の儀の会場で見た筆頭公爵家のご当主様、私とおんなじ赤毛だったはずなんだけど、そんな事言っていいのかオイ。
 ホラ、あそこに牢番いるじゃんか。公爵様に報告上げられて、不敬罪で処されても知らんぞ?

 ウチも同じ公爵家だけど、頭に『筆頭』ってつく公爵家の方が家格は上だし、当主である公爵と公爵の連れ合いの夫人となら、間違いなく公爵の方が立場は上だ。
 あんたは同格だと勘違いしてるっぽいけど、場合によっては不敬罪が適用されるくらいの差はあるんだよ?

 そう突っ込んで指摘してやりたかったが、やはり無視。
 この蜂蜜チンパンジーも娘と同じで、相手にすればするだけつけ上がるタイプだ。無駄な労力は使いたくない。

「ダメよお母様、そんな事言っちゃ。きっとお姉様は今、ショックでお喋りできない状態なのだわ。――ああそうそう、お姉様が持ってるキラキラしたシルクの可愛いドレスとか、大きなルビーを使ってるブローチとかは、わたくしが形見の品としてもらっておいてあげるわね」

 どうぞご自由に。
 ドレスはシルクじゃなくてシルクに似せたサテンだし、ルビーはガラスでできたイミテーションだから、別に惜しくも何ともない。絶対教えてやらんけど。
 ていうか、私にそういうパチモンばっか押し付けるように買い与えてたの、お前のお母様だよ?

 おいお母様、可愛い娘が腹違いの姉からパチモンパクろうとしてるけど、止めなくていいの? それとももう、その辺のご記憶がないんですか?
 だとしたら、なんともお気の毒な事だ。これから先、頭のご病気に気をつけて下さい。

 ……ああ、こいつそのうち、私からパクったドレスとブローチ身に付けて、ウキウキしながらよそ様の家のお茶会行くんだろうな。
 今からその日の事が目に浮かぶようだよ。
 同年代の女の子達に『サテン令嬢』とか『ガラス玉令嬢』とか言うあだ名をつけられて、陰で笑いものにされてるこいつの姿とか。

「それと、お姉様がこの間お城からもらって帰ってきたクッキーの残りも、ぜーんぶ美味しく頂いておいたから安心してね。うふふ、と~っても美味しかったわ」

 ウソつけ。お前の言ってるクッキーって、庭師の吞兵衛なおっちゃんから分けてもらった、バターソルトクッキー・ペッパーチーズ味の事だろ。
 屋敷に持って帰る前、城の庭で2、3枚ほど頂いたが、あれ結構コショウが効いてるから、お前のお子ちゃま舌には確実に合わなかったはずだ。
 ご相伴に与ったリトスも、「しょっぱ辛い」って涙目になってたくらいだし。

 ぶっちゃけアレ食べてると酒が欲しくなってくるから、あんまり一度にたくさん食べないようにしてたんだけど、そうやって日に数枚ずつ食べてる私の姿が、妹の目には、高級品をちょっとずつ大事に食べてるように見えたのかも知れない。
 更に言うなら、今その事を当てつけみたいに話して聞かせてるとなると、自分の口には合わなかったけど、私の口には合う高級品だったと思い込んでる可能性が高いな。バカめ。

 私がずっと口を噤んだまま、慌てる事も騒ぐ事もなく、ただ淡々と冷めた目を向けてくるからだろう。
 微妙に不機嫌になってきた妹が、語気を荒くしながら言い募ってくる。

「……そ、それから最後に、お父様が温情を下さったわよ。陛下に、今すぐお姉様を処刑するんじゃなくて、ここからずうっと遠くにある山に捨てて来て下さいって、お願いしてきたのですって!
 あと、シュレイン殿下の婚約者の立場は、私が引き継ぐ事になったから、その辺の事も心配しないでいいわよ。本当によかったわね、お姉様!」

 ああそうですか。そりゃどうも。この度は血縁者としてのご厚情を賜りまして、感謝の念に絶えませんクソ親父。ハゲ散らかっちまえアーメン。
 まあ、いきなり殺されるよりはマシだろうから、ゴミカスのひと欠片分くらいの感謝は捧げてやってもいい。あと、早い段階でクソ王子から解放してくれた事に関しては、全力で感謝してやる。光栄に思え。

「……ふん。最後の最後まで、本当に可愛げのない娘だったわね。さ、そろそろ戻りましょう。エフィ。いつまでもこんな所にいたら呪われてしまうわよ」

「はーい、お母様。……じゃあね、お姉様! 明日の最後のお見送りには行けないけど、捨てられた先でも元気で頑張ってねっ!」

 こうして、特に傷付きもしなければ、心のどこにも刺さらない陳腐な捨て台詞を残し、継母と妹は牢屋から出て行った。
 ……さて。明日からリトスを連れてサバイバル生活に突入か……。長いんだか短いんだか、よく分からないご令嬢生活だったな。
 クズな家族のお陰で、今までの暮らしにあんまり未練を感じないのが不幸中の幸いだ。

 見てろよ。こんな事じゃ私はまだ折れないぞ。前世のにわか知識でどこまでやれるか分からないけど、このまま大人しくくたばってなんてやるものか。
 この子と一緒に、なにがなんでも生き延びてやる!

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