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第2章

9話 どっちが被害者か分からない

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 エスト出立2日目。
 1日目と同じく、夕暮れ前に移動をやめ、大きく開けた草原で設営準備を進めている騎士団員さん達の様子を見ながら、私はあちこちを歩き回っていた。
 馬車の中で寝た振りして、王太子の様子を窺っていたエドガーとティグリス王子から、「あの野郎、どうやらお前を狙う事にしたみたいだぞ」とか、「今度は、聖女様に手を上げて負傷させた、という名目の冤罪を私に着せるおつもりのようです」とか、色々タレコミがあったからだ。
 エドガー達曰く、王太子は頭と口の連結がガバガバなのか、脳内の妄想がちょいちょい口から漏れ出ていたとの事。
 それこそ、ブツブツ呟くなんて可愛いモンじゃなくて、結構普通のトーンで独り言喋ってたし、時々気色悪い含み笑いなんかも零していたらしく、それらに反応しないように狸寝入りし続けるのも一苦労だったらしい。お疲れ様です。

 んで、反省して大人しくなるどころか、逆にそんなくっだらねえ真似をしでかすつもりだって言うんなら、真っ向から受けて立とうじゃないかと決めまして。
 今は、エドガー達や騎士団長さん達に作戦を伝えた上で行動している所だ。
 わざと1人で人気のない所へ移動して、襲いかかってきた所を撃退、吊るし上げのネタにしてやろうと思うので、ご協力よろしくお願いします、と。
 そしたら案の定、早速野郎が釣れました。
 王太子は現在、私の数メートル後ろ辺りで、下手クソな尾行の真似事をしてらっしゃいます。つか、あれで隠れてるつもりなのか? あいつ……。

 そりゃまあね、その道のプロじゃないんだし、気配を消すのは無理だとしても、こういう遮蔽物の数が限られてる場所で人を尾けるんなら、せめて視認されないように屈むなり何なりして、物陰にしっかり身を隠すもんなんじゃないの? 普通。
 だってのにあの王太子様ときたら、野営用のテントの陰に、申し訳程度に身体を寄せてるだけときた。
 あのね、なんつーかもうさ、ほとんど身体が隠れてないのよ。尾行舐めてんのか。
 おまけに濃紺一色の服装と、服と同色の布を適当に巻いだたけの即席の覆面を身に着けたお姿が、これまたクッソ目立っていらっしゃる。

 お前さ、物語に出てくる隠密とかが、常日頃からそういう濃い色の服着てると思ってんの? あれはね、夜の街中とかでするもんなんだよ。
 辺り一面緑の野っ原、しかもまだ日も傾き切ってない時分に、ンな紺色の服なんて着てたら目立ってしゃーねえっつの。
 お前が身を隠してるつもりになってるそのテントだって、基本クリーム色だしさ。
 あーもう、周りで設営準備してる通りすがりの騎士さん達も、何とも言い難い顔してお前の方チラ見してんじゃん。見て見ぬ振りする方の身にもなれや。

 いや待てよ……。もしかしなくてもあいつ、昨日の夕方ロゼを毒殺しようとしてた時も、似たようなノリで行動してたのかな。……してたんだろうなぁ。
 だとしたら、目撃者が複数名出てくるのも当然だ。
 昨日奴がどんな行動取ってたかなんて、推して知るべしだろ。
 今だって、隠れてるつもりになってるくせに、全然隠れてないんだもん。

 ああなんかもう、奴が昨日から繰り広げていたであろう頭の悪い行動を推察するだけで、地味に頭痛いっつーか、眩暈がしてくる。
 ……。もう変に奴の事を考えるのはやめよう。こっちまでバカが感染りそうだ。
 それより、奴が行動に移りやすいように、もうちょい人気のない所に移動してやった方がいいかな。
 私も、さっさとケリを付けたいし。

◆◆◆

 まあ、そういう訳で。
 時々すれ違う騎士さん数名に目配せし、目撃者を装ってもらえるよう言外に頼みつつ、設営地から少々離れた雑木林の近くへ移動した所で、ついに奴が動いた。
 奴は、ひっじょ~に雑な動きでバタバタ足音立てながら、あんまり速くない速度(でも奴は最速のつもりなんだろうな)で、背後から私に襲いかかろうと走ってくる。
 うん、マジ遅せぇ。
 ぶっちゃけた話、奴に接近されるその前に振り返って顔面に一発……いや、軽く四発はぶち込むくらいの余裕があるんだけど、ここは反撃の建前として『王太子に襲いかかられた』という事実が欲しいので、手出しをせずにしばし待つ。
 大した距離も開いてなかったのに、たっぷり10秒近い時間をかけて私の真後ろに到達した奴は、まず私を羽交い絞めにしてから、無造作な仕草で口を塞ぎにかかってくる。

 ほーん、力はそこそこ強いな。しかもナイフ持って来やがったか。
 そうですかそうですか。こいつはいいや。
 こっちは聖女で国賓扱いとはいえ、元の身分は平民だから、羽交い絞めにされた程度じゃ危害を加えられた勘定に入れづらいし、ここは何発かもらっておいた方がいいかな、と思ってたんだけど……。向こうが刃物を持ち出して来たんなら話は別。
 ティグリス王子の話では、確かこの国の法では、武器を持ってない丸腰の相手、つまり、反撃能力のほとんどない相手に武器を突き付ける行為は、それだけで暴行罪ならびに傷害罪に該当するらしい。
 そして――刃物を持ってる相手に、素手で抵抗する行為は正当防衛として認められるので、抵抗した事で襲ってきた相手に怪我をさせても、罪には問われないという法もある。

 どうもありがとうバカ王太子。
 考えなしの行動取ってくれたお陰で、遠慮なくてめぇをブチのめせるよ。

「ククッ……おい騒ぐな、大人しくしろ。そうすれば命までは――げふぅっ!?」
 そういう訳で、勝ち誇った声で偉そうな事を言いやがる野郎の鳩尾に、慌てず騒がず程よい強さのエルボーをかます。奴はすぐに私を羽交い絞めにしていられなくなった。
 身体がの字に折れて顔の位置が下がった所を狙いすまし、今度は顎目がけてエルボーをぶち込む。どうやら、私の左肘が丁度いい所にクリーンヒットしたらしく、途端に奴は白目を剥き、がくん、と脱力した。脳震盪を起こして失神したようだ。
 だが、可愛い可愛い、目に入れても痛くないほど大事な愛犬に危害を加えられかけた私の怒りは、この程度じゃ全然収まらない。
 覚悟はいいかクズ野郎! ついに対暴漢用必殺技『回生拳かいせいけん』が火を噴く時だ!
 膝から地面にくずおれていく王太子の胸倉を左手でひっ掴み――後は、握り込んだ右の拳で気が済むまで、打つべし! 打つべし! 打つべし!

 つーか、こめかみと左右の頬を何度も順繰りに殴打し続けると、結構エグい音が断続的に響くんだね。
 あと、どっかしら殴るごとに、王太子の口から、うげ、とか、おげ、とかいう、うわごとじみた悲鳴が途切れ途切れに上がるけど、意識はないよな。これ。
 まあ、筋力は強化してないから骨は無事だろう。

 しかしながら、私が王太子に叩き込み続けている正当防衛という名の攻撃は、周囲で見てる騎士さん達からすれば、ずっと黙って傍観し続けていられるものではなかったらしい。
 どうやら私が拳を振るうたび、周囲に血が飛び散る絵面が相当ヤバく映ったようだ。
 目撃者A&B役の人が、悲鳴上げながら血相変えてこっちに駆けつけてくる。それこそ、どっちが被害者でどっちが加害者なのか、半ば分からなくなりかけてる模様。
 そんな心配しなくても大丈夫なのになあ。

「聖女様ぁああっ! ストップ! ストップですッ!」
「死にますっ! それ以上は死にますから――って、あ、あれ……?」
 私の手から慌てて王太子の身体を引っ手繰ったBさんが、王太子の容態を確認しようとその顔を覗き込んだ途端、キョトン顔で動きを止めた。
 そりゃそうだろうな。
 確かに王太子は白目剥いて気絶してて、顔にもあっちこっち血がこびり付いてるけど、半開きになってる口の中は綺麗なままで、頬もデコも変色してないし、一切腫れ上がってもいないんだから。

 これが私の新必殺技、回生拳の真骨頂。
 これは、相手をぶん殴りつつ回復魔法を発動させ、負傷させるとほぼ同時に傷を癒す事により、相手に痛みは与えてもダメージはほとんど与えないという、身分の高いクズ野郎に八つ当たりしたくて我慢できなくなった際、最大級の力を発揮してくれる、ちょっぴり外道な技なのだ。
 なんせ、どんだけ殴っても怪我が残らない=暴力を振るった証拠が残らない、という事。人目のない所でやらかせば、完全犯罪も夢じゃないって寸法よ。
 勿論、欠点もあるけど。

 やがて、怪訝な顔をするばかりのAさんとBさんの視線が私へ向いた。
 彼らは揃って、私の右手を見てギョッとする。
 なぜなら、私の右手は所々皮膚が破れ、血塗れになっていたから。
 回生拳を使っている最中は、常に身体強化魔法を動体視力と知覚の拡張に全振りし、回復魔法の発動タイミングをコンマ秒単位で計り続けねばならないので、自分の筋力や皮膚強度を底上げしている余裕がない。
 その状態で思い切り拳を振るい続ければ、必然的に、殴られる側より先にこっちの拳が悲鳴を上げる事になる。
 これが回生拳の欠点なのだ。

 つまり、さっき王太子を殴打してた際に飛び散ってた血は、王太子の顔面から出てたんじゃなくて私の拳から出てたって訳です。
 かなり勢いよく拳振るってたし、そりゃ周りに血が飛び散るのも当然だわな。
 ま、無抵抗に等しい相手を一方的に殴り続ける訳だから、こっちも多少のリスクを負うのもやむなしだ。
 一応、やり過ぎの防止にもなるしね。

 きっとこの怪我を見て、事情を知ったエドガーは物凄く嫌な顔をするだろう。
 でも、心配されない自信はある。
 私は前世で、高校を出てから就職するまでの間が最も荒れている時期だった。
 それこそ周りの連中に、チンピラ通り越してヤクザに片足突っ込む5秒前、とか揶揄されていたくらいに。
 大介は……エドガーは、私のそんな時期の事も知ってるし、この程度の怪我、回復魔法を使えばいつでも綺麗に治せるって分かってるから、多分呆れられる程度でおしまいなはず。

 あ、そういやついでにこの怪我を、王太子の持ってた刃物で斬り付けられてできたものだ、とか、偽証するってテもあるな。
 ククク、いい事思い付いたぜ。こりゃあ早速、騎士団長さんに相談しないと。
 心なしか青い顔で、私の手の応急処置をしてくれるAさんの顔を見ながら、私は呑気にそんな事を考えていた。
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