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第3章
1話 2年B組、性悪先生
しおりを挟むバカ王子にまつわる、しょうもないすったもんだに巻き込まれたあの日から、約1年が経過した。
私達は無事2学年へ進級し、取り立ててこれといったトラブルに見舞われる事もなく、日々穏やかに過ごしている。
先だって学園を卒業したメルローズ様(なんと、魔法騎士になるべく修行を開始したらしい)とのお付き合いも当たり前のように続いていて、先日も、大聖堂へ揃ってお出でになったメルローズ様、ユリウス様、ヴィクトリア様のお三方と、お茶を楽しんだばかりだ。
以前は月イチだったこのお茶会も、いつの間にやら月2回に回数が増え、最近では、そこにシアも時々顔を出すようになって、より楽しい交流の場になっている。
メルローズ様曰く、この国の貴族のお茶会とは基本的に情報交換の場、いわゆる、お仕事のひとつとして扱われるイベントなので、何の含みもなくお茶を飲んでお菓子を食べ、取り止めのない話だけを気兼ねなく楽しめる場、というのは、大変貴重なのだとか。
なので、メルローズ様のみならず、ユリウス様とヴィクトリア様も、私が毎度大聖堂で開く『平民流お茶会』をとても楽しみにしているとの事だった。嬉しいお言葉だ。
私の聖女の肩書のせいで、あまり表立って交流できない事が惜しまれるけど、よく考えたらメルローズ様達と知り合って、こうして友達になれたのも、ひとえに聖女の肩書あったればこそ。
田舎の寒村で暮らしていた頃とは、比べ物にならないくらい豊かで余裕のある日々を送り、シアが体調を崩した時もすぐ医者を呼んでもらえる為、さほど気を揉まなくて済む。
衣食住の一切に困らず、生活の為の労働に追われる事もなく、当たり前のように学園へ通って様々な事を学べ、あまり数は多くないけれど、親しい友人が何人もできた。
そんな生活が長く続くほど、自然と身に沁みてくるのが、今の環境に身を置けている事への有り難さだ。
普通の平民と違って不自由な部分が多く、時々窮屈さを感じたりもするけれど、私、聖女でよかったのかも知れない。
未だ暫定の二文字が抜けない聖女だけど、それでも聖女として頑張れる事があるなら、全力で頑張ろう。ディア様やみんなの期待に応えたい。
ようやく、心からそう思えるようになってきた。
元から娯楽が少なく、エンタメも未発達なせいで、元の世界が恋しくなる事も時々あるが、スマホや数多のメディアを切り捨てた、ある種のスローライフだと思えば、ここの暮らしもそう悪くない。
特に、ソシャゲとか動画とか、そういうスマホ関連のエンタメなんかが一番いい例だ。
あれって、どうあがいても手に入らない、存在しない物だと割り切れば、触れたい欲求を我慢できないほどのモンじゃないんだな、って、この歳になってようやく気付きましたよ、はい。
◆◆◆
さて、そんなこんなで私達は、本日も学園で学んでいる。
午前の授業を終え、長めの昼休みを挟んだ午後の一発目に行われるのは、魔法実技の授業。その内容は、各自が最も得意とする自作の攻撃魔法を1つ、実技担当の教師立ち合いの元で行使するというものだ。
この世界の魔法というのは、基本的に、代々使い手達の間で決まり切った魔法体系を引き継いでいくのではなく、個々で扱いやすい魔法を編み出していく、というスタイルで扱われている。
つまり、魔法を学ばんとする生徒達はみな、各属性に合わせた基礎魔法書に書かれている呪文や術式を、時に組み合わせ、時に組み換えながら、自分にとって最も扱いやすい魔法を、文字通り一から構築していく事になるのだ。
なんか、想像した物を形にする力とか、結構クリエイティブな能力が要求されるんだよね、この世界の魔法使い……魔術師ってのは。
魔法を構築する能力が低くても、指導する側がある程度助けてくれるから、指導さえ真面目に受けてればそれなりの魔術師にはなれる。だが、一流と呼ばれる魔術師になる為には、上記の能力が不可欠なのだそうな。
それと、これは先生から聞いた話なんだけど、術者の間で代々受け継がれている魔法というのも、一応あるにはあるらしい。
しかしながら、そういうのはどれも、主に攻城戦やら何やらに使う、激烈な破壊力を持ったヤバいものばかりだとの事。当然、学園では習いません。
主に学園にて才能を見出されて魔法騎士となり、年単位で行われる厳しい訓練に耐え抜いた、ほんの一握りのエリートさん――つまり、上級魔法騎士と呼ばれる方々だけが、その魔法を伝授してもらえるのだ。
ちなみに、魔法を扱う為に必要な手順は3つ。
1、精神を集中して、魔力を練り高める。
2、高めた魔力を、構築詠唱によって望んだ形に整える。
3、形を整えた魔法を、発動詠唱によって解き放つ。
以上が魔法の基本的な使用法だ。
魔法の扱いに長けてくると、魔法を使う際、詠唱を端折ったりもできるようになるらしいが、きっちり詠唱した魔法と比べると、どんな魔法でも大なり小なり威力が落ちるので、扱いには注意が必要だと先生は言っていた。
もっとも魔法という力自体、対人戦で扱うには思い切りオーバーキルな攻撃手段だから、対魔物戦以外では大体みんな詠唱を端折るってお話だったけど。
今回、私達のクラスの魔法実技を監督しているのは、金髪碧眼・今年で四十路になられたアンナ先生だ。
下位貴族出身だという彼女は、2人のお子さんがいる既婚者にして、私と同じ身体強化魔法使い。そして、性格悪い、嫌味、傲慢、差別主義者、などなど、蔭口のバリエーションに事欠かないお人でもある。
うーーん。なんつーか、ヤな人に当たっちゃったな、これは。
アンナ先生は、整髪料だのヘアアイロンだのをバリバリに使い、ガッツリキメたドリルロールをピンクのヒラヒラリボンで飾り立てるという、とても個性的な髪型をなさっておいでだ。
大体想像付くと思うけど、そこかしこにシワが刻まれ始めた、四十路の御尊顔の上へ乗っけておくには、あまりに個性が強い髪型をしてるもんだから、生徒のみならず同僚の先生方からも、若干白い目で見られておいでです。
周囲の目や年齢に左右されず、独自のお洒落意識を持ち続けるのはいい事だと思うが、せめて髪型くらいは、もうちょいお顔に合うモノを模索すりゃいいだろうに。
ついでに言うなら、化粧もちょっぴり濃い目です。
だがまあ、どんだけ歳を取ろうが女は女。
綺麗でありたいと思うのは、ある種のサガのようなもの。
そして、衰えた部分を隠したいと思うのもまた、女のサガだと人は言う。化粧に関しては、仕方ない事なのかも知れない。
なお、男子は別の先生の監督の元、端っこの方で剣術の授業を受けてます。
あ。男子の指導担当の先生、カレン先生じゃん。
カレン先生は、アンナ先生と同じ金髪碧眼、同じ下位貴族出身で、これまた同じ身体強化魔法使いの先生だ。歳も同じ四十路な上、2人のお子さんがいる既婚者、という所まで一緒だったりする。
カレン先生はアンナ先生と違い、髪型はサラサラストレートヘアをシニヨンに纏めただけの、貴族女性としては少々地味なスタイル。
というか、元は王城の警備を専任とする魔法騎士団に所属していた、という経歴の持ち主だからか、髪型だけじゃなく服装やアクセサリーなんかも結構地味で、化粧っ気も薄い。もしかしたら、質素倹約、質実剛健主義、というヤツなのかも。
しかし、厳しくも優しい人柄に加えて、指導力にも定評がある、とってもいい先生です。
男子、うらやま。
学園内にある、平民専用の運動場中央では、今もクラスメイトの1人が生み出した大きな火柱が、空を焦がさんばかりの勢いで立ち昇っている。
カレン先生の、「ふん。全力でこれですか。勢いに欠けますわね」などという嫌味はスルー推奨。
あの人は基本、生徒には嫌味しか言わんのです。
特に、属性魔法持ちが羨ましいのか、属性魔法に対する評価は激辛である。
あんまりにも評価が辛過ぎるってんで、他の先生方や学園長から何度か釘を刺されてるらしいが、大して効果はないみたいだ。
しかし、属性魔法を使える人が羨ましいって気持ちだけは、大いに理解できる。
だってカッコいいんだよ。ホントに、『ザ・魔法!』って感じだもん。
身体強化魔法は、発動させても見た目にはなんも変わんないから、尚更そう思う。
さっきの子は風の魔法で、標的に見立てた木製の人形をザクザク切り刻んでたし、その前に魔法を使ったシアは、でっかい水球を生み出して標的を包み込んでたっけ。
実は、あれからシアはとっても頑張って努力して、よその子と比べて随分と少なかった魔力量も、ようやく人並みくらいになりました。
偉いぞシア! 超絶美少女な上に性格よくて、おまけに努力家だなんて最強じゃん!
お姉ちゃんは鼻高々ですよ、もう!
でもあれ要するに、対象を溺死させる魔法って事、ですよね? 確実性は高いけど、喰らわされた方は堪ったモンじゃないだろうなあ。我が妹ながら、なかなかエグい事を思い付きなさる。
ある意味水の攻撃魔法って、他の属性の攻撃魔法よりおっかない気がするわ……。
そんなこんなで、他の子の魔法を楽しく見物……じゃねえ、真面目に見学していると、ようやく私の番が回ってきた。
皆さんご存じの通り、私は外部に影響を及ぼす魔法が一切使えないので、単純に、身体強化魔法で底上げしたパワーをお披露目する事になる。
クラス内には、私以外にも無属性の身体強化魔法持ちの子が数人いて、丁度、その子達の中でトップバッターを張る格好だ。
ん、あれ? 今の今まで木製だった標的人形が、いきなりごん太い鉄柱に入れ替わってんですけど。
しかも、緩衝材も何も巻いてない、剥き出しそのままなお姿で。
せめてワラと布くらい巻けよ、コラ。
つーかでけぇな鉄柱!
パッと見だけど、2メートルくらいあるんじゃね!?
突如出現したナチュラルごん太鉄柱を見て、他の身体強化魔法持ちの子も顔を引きつらせてます。
ひそひそ声で、「あんなの壊せないよ」とか、「怪我しちゃうわ」とかいう言葉が聞こえてくる。あはは。ですよねー。わかりみー。
おい。どういう事ですか、アンナ先生。
こっち見ながらニマニマ笑ってねえで、ちゃんと説明して下さいよ。
私が暗に、説明を求めてアンナ先生の顔をガン見していると、アンナ先生の顔が一層喜色満面になった。
あー、こりゃアレだ。
もしかしなくても、教師の立場を悪用した嫌がらせってヤツですか?
「あらぁ? 流石の聖女様も、この鉄柱には手も足も出ないようですわねえ? よろしければ、元の木製の人形をお持ちしましょうか? わたくしに、頭を下げて頼んで下さるのなら、ですけどねぇ? うっふふふふっ」
……。うへぇ。案の定だよ。
めっちゃドヤ顔だわ。すんげぇ嬉しそうな声色で言ってくるし。
いやはや……。まだ10代半ばをちょっと超えたばっかの小娘相手に、こーんなしょうもねえ嫌がらせして楽しいっすか?
つか私、そこまで先生に嫌われるような事、してましたっけ?
してないよね? だって、授業以外で口利いた事ないのに。
あーあー、ちょいと黙って見てる間にも、どんどんドヤ顔が酷くなってくじゃん、先生。
私が困惑していると、私と同じ身体強化魔法使いの子が傍に寄って来て、そっと服の裾を引っ張りながら耳打ちしてくる。
「アルエットさん、無理なら無理って言った方がいいわ。ムカつくのは、物凄くよく分かるけど……」
「あ、うん。心配してくれてありがとう。ていうか、私なんでこんな目の敵にされてるんだろ」
「そりゃあ、アルエットさんの魔法実技の成績がいいのと、あとは自分より美人だからじゃない? 嫉妬してんのよ。嫉妬」
「えぇ……。嫉妬って……マジ? だってあの人40でしょ? どんだけ歳離れた相手に嫉妬してんのよ。有り得なくない?」
「きっと、自分の歳と立場が見えてないのよ。そうじゃなきゃ、あんなイタい髪型引っ提げたまんま、学園の教師やろうなんて思わないもの。あの痛髪先生」
「……ぶふっ! い、痛髪、って! ちょ、こんな時に笑かさないで……!」
ぐふぁ! イタい髪型! 痛髪先生! なにそれ言い得て妙!
授業中にそんな上手い事言わんで下さいよ! やだもう私ツボっちゃう!
誰か! 誰か彼女に座布団を!
山田君じゃなくていいから、とりま彼女に座布団あげて下さい!
「聖女様! さっきから何をコソコソ無駄話していらっしゃるんですか! できないならできないと、早く仰られたらどうなのです!?」
あ、やっべ。ちょっと放置プレイが過ぎたか。
流石の痛髪先生もブチ切れる寸前みたいだ。
しゃーない、ここはチャチャッと済ませましょうかね。
いやでも、ホントにツボってきちゃったどうしよう。笑いが止まらねえ……!
「……ん、こほん。し、失礼しました、先生。別に無理では、ふふっ、ありませんから、ぷっ、やらせて下さい」
「何をニヤニヤ笑っているのですか! 不真面目な! しかも、無理ではないですって!? そんな大口を叩いて、恥ずかしくはないのですか!」
「いえ、すみません。彼女と話していたら、ちょっとその、面白い話をしていたのを、くっ…、お、思い出してしまって……。実技は間違いなく真面目にやりますので、ご容赦下さい」
私は頑張って息を整え、笑いを噛み殺しながら鉄柱目指して歩き出した。
歩きながら深く呼吸する。
吸って吐いて、また吸って吐く。
一定の間隔で静かな呼吸を繰り返せば、それが深く強い集中への入り口となる。
やがて、ジワジワ湧き起こっていた笑いの衝動が、自然と収まってきた。
――うん、よし。ここだ! ベストコンディション!
お望み通り、全力でブチかましたらァッ!!
どうにも全力出すとなると、ちょっぴり語彙が荒っぽくなってしまうんだけど、そこは大目に見て下さいね!
「うおらァああぁッ!!」
裂帛の気合を込めて繰り出すのは、深く腰を落とした状態で放つ右ストレート。
なんちゃって正拳突きとも言う。
だって空手習った経験ないし。
多分、正式に空手を習ってる人が見たら指導入るんじゃないかな、というような、素人丸出しの正拳突きだったが、威力だけは抜群だ。
ノリで繰り出したパンチを全力で叩き込めば、ゴツいばかりで可愛げの欠片もない鉄柱のド真ん中に、バカでかい風穴が開いた。
風穴が開いたあと、一瞬遅れで運動場に鳴り響いたのは、力任せに破壊された鉄柱の断末魔。
鈍さと甲高さが入り交じった、何とも形容しがたい轟音に鼓膜を突き刺され、その場に居合わせた全員が、思い切り顔をしかめながら耳を塞ぐ。
そして、体積の大半を失った鉄柱は、ぎぎぎ、という恨めし気な音を伴いながら徐々にへし折れていき、やがて、重い音を立てて地面に落下した。
静まり返る運動場。
誰も言葉を発しないまま、何秒が経過しただろう。
あんまり誰も微動だにしないので、私からアンナ先生に声をかけてみた。
「あの、アンナ先生? いかがでしたか? 私のとっておき☆ 合格ですよね?
よろしかったら、先生も一発受けてみます?」
「ひぃっ!? えっ、ええ、いいのではなくてっ!? 極悪……じゃなくて合格! 合格ですわっ! でっ、ですからどうか命ばかりはっ!」
茶目っ気たっぷりにウインクしながら、分かりやすいジョークを言ってみたのだが、どうやらあんまりお気に召さなかったようだ。
「どうなさったんですか、土下座なんてして。早くお立ちになって下さい。まだ実技が終わってない生徒もいますし」
「じっ、自習! 自習にします! ここからは自習よ! ももっ、もうわたくしが教える事なんて何もありませんわーっ!!」
そんな台詞を吐きながら、アンナ先生は全力で運動場から走り去って行った。
いや、そこまで全力で逃げる事ないでしょうよ。
これじゃまるで私が魔物みたいだろ。先生。
またも静まり返る運動場。
「えーと……。これ一体どうしたら……」
思わずそう呟くと、頭のてっぺんにポン、と優しい感触が降って湧いた。
どうやら、誰かに頭を撫でられたみたいだ。
ふと隣を見てみれば、そこに立っていたのは呆れ顔をしたカレン先生だった。
うわあ。全然気づかんかった。
流石は元魔法騎士。気配を消すの、お上手ですね……。
「全く、仮にも魔法を指導する立場でありながら、胆力のない方ですわね。情けないこと。……ここからは、わたくしがそちらの授業も受け持ちますわ。聖女様」
「あ、はい。よろしくお願いします。まだ、採点もしてもらっていませんので」
「分かりました。……と言っても、ここまで見てきた限り、落第点の生徒は誰もいないようですけれどね。
――さあ、残りの生徒はこちらへ! 実技の続きを行いますよ! 折角ですから、男子生徒もよく間近で見ておきなさい!」
パンパン、と手を打ち鳴らしながら、カレン先生が声を上げる。
それを合図に、呆けていた生徒達も我に返って動き出す。
どさくさ紛れに近付いてきたエドガーに、「古狸のお相手ご苦労さん」と、他人事丸出しの口調で笑いながら言われたので、とりま背中に一発、軽く平手を打ち込んでおいた。
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