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第2章
4話 身ばれと歓待、そして不穏
しおりを挟む王都ラトレイアと宿場町エストを繋ぐ街道にて、ロゼが身も蓋もない威力攻撃をかまし、魔物の群れを文字通り粉砕してから約30分後。
当然っちゃ当然だとは思うけど、私達、身ばれしました。
幸い、一番の懸念材料だった、忌避感を持たれたり怖がられたり、と言った事にはなっていないが、その代わり、「エストの危機を救った大聖女」と呼ばれ、町ぐるみで大歓迎されている。
おまけに町の人達から、お礼とばかりに色んな物を頂いてしまい、ちょっと恐縮。最大の立役者であるロゼも、肉屋のおじさんから牛の骨と豚の骨、それから鹿の骨の3点セットを頂戴し、ご機嫌でカミカミタイムを満喫中だ。
町中は今や、私達の話で持ち切りだという。
まさに一躍有名人。アハハ、参っちゃうね。
……。いや、私達がエストを救った、とか言うべきじゃないな。今回のこれは。
確かにあの魔物の群れは、エストと王都を繋ぐ街道を塞いでたけど、町には一切寄り付いて来なかったし、そもそも魔物の群れを一掃してくれたのはロゼだ。尚更胸を張る訳にはいかないだろう。
また、それに伴って、私達と同道していたマグノリア様の身分も芋づる式で明かさざるを得なくなり、お忍び計画は完全にご破算となった。ホントごめんなさい。
ティグリス王子はもう既に、この国の王族としての責任感から、自らの意思で詰め所の兵士A&Bに身分を明かしているのでノーカンだが、マグノリア様の方は完全に予定外。
これひょっとしなくてもヤバいんじゃないのかな、と思い、一応ご本人に護衛などの件はどうなってたのか訊いてみた所、やはりお忍び前提の護衛(影)しか付けていない、との事。
うん、そうだよね。当たり前だよね。
だってお忍びで王都に行く予定だったんだもの。
これから先、王都へ到着してエクシア王家直轄の護衛が付くまで、なかなか気の抜けない事になりそうだ。
その日の夕方、私達は泊まっていた宿を引き払った。
私達に謝意を述べたい、という理由で、ひっきりなしに町の人達が押しかけて来るんで、宿に滞在していられなくなったのです。
宿を経営している、年配のご夫婦は笑って許してくれたけど、私達が泊まってるだけで営業妨害になるのは、火を見るよりも明らかだ。
で、どうしたモンかな、と思案していた所にやって来て、どうぞ我が屋敷に滞在なさって下さい、と声をかけてくれたのが、エストを治めているパルケ男爵だった。
直接訊いた訳じゃないが、多分年は40代前半。背が低くて丸々してる、『お人好しのハンプティダンプティ』みたいな感じの人です。
おまけに、下位とはいえ貴族なのにえらく腰が低くて、最初に宿に顔を出した時には、地べたに這いつくばらんほどの勢いで、魔物の群れの撃退を感謝された。
無論、人が好かろうが腰が低かろうが貴族は貴族。
でもって私とエドガーは平民だ。平民が、あんまり気安く貴族のお世話になるのも問題なので、どうしようかと一瞬迷ったが――そもそもこっちにゃ、ティグリス王子とマグノリア様という、やんごとなき身分の方が2人もいる。
その結果、多少なりともお二方の身の安全を図らねばならんし、ここはご厚意に甘えよう、という結論になり、明日の出立の準備が整うまで、男爵家の屋敷で過ごさせて頂く事にした。
もっとも、私とエドガーは町の人達にすっかり顔を憶えられてしまっているので、町には出られない。
親しみを感じてもらえるのは嬉しいけど、それで思い切り周囲に群がられ、行動が制限されてしまうのは困り物。周りのお店の迷惑にもなる。
お陰で旅支度の為の買い出しも、男爵家の使用人さん達に丸投げする事になってしまった。本当、お手数おかけします。
せめてこれ以上面倒をかけないように、男爵家では大人しく過ごしていよう。
◆◆◆
パルケ男爵家にて、貴族の家とは思えない、マナー度外視の気安い夕食(でもメニューは豪華だった)を堪能した後。
赤毛と翠の目を持つ、すらっとした美魔女男爵夫人にサロンへ誘われ、そこでのんびり食後のお茶を頂いていると、パルケ男爵が、ふうふう言いながらサロンにやって来た。
やっぱり、ああいう自重に富んだまん丸なお身体だと、屋敷の廊下を歩き回るのもしんどいんだろうな。
下手すりゃ不敬になるから言わないでいるけど、やっぱりちょっと、ダイエットした方がいいんじゃなかろうか。美人で知的な奥様と、奥様曰く、王都の学園に通ってるのだというお子さん2人の為にも、ちょっとでも長生きして欲しいし。
「あら、あなた。どうかなさったのですか?」
「ああマリアン。くつろいでいる所すまないね。聖女様方も、ご歓談中の所失礼致します。実はつい今しがた、王都へ走らせた早馬が戻りまして……。ご報告も兼ねて、私宛に届いた書状の内容の一部を読み上げさせて頂きたく思うのですが、よろしいでしょうか」
「分かりました。マグノリア様もよろしいですか?」
「はい、勿論です。パルケ男爵、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
私とマグノリア様が書状の読み上げに同意すると、パルケ男爵は改めて息を整え、ジュストコールっぽいアウターの内ポケットから手紙を取り出し、読み上げ始めた。
「…「このたび街道に出現した、魔物の群れを撃退して頂いた件に関し、エクシア王国国主、トラバントス2世並びにエクシア王家は、聖女様方へ心から謝意を示し、また、深く御礼申し上げるものである。
現在王宮では歓待の意を込め、第1宮廷騎士団が聖女様方をお迎えに上がるよう、調整と準備を進めている。その間、パルケ男爵家はその威信を懸け、丁重に聖女様方をもてなすよう厳に命ずる」……との事です」
「第1宮廷騎士団……ですか?それはどのような方々で?」
「第1宮廷騎士団とは、主に国王を含めた王族の護衛を務めている、いわゆる近衛騎士達で構成された軍の事を指します。近年では記録にありませんが、昔は他国の王族や要人をお迎えし、その御身をお守りする役目も担っていたそうです。
詰まる所、我が父王は聖女方を正式な国賓とみなし、心より歓待申し上げるとの意思を示しておいでなのでしょう。パルケ男爵への書状には記されていないようですが、今回はノイヤール王国の次期王位継承者であらせられる、マグノリア王女殿下もご同行されておりますし、それを考えれば、決して大袈裟な対応ではないかと」
私が首を傾げて問うと、ティグリス王子が丁寧に説明してくれる。
「それに、第1宮廷騎士団の団長は、私もよく見知っている相手です。少々頑固な所はありますが、質実剛健を旨とした立派な騎士ですよ。彼は相対する人間の身分ではなく、人柄や気質を重視する性格ですしね。
ですから、今回の事情を知っているかいないかに関わらず、マグノリア王女殿下だけでなく平民である聖女様方に対しても、しっかりと礼節を守った振る舞いをしてくれるはずです」
ほうほう、成程ね。
そういう事なら安心だ。
「そうですか。詳しいお話、ありがとうございます。マグノリア様のお忍びがご破算になってしまった時は、どうしたものかと思っていましたが……頼もしい方にこちらへ来て頂けるようで、安心しました」
「ええ、本当に。王家直属の騎士が守り手になって下さるなら、これほど頼もしい事はありません。それに、これで聖女様やお兄様に、余計なご心配やご苦労をさせずに済むというものですわ」
薔薇の絵が描かれている、繊細で優美なデザインのティーカップを片手に、ニッコリと笑うマグノリア様。
なんにしても、これで当面の間の不安材料はなくなったと見ていいだろう。
よかったよかった。
パルケ男爵の元に、王の書状が届いてから丁度3日後。
ティグリス王子の言う第1宮廷騎士団がエストにやって来たのは、私達がパルケ男爵邸で朝食を終えてから、1時間ほど経った頃の事だった。
ティグリス王子曰く、諸々の準備期間を含めれば、おおよそ想定通りの日数での到着なのだそうな。
私達が、朝食を済ませた1時間後の到着だったのも、騎士団長が独自の判断でこちらの予定を慮ってくれた結果のようだ。
こういうのを、「いい忖度」って言うんだろうな。
ともあれ、所々に精緻な装飾を施してある、白を基調とした鎧兜を装備している精悍な面立ちの男性達が、男爵家の庭に整然と並んで待機している姿は、なかなか勇壮でカッコいい。
しかし――その騎士達の中に、予想外の人物の姿が1人。
「久し振りだティグリス、我が弟よ。此度は随分と災難だったな」
「えっ? お、お久し振りです、兄上。しかし、なぜ王太子であらせられるあなたがこちらへ?」
「なぜ、ではなかろう。血を分けた弟が王都の外で難儀していると聞けば、兄として心配するのは当然の事だ」
戸惑いを隠せないティグリス王子の問いかけに、王太子だというお兄さんが笑顔で答える。つか、なんで一言二言喋る間に、そんな頻繁に左の耳たぶ指で撫でてるんだろ。癖なのかな。
私がそんなどうでもいい事を思っていると、ティグリス王子がお兄さんに向かって、「ありがとうございます」とお礼を言って微笑む。
その微笑み方は、以前彼がノイヤール王国に来たばかりの頃、私達の前で見せていた笑顔と同じ。
ティグリス王子は自分の兄王子の前で、なぜかテンプレ丸出しの綺麗な作り笑いを浮かべていた。
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