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第2章

8話 聖女は犯人の首を真綿で締める

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 私が騎士団長さん達と話し合いの場を持ってから、数時間後。
 今やすっかり陽は昇り、私達含めたほぼ全員が朝食を済ませている。騎士さん達は、設営したテントや私達のコテージの解体と、収納に取りかかっている所だ。
 しかし、ひとつだけいつまでも解体の始まらないコテージがある。
 そして――今しがたそこからノコノコ出て来たのは、今頃になって起き出して、つい先程朝食を終えたらしい、大変いいご身分な王太子殿下だ。

 お前な。一体いつまで寝てんだよ。こちとらもう出発寸前なんだぞ。
 幾ら特権階級だからってダラダラし過ぎだろ。コテージ片付ける人の身にもなれや。
 お前みたいに集団行動のできない奴、いや、集団行動をする気がないアホが混ざってると、全体の動きが滞ってみんなが迷惑するんだけどなぁ?
 つか、よくもまあ、小動物の毒殺なんて悪辣な計画を企てておきながら、枕高くして熟睡できたモンだよ。てめぇの血は何色だ。いっぺん一服盛られて生死の境さまよってみるか? あ?
 ……っと、いかんいかん。ここから先のお芝居をふいにしない為にも、奴を睨まないように気を付けないと。

 それに、奴の寝坊はこっちとしても好都合だった。
 あの野郎がいつまでも惰眠を貪ってくれていたお陰で、騎士団長さん達だけでなく、エドガーとマグノリア様、ティグリス王子や他の騎士さん数名がお芝居への参加を表明し、協力者が増加。それと同時に、入念な打ち合わせができたのだ。
 とは言え、別に大して複雑な話をした訳じゃない。ごく単純な事だ。
 名付けて、『野郎を王様の前で締め上げる前に、さんざコキ下ろしてストレス発散しようぜ』作戦。
 自分で言うのもなんだけど、要するに、犯人が誰か分かっていない振りをしながら、犯人の目の前で犯人の悪口言いまくっちゃおう、という、大変意地と性格の悪い作戦です。

 だけど、みんなノリノリで加担を表明してくれた。
 案の定、騎士さん達の多くが昨日の夕方、王太子が毒エサこさえてほくそ笑んでたり、暴言吐きながらロゼを追い回している姿を目撃していたらしい。
 どうやら皆さん、元からあんまりいい噂を聞かなった王太子殿下の、そういった醜い姿を直接目の当たりにして、敬愛の精神とか忠誠心とかが一気に削げ落ちてしまった模様。さもありなん。
 あの騎士団長さんですら、これなら暴言吐いても不敬にはならん、いい機会だから言いたい事を言ってやる、と、若干昏い目で仰ってたくらいだから。
 どんだけろくでなしだったんだ、あの王太子。

 あとは、今回のお芝居に巻き込まれた王太子が、今後どう出るかだな。
 もし、この吊るし上げ紛いの芝居に危機感を覚えて、何もする事なく大人しくしているなら、それはそれで道中平和になって大変結構。
 しかし、それでもまだバカな行動を取るなら――王様の処断を待たず私が〆る。
 私が開発した、『対暴漢用・お仕置き必殺技』の実験台にしてくれるわ。


 ともあれ、こちらのそんな事情も全く知らず、王太子は呑気なツラでこっちへ近づいてくる。私は傍らにいるエドガーと小さくうなづきあったのち、あえて眉をひそめながら王太子に駆け寄った。
「おはようございます、聖女さ――」
「王太子殿下! ああよかった、ご無事で何よりです!」
 奴が吐き出した、白々しい笑顔での挨拶を遠慮なくぶった切り、私は不穏な雰囲気を醸し出す言葉を吐く。
「はっ? えっ? ぶ、無事でよかった? とは?」
「実は昨晩、ティグリス王子殿下のお名前を騙る、不届きな賊が現れたのです!」
「はい!? ティ、ティグリスの、ですか?」
「ええそうです! どうやら相当逃げ足の速い輩のようで、残念ながら顔も何も見ていないのですが、あろう事かティグリス王子の名前を借りたメッセージカードを、毒入りのドッグフードが入った巾着包みの下に……!
 幸い、食べさせるまでもなく毒入りだと分かりましたので、速やかにコテージの外で焼却処分しましたが、腹立たしい事この上ありません!」

 私が憎々し気に言うと、王太子の顔が奇妙に歪む。
 ロゼの毒殺を仕掛けた事が露呈したのは想定内だったが、ロゼを毒殺できなかった事と、ティグリス王子にその罪をなすり付けられなかった事が、不思議で仕方ないらしい。
 むしろ、なんで上手くいくと思ったんだ。
 私はそっちの方が不思議だよ。

「そ、そうでしたか。それで、ろ、ロゼは今どこに……」
「ロゼなら私のバッグの中で寝ています。昨晩は不審者の匂いと、不審者が立てた物音で神経が昂って、寝付けなかったようなので。可哀想に……」
「……。あぁ、そうでしたか。それは気の毒ですね……」
 なんだその露骨にがっかりした顔。シバくぞ。
「その、ですが……。なぜ聖女様は、それが毒エサだとお分かりに――」
「え? なぜって……。単純に、分かりやすかったからですけど」
 この時点で既にキョドり始めてる王太子に、私は不思議そうな顔で首をかしげて見せる。
「もう現物はありませんが、王太子殿下もきっと、見ればすぐお分かりになったと思いますよ。あんな毒々しい色に着色されたドッグフードなんて、どこの店でも売っていませんし、第一、腐りかけたお酢のような匂いがしましたから。あんなもの、犬猫どころか飢えた魔物でも食べないでしょう。
 それにあのメッセージカード。あれはティグリス王子殿下の筆跡ではありませんでした」

「へっ? ティグリスの筆跡では……なかった? その、聖女様は、ティグリスの筆跡をご存じで……」
「ええ。存じております。ノイヤール王国にお出でになられる際、ティグリス王子殿下より謝罪のお手紙を頂いておりますから。……あの、それがなにか? なぜ、ティグリス王子殿下の筆跡の事をお訊ねになるのです?」
「いっ、いいえ! ただその、賊が、わざわざティグリスの名前を騙ったメッセージカードを用意していたと言う事は、筆跡も真似ていたのではないかなと思ったもので!」
 うわ。言い訳めっちゃ早口。
 焦りが態度に出まくりの言動は、もはや自白一歩手前と言っても過言じゃなかろう。
 やっべ。分かりやす過ぎてウケる。
 私は頑張って笑いを噛み殺しつつ、「成程」とうなづいてみせた。
 今回は、コイツが自分から「私がやりました」と言い出さない限り、一切言動に突っ込みを入れないと決めている。
 その代わり、余計な悪口言って煽るけど。

「どちらにしても、賊がバカで何よりでした」
「バッ……! バカ……!?」
「ええ。だってそうではありませんか。普通に考えて、あの見た目と臭いのドッグフードを犬が食べるだなんて、並の思考回路では思い付きもしないでしょう? 
 なにより、メッセージカードを使ったあのお粗末な偽装は噴飯モノです。でもそのお陰で、真っ先にティグリス王子殿下の疑いが晴れたのですから、これも不幸中の幸いと言うべきでしょうか」
「………………」
 私の発言に愕然とし、絶句している王太子殿下。
 ちょ、何その間抜け面。吹き出しそうになるからやめてくれませんかね!
 つか、こうして直に指摘されるまで、自分の謀略がいかに浅くて穴だらけだったか、全然気付かないなんて……。どんだけバカなんだよ。お前。

「全くだ。頭の中身の造りが粗末な奴でよかったよな」
 お、打ち合わせにないエドガーからの援護射撃発生。
 あまりのバカさ加減に、つい口を挟みたくなったのか?
 よっしゃ、ならここは私もエドガーの発言に乗っておくとしよう。
「ええ本当に。本当なら、こういう言い方はよくないのだろうけど、救いようがないわ。ですよね? 王太子殿下」
「うぐ……っ、は、ははっ、そうですね。本当にその、そのような賊で何よりでした。ハハハ……」
 わざとらしい笑みを浮かべながら水を向ければ、頭に血が上りかけた王太子が、再びキョドりながら私の言葉を肯定する。
 おーい。作り笑いが歪んでますよー。王太子殿下。
 まあそれでも流石に、頭に血が上ったはずみで自白するほどバカではないようだ。
 もっとも、自白しようがすまいが、てめぇの辿る末路は変わらんがな。

「なんにせよ、そのようなバカな賊ですから、もしかしたら王族を害する事の意味すら分からず、ティグリス王子殿下や王太子殿下のお食事にまで手を出すのではと思い、心配していたのですが……ご無事で何よりでした」
「お前は心配し過ぎだ。もし仮に毒を混入されたとしても、そんな劇物じみたものなら毒見役が即座に気付くっての」
「そうね。きっとあんな物が入ってたら変な臭いがするでしょうから、口に入れるまでもなく気付くわよね。いえ、むしろ毒見役の人じゃない、その辺の普通の人でも、すぐに分かったでしょう」
「そそ、そう、ですね。分かりますよね……。ハハ、ハハハ……」
「聖女様! トリキアス王太子殿下! こちらにおわしましたか!」
 私達が白々しい会話を続けていると、今度は完全武装の騎士団長さんがこちらへ駆け寄って来る。

「ど、どうした、騎士団長」
「はっ、実は昨日の夕刻頃、第4天幕の側で聖女様が仰っていた物と同じ、毒の混ぜられた犬のエサを発見した団員がいたものでして」
「……っ! ど、毒エサを、天幕の側で!? ……し、しまった……」
「殿下? 今何か仰いましたか?」
「い、いや、なんでもない。それで、その毒エサはどうした? 処分したのか?」
「いえ。その毒エサを、従軍医師と薬師に見せて確認を取った所、闇商人の間で捌かれている違法薬物の疑いが出て参りましたので、取り急ぎ伝令に持たせ、王都へ走らせております。
 確認が取れ次第、本格的な捜査を開始し、販売元などや流通先、購入者の履歴などを詳しく洗い出す事に――殿下? どうされました。お顔の色が優れないようですが」
「そ、そんな事はない! お前の気のせいだ! そ、それで、その後はどうする」
「無論、草の根分けても購入者と賊を見付け出します。我が国の国法では、闇商人との取引は重犯罪に該当しますので、例え王侯貴族であろうとも厳しい処断は免れません。通常ならば死罪、よくて終身刑か奴隷落ち、といった所でしょう。殿下もそれはご存じのはずでは?
 そしてもし仮に、高貴な身分の者がそのような愚か者と通じ、その挙句、他国からお越しになられた聖女様と、聖女様がお連れになっている神獣様に危害を加えようとした、とするならば、恥の極みという表現すら生温い。場合によっては公開処刑も辞さぬと、国王陛下も仰られるのでは」
「…………。そ、そうだな。その通り、かも知れんな……」

 おお。脅すね~、騎士団長さん。
 王太子殿下、マジで顔が青くなってきてるぞ。
 でもまあ、そうだよねえ。王様1人を頭に担いで回してる封建制度のお国だし、犯罪行為を真似る阿呆を出さない為なら、見せしめの処刑とかも普通にやるよね。
 それに、聞いた所によると、犯罪組織との癒着や不正な取引に手を染めた王侯貴族は、平民より処罰が重くなる事も珍しくないらしいから。
 それが本当に、犯罪者予備軍への見せしめだけの目的で行われるのか、それとも平民達のガス抜きっていう、裏の目的を一緒に持たされて行われるのかは、分からないけど。

「それと、王都へ走らせた伝令には、毒エサの他に此度の一件のあらましを書き留めた、国王陛下宛ての書簡を持たせております。
 王都へ戻る頃には、我らに対して国王陛下直々のご命令が下る事かと思われますので、王太子殿下におかれましても、捜査へのご協力を――殿下?」
「………………すまんが、状況を聞いただけで頭が痛くなってきた……。馬車で休んでいるゆえ、後の事は頼む……」
 騎士団長さんの脅し(てか、ただの事実だろうけど)を聞いているうち、ようやく現実が見えてきたらしい王太子は、ふらつきながら馬車へ向かって歩いて行く。

 さて。ここからどう動く? 王太子様。
 大人しく反省してくれれば、多少は温情かけてもいいんだけどな。
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