69 / 123
第5章
11話 弔意なき葬列 後編
しおりを挟むTPOを弁えない、残念お喋りマダム達の話はまだまだ続く。
彼女達の傍には夫もいるはずなのに、お喋りを止めるどころか、たしなめようともしていない所から見るに、もはや各家を統べている当主達も、レトリー侯爵家に対して礼を払おうという意識を失っているのだろう。
葬儀に顔を出したのも、レトリー侯爵に足元を見られ、迂遠な物言いでつつかれたか、あるいは弱みを握られて参列を強制されたかの、どちらかなのかも知れない。
(それでもこういう場で、葬式出した家の蔭口叩いていい理由にはならないと思うんだけど。どうしても言いたきゃ自分の家か、同じ考え方をする友達の家で言いなさいよ……。
レトリー侯爵家は今回の件で痛い目を見たけど、家格自体はまだ落としてないし、降爵した訳でもないのよ? 話を聞いた誰かが、レトリー侯爵にこの件を告げ口したらどうするつもりなのかしら。そんな事も分からないくらい馬鹿なの? この人達)
詮ない事だと思いつつ、やはりそんな風に内心で突っ込んでしまうニアージュ。
うんざり顔でチラリとアドラシオンの方へ視線を向ければ、アドラシオンも心底うんざりした顔をしていたが、ニアージュに対しては無言のまま、小さく首を左右に振って見せてくる。
――馬鹿に付ける薬はない。関わり合いになるな。
そんな声が聞こえたような気がして、ニアージュもまたアドラシオンに対し、小さくうなづき返して見せた。
確かに、馬鹿とは関わり合いにならないのが一番だ。
「そういえば……夫から聞いたのですけれど、今回レトリー侯爵は弟君とそのご家族に、ご葬儀の相談をされたらしいですわよ」
「あら。そうでしたの? 今の今まで、弟君に対して不義理な事ばかりなさっていらしたのにねえ。レトリー侯爵も、大概厚顔でいらっしゃるものですわ」
「私も聞きましたわ。弟君に、ご葬儀の為の資金を出せだの、準備を手伝うようにだのと、上から目線でお命じになられたというお話でしょう?」
「その事でしたら私も聞いております。厚かましいお話をされた弟君とご家族は、それはもう怒髪天の勢いで……。そのような事を言うのなら本当に縁を切る、葬儀への参列もしないと宣言されたそうですわ」
「そうでしたの。けれど、よく弟君は葬儀のお話を蹴れましたわね。確かレトリー侯爵の弟君は、伯爵位でいらしたはずでしょう?」
「そこはそれ、弟君はカテドラ侯爵家やアウライア侯爵家と、大層懇意にしておいでですから」
「成程、カテドラ侯爵家もアウライア侯爵家も、レトリー侯爵家より家格が上ですものね。流石のレトリー侯爵もその2家に睨まれたのでは、ぐうの音もお出にならないでしょう」
「ええ全く。それで最終的に、バラト侯爵家に泣き付いたのですって。本当に恥知らずでいらっしゃるわよね」
「バラト侯爵はご息女の件でレトリー侯爵に負い目がおありだし、元よりお優しい方だから、やむなく手をお貸しになったのでしょうね。流石に、ご葬儀にはお出でになられていないようだけど。
――所で、皆様はこの話をご存じかしら? あまり大きな声では言えないのだけど……今回の件は、裏で帝国の皇太子殿下が糸を引いておいでだったとか」
お喋りマダムのうちの誰かが、やおらそんな事を言い出したせいで、話を耳にしていた者達の間に微かな動揺の空気が広がる。
アドラシオンも同じく動揺の気配を見せており、ニアージュも危うくつんのめりそうになった。
(ちょっ……!? なんつー事言い出してくれてんの!? ってか旦那は何してんのよ!? 早くそのおばさん黙らせなさい! 下手すりゃ王家に睨まれるわよ! ザルツ・ウィキヌス帝国は、クロワール王国にとって最大の友好国なんだから!)
あまりの事に心の中で悲鳴じみた声を上げ、どこの誰とも知らぬ相手に念を送るが、残念ながらニアージュに、他人に念を送って自分の思いを伝える力などない。
そんな訳で、ニアージュの願いも虚しくマダムの話は続く。
「……! そ、それは本当ですの……!?」
「明確な証拠はないけれど、信憑性が高い話なのは間違いなくてよ。……よく考えてみなさいな。犯人は白昼堂々侯爵家に放火した挙句、夫人と子息2人を手にかけるという、とんでもない大罪を犯しているのよ?
だというのに、未だに捕まるどころか、目撃情報の欠片さえ出てきていないんですもの。裏で何か大きな力が働いていると見るのは、当然ではなくて?」
「……。た、確かに、あり得ない話ではないかも知れませんわね……。本邸の放火の手口も、到底平民のゴロツキなどには取れないものだったと言いますし……」
「それに……噂によればレトリー侯爵は、皇室との間で専属の売買契約をしている、ピンクパールの値段交渉の場で、不当に売値を釣り上げたとか。
不当な売値であっても、皇室としてはピンクパールが必要なのですから、折れねばならない部分も、大なり小なりおありだったのではないかしら……」
「はっ……!? ではレトリー侯爵は、こ、皇帝陛下の足元を見るような振る舞いをなさったと……!?」
「ええ、私はそう聞いて……え? なんですの旦那様。……。もう、分かりましたわよ。……ごめんなさいね、皆様。この話はまた後日、お茶をする時に改めて致しましょう」
「え、ええ……」
「わ、分かりましたわ……」
(よし! よくやった! ちょっと止めに入るの遅かった気もするけど、止めないよりはマシだからオッケー!)
夫に横から止められたのか、渋々話を中断するマダムと、その言葉に戸惑いながらもうなづくその他大勢のマダム。
ニアージュは内心ガッツポーズをする。
ようやく遠目に、貴族用共同墓地の入り口が見えて来ていた。
6
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる