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第6章

8話 恋愛初心者夫婦の街歩き ~予期せぬサプライズ~

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 街角の雑貨屋で見付け、ほとんど一目惚れに近い形で購入したバレッタを、アドラシオン手ずからハーフアップにした髪に飾ってもらい、ニアージュは舞い上がらんばかりに喜んでいた。

 やや大振りの楕円形の枠の中、バラの透かし彫りを施した上で漆を塗ってあるバレッタは、艶やかな光沢を持つ黒が美しく、ちょっとした普段使いのドレスにならば、違和感なく普通に合わせられるほどのクオリティを備えている。

 それでいて購入価格は、宝石や貴金属類を使って作られた髪飾りの約10分の1程度というのだから、アドラシオンとしては驚嘆するばかりだった。

 これはもはや、付け焼き刃の技術や技量では決して作り上げられない、名うての職人による芸術品と言っても過言でないと感じた為、尚更である。

 だが、それと同時に、どことなく自領に住まう職人の腕を軽んじられているような気分になり、「この出来栄えならば、もっと金額を上乗せしてもよいのではないのか?」と、ついつい真剣な面持ちで店主に問うた所、それを聞いていたニアージュにやんわりと止められてしまう。

「旦那様、これでいいんですよ。これ以上値を釣り上げると、平民の女の子達が買えなくなってしまいます。職人達だって、平民の目線で見れば、決して安い賃金で仕事をしている訳ではないんですから。何も問題はありません」

 そんな風に苦笑しながらたしなめられ、アドラシオンは少しばかり恥じ入る事となった。

 言われてみればその通りである。
 そもそも今回ニアージュの為にと購入した、バレッタを始めとした木工工芸品は、貴族ではなく平民相手の売り物なのだ。

 平民とは金銭感覚も年収も大幅に異なる上位貴族の自分が、いつもの感覚のまま横から口を挟んでいい事ではなかった。

 ニアージュの指摘に、成程、確かにその通りだと思い直し、店主に非礼を詫びると、店主は恐縮しながら「謝ってもらうような事なんざ、言われてませんよ」と、同じように苦笑する。

「むしろ、ウチの職人の腕をそんなにまで高く評価して頂いて、光栄ってなもんです。ご領主様のお言葉を聞いたら、きっとみんな喜びますよ。「俺達は、お貴族様のお眼鏡に叶うほどの品を作ってるんだ」、ってね!

 そもそも、ウチみてぇなこぢんまりした店に、ご領主様と奥方様が足を運んでくれたってだけでも、相当な自慢の種になるくらいです。平民向けの、パッとしねえ品ばっかだってのに」

「そうご自分のお店や商品を卑下なさらないで下さい。ここに置いてあるのは、どれも素敵な品ばかりですよ。私も思わず、誕生日のプレゼントとして、旦那様にねだってしまったくらいですから」

「おや、奥方様は今日が誕生日で?」

「あー、ええと、ちょっと色々訳があって、私の誕生日はもうきちんと祝えないまま過ぎてるんですけど……旦那様が、せめて誕生日のプレゼントはどうしても贈りたい、と仰ってくれたので……。だから今日、こうして街に出て来たんです」

「そうだったんですか。そういや先月から、どこぞの侯爵様とそのご子息がウチの領でお亡くなりになった、とか言う件で、しばらくあちこち騒がしかったみてぇですし、それが原因なんですかね?」

「え、ええ。そのようなものです」

「そうですか。そりゃあ奥方様もお気の毒でしたねえ。そんじゃあここはウチからも、奥方様の誕生日のお祝いをプレゼントさせて頂きましょう。
 ……そうですね……これなんていかがですか? ウチの職人の最新作で、最高傑作なんですよ!」

 アドラシオンとニアージュの来店理由を知った店主が、奥の棚から引っ張り出した小箱には、ペンダントがひとつ入っていた。
 ダイヤモンドを模した形状に削り出したガラス玉をはめ込んである、小さなユリのペンダントだ。

 ペンダントトップのユリは透明感のある白だが、光の加減で淡い七色に光って見える。恐らく、貝殻を削り出して成型した物なのだろう。
 光を受けてキラキラと輝く、ブリリアントカットを施されたガラス玉と相まって、可愛らしくも気品ある意匠に仕上がっていた。

「わあ、可愛くて綺麗なペンダント! ……ですが、こんな素敵な物、タダでは頂けません。私達はあなた方領民の生活を支えるのが仕事なのですし、きちんと代金をお支払いするのが筋なのでは」

「いえいえ! どうかお気になさらず! 俺達はいつも、ご領主様の手腕のお陰で平穏に暮らせてるんです、偶にはなにかお礼をしたいじゃねえですか。

 それに、奥方様が今お着けになってるそのバレッタもこのペンダントも、実は俺の甥っ子の作品でして。そのバレッタをお買い上げ頂けた上、この場で身に付けるほど気に入って頂けて……本当に嬉しいんですよ」

「そうだったのか。そこまで言ってもらえるのなら、遠慮なく頂戴しよう、ニア」

「そうですね。分かりました。店主さん、本当にありがとうございます。大切に使わせて頂きますね」

「ええ、ええ。さあどうぞ、奥方様。そのペンダントもきっと喜ぶでしょう!」

 差し出された小箱を笑顔で受け取ったニアージュに、店主も満面の笑みを浮かべる。

「はあ……。こうして間近で見るとますます素敵です。私、こういうデザイン好きなんですよね。旦那様、着けて頂けますか?」

「ああ、勿論だとも。しかし……あなたの甥御という事は、まだ年若い方なのだろう? にも関わらず、ここまでの品を作り上げるとは素晴らしい。これからも、末永く我が領内で活躍し続けて欲しいものだ」

「は、はいっ! ――ありがとうございます。ご領主様のお言葉、しっかりウチの甥っ子に伝えておきますんで!」

 浅黒い肌をした顔をくしゃくしゃにして笑う店主に、アドラシオンも微笑みながら「よろしく頼む」とうなづく。

 その流れで、もらい物のペンダントをニアージュに着けてやると、そのペンダントは若草色のシンプルなドレスに不思議とよく合った。何の違和感もない。
 そして何より、心から嬉しそうに笑うニアージュに、とてもよく似合っていた。

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