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第6章
7話 恋愛初心者夫婦の街歩き ~公爵の場合~
しおりを挟むたまたま見付けた雑貨屋に足を向け、店頭に並べられている雑貨類や木製の小物などを眺めつつ、傍らにいる仮の妻――ニアージュにチラリと視線を向ける。
(楽しそうでよかった。俺は、貴金属や宝石を使った宝飾品に関してはそこそこ詳しいが、こういった木工品については門外漢だからな。
ただ……今日に関してだけは、門外漢だから、という一言だけで済ませて、人任せにする訳にはいかないんだが……)
表面上は平静を装っているが、アドラシオンは内心では酷く緊張していた。
それこそ、口から出てはいけないものが、なにかの弾みでポロッと口から飛び出してしまうのでは、などとうっすら考えてしまうくらいには。
なにせ、大切な想い人へ誕生日の贈り物をする為にここまで来たのだ。
決して適当な買い物で済ませる訳にはいかない。
一国の王子としてこの世に生を受け、物心つく前から一級品と呼ぶに相応しい品々に囲まれて育ったお蔭か、その道の専門家には及ばぬものの、アドラシオンは昔から芸術品や宝飾品の目利きが、それなりに得意な方だった。
だが、先程アドラシオン当人が内心でうそぶいた通り、木工品や庶民的な工芸品に関する造詣は浅く、ゆえに、どれが一級品なのかは分からない。
もっとも――貴金属や宝石を使った宝飾品に詳しいと言っても、それは宝飾品に使用されている貴金属や宝石の単体としての、もしくはそのトータルでの金銭的価値が判別できる、という話に過ぎず、流行り廃りを下敷きにした価値については、ほとんど分かっていないのだが。
(思い出せ。確か……アナはこう言っていたな。こういった街で売っている、平民の娘が身に付けるような素朴な装飾品には、基本的に流行り廃りはないと考えていい、と。だから――)
――折角のデートなのですし、ここはひとつ、奥様とよーーく話し合ってお決めになられるのがよいと思います。
奥様の装飾品などの好みも分かりますし、そうして2人で話し合って買う物を選んでいれば、自ずと距離も縮まるはず。そしてその時、ご自身の想いを多少なりとも態度や言葉で示して頂ければ、もう完璧でございます!
アドラシオンの脳内にいるイマジナリーアナが、出掛けの前にアナ当人から聞いた話を事細かに再生させる。
――旦那様。エフォール公爵家へ来る前から奥様のお世話をさせて頂いている者として、この場で意見具申させて頂きます。
奥様は、しょうもない家に半年も留め置かれ、そこでしょうもない扱いを受け続けていた弊害か、悪意には敏感でも好意には鈍感な方ですので、できるだけ分かりやすいお言葉と態度を選んで頂ければ幸いです。
(……2人でよく話し合って、その上で、俺自身の想いを、できるだけ分かりやすい言葉と態度で示す、か……。
そうだな。それが一番だ。分かっている。分かっているが……それができるならこうまで悩んで頭を抱えたりしていない!!)
アドラシオンは矢も楯も堪らず内心でシャウトした。
(仕方ないじゃないか! こんなっ、デデ、デートなんて、生まれてこの方一度も経験した事がないんだ!
俺は第1王子で王太子だったんだ! 子供の頃から公爵令嬢という婚約者がいたんだ! 高貴な令嬢との交流なんて庭で茶を飲む程度のものだ! 贈り物をするにも周りの者に話を聞いてばかりで、自分の意志で……贈り物をした事もなかったんだよ!
そりゃ、自分で贈り物を考える努力をしてこなかった俺自身にも、大いに非はあるんだろうが……っ!
それがまさか……ああ、デートと言うのはこういう雰囲気なのか……。いや、分かってる。ニアはそんな風には思ってないんだろうし、盛り上がっているのは俺だけだ。分かってる。
それはちゃんと分かってるんだ。だが……それでも嬉しくて緊張する事に変わりはない! というか、いつにも増して綺麗だなニア!
装飾が少ない、ワンピースに近い意匠のドレスだが、それでも美しいしとても似合っている! 若草の妖精のようだ! 妙に尊く見えて直視ができない! なぜこんなに輝いて見えるんだ……! 脳と目がおかしくなってるんじゃないのか俺は!)
顔は引き続き平静を装っている立ち居振る舞いにも不審な部分はないはずだが、内心はもう大荒れだ。
仮の妻の横顔が美し過ぎて、今にもこの場でのたうちそうである。
恐らく、『惚れた欲目』という名のフィルターが付随した、分厚いビン底眼鏡が両目にかかって外れなくなっているのだと思われるが、分かった所でどうしようもない。
(正直、ニアにはもっと高価で希少性のあるもの贈りたいし、遅れていても、こぢんまりとした規模であっても、誕生日を祝いたい。あの日の夜、ニアがそうしてくれたように。
だが、本人が望んでいない以上、その意思を無視した事をする訳にもいかない。しかも、「旦那様のそのお気持ちだけでとても嬉しい」だなんて。ああ、君はどうしてそんなに無欲で奥ゆかしいのか……!)
当の本人が聞いたら、「別に私は無欲って訳でもないし、全然奥ゆかしくもありませんけど!?」とのけ反って叫びそうな事を思いつつ、グッとこぶしを握り締めた。
しかしそれでも、誕生日が近づくたびにプレゼントを催促してくるばかりか、実際にプレゼント渡す際、毎度毎度余計な一言や文句を口にし、挙句自分は息子の誕生日をろくに憶えていなかった、自己中で無神経な父王とは月とスッポン、雲泥の差であるが。
「どうなさいました? 旦那様」
「えっ?」
過去の出来事をうっかり思い起こし、わずかながら眉根を寄せてしまうアドラシオンに、怪訝な顔をしたニアージュが横から声をかけてきた。
「なにか今、物凄く思い悩んでいるような顔をされてましたけど」
「あ、ああいや、大した事じゃない。ちょっと誕生日の件で昔を思い出していただけで。気にしないでくれ。それより、なにか気に入った物は見付かったか?」
「はい。これ見て下さい、このバレッタ! バラの透かし彫りを施した所に漆を塗ってあります。繊細なデザインも素敵ですが、この漆の黒い光沢がまたシックで……とても綺麗です」
「ああ……本当だ。こんな細やかな透かし彫りを施した後に、漆まで塗ってあるとは……。俺はこういった木工工芸品には疎いが、それでも、手間暇をかけて作られたいい品だと分かる。……。これにしようか?」
「はいっ! 私、これがいいです……!」
満面の笑みを浮かべながらうなづくニアージュに、アドラシオンも釣られて微笑みながらうなづいた。
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