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第7章
15話 極秘会談~皇妃と皇子の悲惨な現状
しおりを挟むアリオールの意味不明な発言に誰もが困惑し、場が静まり返る。
もっともそれも、実際にはほんの1秒かその程度の、ごく短い間の沈黙だったのだが、ニアージュは体感的に、たっぷり数秒が経過したような錯覚に陥っていた。
「……。あー、その、それは一体、どういった意味なのでしょうか。皇太子殿下」
それから間もなく、いち早く我に返ったアリオールが一同を代表し、戸惑いつつもアートレイに問いかける。
「文字通りの意味ですよ。第2皇妃と第2皇子は原因も治療法も不明な、まさしく謎としか言いようのない奇病に罹ったのです。
第2皇妃は頭部から、マッシュルームに似たピンクのキノコが絶えず生えるようになり、第2皇子の方は、生えていた髪の毛が一晩のうちに根こそぎ抜け落ちて、綺麗に禿げ上がってしまったのですよ」
苦笑交じりの説明を耳にしたニアージュやアドラシオン、アリオールとグレイシアは再び絶句した。
百歩譲って、一晩でツルッパゲになるというのはまだ納得できるが、頭からキノコが生えるというのは、どうにも想像がつかない。
一体どんな病気に罹れば、ピンクのマッシュルームっぽいキノコが、頭から絶えず生えるようになるのか。
ますます意味が分からない。
「第2皇妃の頭部に生えるキノコは、少しの衝撃でポロポロ取れて床に落ちる上、落ちたと同時に爆ぜて腐臭のする胞子を撒き散らし、辺り構わず同じキノコを生えさせるので、今では侍女どころか息子でさえ近付きたがりません。なにせ件のキノコは、胞子がかかれば他人の身体にまで生えますから。
最初に、嫌々ながらも第2皇妃の身の回りの世話をしていた、侍女の腕と手に同じキノコが生えた時など、本当に酷かったですよ。なにせ、その侍女はショックと恐怖のあまり、泡を吹いて倒れましたから。何でも彼女は、辞表を出して生家の伯爵家に逃げ帰って以降、自分の部屋に閉じこもって出て来ないとか」
「……そ、それは……何というか、お気の毒な話、ですわね……」
「ええ全く。それから、その侍女の身体にキノコが生えたという話は聞きませんから、無事ではあるのでしょうがね……」
引きつった顔の下半分を扇子で隠しつつ、同情的な言葉を述べるグレイシアに、アートレイが嘆息を零しながらうなづく。
「その後、ほぼ絶えずキノコの胞子と腐臭に身を包まれ続けた第2皇妃は、今では頭部だけでなく肩や腕、手などからもそのキノコが生えるようになりました。
そのせいで、精神的に参ってしまったらしく、自分から父上……陛下に直訴して離宮に移り、人を側に寄せ付けないようにして過ごしています。親兄弟とさえ会おうとしないそうです」
事情を説明するアートレイの口調は、なにやら妙に楽し気ですらあった。
多分、というか、間違いなく、アートレイは第2皇妃を嫌っているのだろう。
それこそ蛇蝎のように。
貴族歴の浅いニアージュですら即座にそうと気付くほど、アートレイの態度は露骨なまでに分かりやすいものだった。
生まれた腹が違うとはいえ、他国の王族や上位貴族に、自身の一族の不仲を明確に指し示すというのは、よほどの事だ。
帝国の現状において、第2皇妃は何の価値も持ち合わせぬ存在に成り果てたゆえ、もはや誰に何を知られようが構わない、と公言しているも同義である。
勿論、こちら側が面白半分でその話を他者へ喋ったりしない事を、十分に見越した上でそのような物言いをしているのだろうが。
「まあ、無理もありません。見た目にも気色悪い事この上ありませんし、どんな香水でも誤魔化せない腐臭が身に染み付いている状態です。あの形で堂々と人前に出られる方が、よほど常軌を逸していると言えるでしょう。
しかし……以前は国庫から引き出した金で派手に着飾って自身の美を誇り、あちこちの社交場に顔を出しては女王のように振る舞っていた女が、今や自身の容姿を理由に引きこもりとなり、口さがない者達から異臭妃だのキノコ皇妃だのと、散々に蔭口を叩かれるようになってしまった。人生何が起きるか分からないものです。なんとも悲惨な事ですね」
アートレイは、すっかりコメントに困っているニアージュ達をよそに、優雅な仕草でティーカップを持ち上げ、紅茶を口に含んだのち、ニッコリと笑う。
あまりにいい笑顔で笑うものだから、ニアージュはつい内心で、(どんだけ他人の前で第2皇妃をこき下ろせば気が済むのかしら。ていうか第2皇妃嫌い過ぎでしょ、この胡散臭い皇子様)と、毒づき混じりの感想を述べた。
「ああ、それから第2皇子の方ですが、頭がすっかり禿げ上がった後、なぜか頭皮から、異常な量の皮脂が分泌されるようになりまして。それはもう、まるで水で濡らした丸石のように、頭部がテカテカと光り輝いているんです。
個人的にはなかなかの見物だと思うのですが、みなは苦労していますね。腐ろうが禿げようが頭が輝こうが、皇子である事に変わりありませんから、とかくアレの事を笑わぬよう日々必死なようです。かく言う私も、見慣れるまでは笑いを噛み殺すのが大変でした」
かと思えば、今度は話題が腹違いの弟である、第2皇子の方へシフトする。しかも『アレ』呼ばわりだ。
こちらに対する物言いも、大層辛辣で遠慮がない。
「おまけに、禿げを誤魔化そうとカツラを被ると、分泌される皮脂の量が一気に増えるのか、臭う油が顔や首筋に垂れてくるんですよ。アレを診察した医者は、カツラで頭が蒸れたせいなのでは、と言っていましたが、それにしてもあの量は……ふふっ。
……ああいや、失礼。しかし、あの光景もなかなか凄まじいですよ、まるで頭から獣脂をかけたような有り様になるもので……」
「そ、そうでしたか……。では、第2皇子殿下も、今は第2皇妃殿下と同じく、離宮かどこかに引きこもっておいでなのでしょうか」
もはや状況の報告というより、継母と腹違いの弟への悪口雑言になりかけているアートレイの説明に対し、いささか被せ気味の勢いでアリオールが相槌を打つ。
同格の身分にある者だからこそできる荒業だと言えた。
「いいえ。引きこもってはいませんよ。ただ、アレも元々、母親と同じく自身の美を鼻にかけるプライドの塊のような人間でしたし、そもそも昔から自意識過剰な所がありましたから、自身の現状をどうにも受け入れられなかったのでしょう。
今では1日の大半を、自分の部屋や庭などでくつろぎながら、友人と親し気に談笑して過ごしていますよ。自分にしか見えない友人とね。父上が言うには、今度専門家がいる病院に移すそうです」
(ヒエッ! 第2皇子の方が第2皇妃より悲惨な事になってた!)
ニアージュは思い切り顔を引きつらせ、心の中で叫んだ。
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