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第1章
3話 転生令嬢の転落
しおりを挟む王太子妃教育を受けてます、という、周囲へのポーズを維持する為、城にちょいちょい顔出すようになってから、大体ふた月ほどが経過した。
今日も今日とて、私は王妃殿下の侍女さんに1人城の庭へと案内され、いつも通り、「どうぞごゆっくりお過ごし下さい」という、取って付けたような台詞と共に、放置プレイをかまされる。
いつもならこれが、やる事なんもなくて暇で暇でしょうがない、ある種緩やかな拷問でも受けてるような時間の始まりだった。
でも今は違う。
私には、しばらく前から友達がいるのです。
「――プリム!」
「リトス!もう来てたんだ!」
庭の端の方にある、ガゼボの影からひょっこり出て来た小さな男の子が、嬉しそうに笑って手を振りながら、私の所へ駆けて来る。
今さっき私が呼びかけた通り、この子の名前はリトス。レカニス王国の第二王子で、今は鬼籍に入っておられる側妃の子。私の形ばかりの婚約者、シュレイン王子の腹違いの弟だ。
残念ながらこの小さな友人、リトスの事を一言で言い表す術を、私は持ち合わせていない。
だってこの子ときたら、まだ8歳になったばっかりだと言うのに、中身が大の大人である私ですら思わず見入ってしまうほどの、超超絶世の美少年なのである。
もし私がショタコンであったなら、持ち得る語彙の全てを総動員して、キモい熱語りを延々と繰り広げていただろう。それくらい、綺麗な面立ちをしている子だ。
とってもサラサラな白銀色の髪と、深い色合いを持ったブルーサファイアの瞳が儚げな雰囲気を醸し出す、まさに、国宝級の御尊顔をお持ちの王子様だと言っても過言ではない。
そんなリトスの性格は、大人しくてちょっと気弱。
外でチャンバラ遊びをするよりも、部屋の中で本を読んでる方が好きなタイプのようだ。でも、言うべき事は勇気を出してちゃんと言える子でもある。
うん、お姉さんもそこは偉いと思う。
リトスとの出会いは、今から遡る事1カ月半くらい前。
継母である王妃殿下と腹違いの兄王子からいじめられ、辛くなって庭に逃げてきて、隅っこでうずくまって泣いていた所を偶然私が発見し、心配になって声をかけたのが始まりだった。
それ以来、私とリトスは非公式のお友達になり、お互いに敬語も何も使わない、子供らしい交流を密かに続けている。
つーか、第一王子だけじゃなくて、あの王妃殿下も案外性格悪いんだな。
見てくれは楚々とした美人だし、いつも人前では穏やかな微笑みを浮かべてるのに。
ウチの継母とどっちが性格悪いだろ。今度、王妃殿下の噂話も集めてみようかな。
ま、今はその辺の事はどうでもいいや。
「ねえプリム、今日は何して遊ぶ?」
「んー、そうだなぁ、あんまり駆け回って騒いだら怒られるだろうし……でも、昨日と同じあやとりの続きじゃ、なんかつまんないし……」
「……あ、あのね、今日は部屋から、トランプ持って来てるんだけど……。2人じゃ面白い遊び、できないかなぁ……」
「トランプ! それいいね! 2人でもちゃんと遊べるから心配しないで。それ使って神経衰弱やろう」
「し、しんけい、すいじゃく?? それ、遊んでも大丈夫なの?」
リトスは不安そうな、どこか縋るような目で私を見てくる。
ヤダ、なにこの子、めちゃカワなんですけど。
どうやら、神経『衰弱』という言葉の響きがちょっと怖いらしい。
ていうか、まだ8歳なのに衰弱って言葉の意味、知ってるんだ。
なかなかやるなあ、凄いじゃん! 美少年で温厚で性格よくて、その上頭までいいなんて、天は一体この子に何物ほど与えていらっしゃるんでしょうかね!?
「勿論大丈夫だよ! 私がアンタに危ない遊びなんて教える訳ないでしょ?」
私がにっこり笑ってそう返すと、リトスも頬を赤くしながら「うん」とうなづいて笑いかけてくる。
あー可愛い。めっちゃ可愛い。マジ可愛い。最高かよこの子。
でも変な扉は開かないから安心して欲しい。
私はあくまでリトスのお友達。危険人物には成り下がらない。絶対に。
「? プリム? どうしたの?」
「え? あ、ああ、ごめんね。ちょっとボケっとしちゃった。ホラ、遊び方教えてあげるから、ガゼボに行こう!」
「あっ、ま、待ってよプリム!」
思わず脳裏に浮かぶ考え事を振り払い、私はリトスに声をかけながら、ガゼボに向かって駆けていく。
これまでずっと城に来るの嫌だったけど、リトスと遊べるんなら週5ペースの城通いも悪くないな、なんて思いながら。
しかし、それからたったのひと月後。
ささやかで平和なひと時を、根こそぎぶち壊す大事件が発生してしまった。
それは、王侯貴族の子女にとっての通過儀礼とも言える、重要なイベントでの事。
ここレカニス王国では、国内で生まれた王侯貴族の子女は全員、6~10歳の間にスキル鑑定の儀という、なんかこう、なろう系小説に出てくるっぽい名称の儀式を、必ず受けなければならないそうだ。
なんでも、この時鑑定結果で出たスキルこそが、その子供が持って生まれた才能であり、神から賜った祝福の発露とみなされる、との事らしいんですよ。
例えば、火魔法のスキルを持っていれば、いずれ火属性の魔法を極められるようになるし、剣術のスキルを持っていれば、将来的に国中に名を轟かせるような剣豪になる事も、決して夢ではなくなる。
だが、逆に何のスキルも持っていなければ、鑑定の儀を受けたその日から無才能のレッテルを貼られ、女は嫁ぎ先を見付けるにも苦労するし、男は先々身を立てる事が難しくなるのだとか。
下手をすればスキル差別の目に晒されて、長男であっても跡継ぎから外されてしまう事さえあるという。
勿論私も、生まれ持った能力で先々の扱いが変わるとかいう、理不尽な慣習に文句がない訳じゃないが、仕方ない。幾ら今世が公爵家の生まれであろうとも、今の私は所詮単なる10歳のガキンチョだ。
下手な振る舞いして不当な差別とか受けたくないし、大人しく鑑定の儀式を受けておこう。
そう思って、リトスと一緒に大人しく儀式を受けた結果。
私は大罪系スキル『強欲』と『暴食』の保持を、リトスは大罪系スキル『嫉妬』の保持を確認され、儀式の場は蜂の巣をつついたような騒ぎに陥ったのである。
「なんて事! 公爵家の子供が大罪系スキルを保有してるだなんて!」
「それも2つだと!? このような凶事、建国以来一度もなかった事だぞ!」
「おまけに、第二王子殿下まで大罪系スキルを……!」
「もしや……ここ数年平民共の、農地の収穫量が減ってきているのは……」
「王都の平民街でも、疫病が流行り始めていると聞きますわ」
「ええ、大罪系スキルを持つ子供が2人も出たのです。もしかしなくても……」
「ああ、恐ろしい……! この国は一体どうなってしまうのじゃ……!」
周りの大人達は、私とリトスを遠巻きにジロジロ見ながら、ピーチクパーチク好き勝手な事を囀りまくる。
「みな、静まれ! 益体のない言を口にし、悪戯に騒いでいた所で事態の好転など望めはせぬ! 今は何においても、速やかに悪しき芽を摘み、捨て去らねばならぬ時だ!」
でもって、なんかいきなり横からしゃしゃってきた、太ましい体躯の偉そうなおっさんがいきなり声を張り上げ始めた。
あ。よく見たら王冠被ってるわ。王様かよ。
見た感じ、顔の造作は悪くなさそうだけど、顔面含めた身体全体に付いた贅肉が、元のよさを根こそぎ殺してる感じ。残念メタボめ。
「――ケントルム公爵家が娘、プリムローズ・ケントルム! 並びに、我がレカニス王国第二王子、リトス・ロア・レカニエスよ!
今この場において、レカニス王国国主たる我の名の元、汝らの罪と罰を詳らかにするゆえ、心して聞くがいい!」
青い顔で震えている我が子を無視し、欠片も顧みなようとしないメタボ国王は、クソ偉そうな態度で朗々と語る。
あのさ、心して聞け、とか言うなら、もっと使う言葉を選べよ、おっさん。言い回しが無駄に小難しいし、修飾過多でウザい。もしかして、人前で語る自分に酔っちゃってんの?
つーかこれ、転生者の私は一応理解できるけど、まだ8歳のリトスには、何言ってんだか半分も理解できないと思うんですが。
いやまあ、今ここで変に指摘したり話を混ぜっ返したりしたら、この場で首ちょんぱされそうだから黙って聞きますけどね?
そういう訳で、内心ムカつきながらやむなく話を聞いていると、周りの人間が口々に言っていた『大罪系スキル』というのがどういうものなのか、おぼろげながら見えてきた。
大罪系スキルとは、この世界の宗教団体である教会が言うには、『所有者や周囲の人を堕落させ、やがて人間社会を滅ぼしかねない邪悪なスキル』の事らしい。
このスキルを持って生まれた子供に与えられる選択肢は、王の名の元処刑されるか、身一つで国外追放に処されるかの2択のみ。
どれだけ貴い身分の生まれだろうが、どれだけ清い心を持っていようがお構いなしで、その沙汰は一方的に下される事となる。
なぜならそれが教会の教えだからだ。
――って、いやちょっと待て!
たかだか教会の教えひとつ守る為に、なんの罪もない、年端もいかない子供をそんな目に遭わせようってのか!? 納得いかねえ!
つーか、仮に処刑じゃなくて国外追放を選んだとしても、身一つで、なんて話になってる時点で末路は知れてるだろ! たかだか10歳かそこらの子供じゃ、その辺で野垂れ死んでおしまいだろうが!
「ざけんな! 邪悪なのはどっちだ! お前らに良心ってモンはないのか!!」
私がそう叫んだのは、リトス共々昏倒させられ放り込まれた、牢屋の中で目を覚ました直後の事だった。
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