訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

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第5章

8話 届けられた凶報

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 レトリー侯爵の本邸が何者かによって放火され、レトリー侯爵夫人と、その実子である3男及び4男が焼死した――

 突如皇太子からもたらされた凶報は、視察団に参加していた貴族達全員に衝撃を与えた。
 レトリー侯爵家は、12ある侯爵家の中でも家格が高い名家のひとつであり、数世代前から帝国との交易事業で多大な成果を上げてきた、実業家の家系でもある。

 昨今は、素行の悪い子息のせいで社交界での評判を落としているが、それでもレトリー侯爵家と事業提携を行う貴族家は多い。
 現に、現在視察団に参加している上位貴族のうち、約3分の1ほどの家が、レトリー侯爵家と大なり小なり仕事上の関わりを持っている。

 そのレトリー侯爵家が本邸を焼かれ、更には当主の妻子が落命したとなれば、彼らや彼女らも形ばかりの哀悼の意を表し、「このたびはお気の毒な事で」…などとうそぶいてばかりではいられないだろう。

 そういう訳で、大変急な話ではあるが、農業視察は即時中止された。
 視察団を取り仕切っているバラト侯爵も、国内有数の有力貴族がそのような憂き目に遭った状況で、のんびり視察を続けてなどいられない、と判断したようだ。

 こうして視察団一行は、帰国の途に就く為の準備を早急に整え、皇帝の名代である皇太子に挨拶を述べたのち、慌ただしく帝国を後にしたのである。

 そんな中ニアージュは、もたらされた凶報に動揺する者はいても、なぜか腹の底から驚いている者はいないように感じていた。


「……ニア」

 乗り込んだ馬車に揺られながら物思いにふけるニアージュに、アドラシオンが控えめに声をかけてくる。

「……? あ、はい。なんですか? 旦那様」

「いや、用と言うほどの事でもないんだが、さっきからずっと、なにやら難しい顔をしているように見えて、少し心配になった」

「すみません旦那様、変な気を遣わせてしまって。別に誰かに相談するほどの事ではないんですが、ちょっと引っかかっている事が幾つかあったので、つい」

「幾つか引っかかっている事?」

「はい。まず、先程皇太子殿下からレトリー侯爵家の件を聞いた事です。
 どうしてその件を、わざわざ皇太子殿下が自ら伝えに来て下さったのか、なんだか気になるなあって」

 ニアージュは眉尻を下げ、顎に手をやりながら言う。

「さっき私達がいた醸造所って、皇太子殿下がお住まいになってる本宮とは、だいぶ距離がありますよね。それこそ私達が使わせてもらっていた宿泊施設からだって、馬車で1時間くらいかかりました。

 帝都中央にある本宮からあの醸造所に行くとなると、最低でも2時間はかかるんじゃありませんか? 帰路の事も考えれば往復で約4時間を越えます。皇太子ともなれば相当忙しい身でしょうに、どうしてそこまでして、自らメッセンジャーの役を買って出たのか……」

「確かに、普通は侍従に任せるものだな。言伝を伝える相手が遠方にいるなら尚更そうする。仮に、侍従に聞かせたくない話であれば、手短な手紙をしたためて、それを侍従に運ばせれば済む話だからな。
 しかし、今回のレトリー侯爵家の件は、帝国側……皇室としてもあまり他人事ではないから、不自然な話だとまでは思わないよ」

「そうなんですか?」

「ああ、君はまだ、他家の交易の話についてはあまり知らないか。……帝国の皇室は数代前から、レトリー侯爵領で産出されるピンクパールを、直接買い付けているんだ。帝国では公式行事の場において、皇妃や皇女がピンクパールを使った装飾品を身につけるのが習わしになっているからな。

 ホワイトパールなら、帝国領や他の貴族領からも出るんだが、希少なピンクパールはそうもいかない。俺も詳しい内情までは知らないが、ピンクパールが一定量安定して産出されるのは、レトリー侯爵領くらいしかないと聞いている」

「あ、成程。レトリー侯爵家はある意味、皇室としても個人的な取引がある家なんですね。それも、早々代わりが見付からないくらいに重要な。
 だから、皇室も今回の件に関して心を砕いてるんですよ、って事を内外にきっちりアピールする為に、わざわざ皇太子殿下自らが件の話を直接お伝え下さったと」

「俺はそういう事だと思っている。ただ……君とはまた違う理由で、少々不思議だと思ってはいたんだが。
 現在の当主に代替わりしてから、ピンクパールを売買する際の値段交渉で、レトリー侯爵が不遜にも、皇室側の足元を見るような値段交渉をしているようだ、という噂を、しばらく前の会合の場で聞いたんだ」

 少々難しい顔で腕組みしながら言うアドラシオンの言葉に、ニアージュも真剣に耳を傾ける。

「もしその噂が事実なら、皇室としてもレトリー侯爵や侯爵家に対して、いい感情は持っていないはずだ。
 だから正直俺も、今回の皇室の対応にはなにか含みがあるんじゃないか、と内心勘ぐってたんだが……そこの点に関しては、多分俺が深読みし過ぎているんだと思う。

 現レトリー侯爵は、子息の件を除いても評判があまりよくない上、方々から恨みを買っているという話も聞いたからな。今君と話しているうちに気付いたが、よくない先入観に引っ張られていたように思うよ」

「でも、レトリー侯爵が仕事の面でもプライベートの面でも、敵を作りがちな方だというのは事実なんですよね」

「ああ。皇室との件はあくまで噂だが、敵が多い方なのは間違いないようだ。会合で聞いた話の中には、不確かなものも混ざっていたから、例を出すのはやめておくが」

「そうでしたか。旦那様、話を聞かせて下さってありがとうございます。お陰で2つ目の引っかかりも解消されました。
 ……だから試飲会のサロンで皇太子殿下からレトリー侯爵家の話が出た時、動揺してる人達はいても、驚いてる素振りを見せる人達は誰もいなかったのね。
 みんな、レトリー侯爵がいずれ誰かから報復を受けるんじゃないか、って、頭のどこかで予想してたんだわ……」

「……。どちらにせよ俺は、今回のレトリー侯爵家の案件には、外部から助力を求められない限り、自ら腰を上げたりはせず、状況を静観するつもりでいる。
 俺は、エフォール公爵領の領主だ。自領とそこに住まう領民、俺に仕えてくれている使用人達を優先して守る義務がある。……それに何より、君の事も守り抜かねば……」

「! 旦那様……」

「と、とにかく、件の話に関しては、領地に戻るまで棚上げにしよう。万一の場合は、君に助けてもらう事もあるかも知れない。君はまだ年若いが、聡明で思慮深いからな。――よろしく頼む」

「……はい! もしその時が来たなら、お力になれるよう頑張りますね!」

 アドラシオンの言葉に、ニアージュはしっかりとうなづきながら力強く答えた。


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