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第4章

15話 愚か者共が迎えた結末

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 レトリー侯爵令息・アルセン誘拐事件の発生から1週間後。
 アドラシオンの元に、2つの報告書が届けられた。

 うち1つは、誘拐されたアルセンの行方に関するもの。
 捕縛された盗賊数名の自供を元に捜索が続けられた結果、アルセンは誘拐現場となったエフォール公爵領ではなく、フォルク伯爵領の外れ、国境近くの森にひっそりと建つ、古い炭焼き小屋の中で発見されたとの報告であった。

 ニアージュが、アドラシオンに頼んで見せてもらった報告書によると、アルセンを発見したのはフォルク伯爵が雇った傭兵と、フォルク伯爵領の自警団、レトリー侯爵が派遣した私兵で構成された、混成小隊の一部隊。

 件の炭焼き小屋は、アルセンを攫った盗賊達が所属する盗賊団のねぐらの1つであり、盗賊家業の傍らで行っていた、人身売買の拠点になっていたらしく、そこでアルセンを売り物として『仕込んで』いた盗賊5名が捕縛、激しく抵抗した4名はその場で討ち取られたと記載されていた。

(うわあ……。売り物として仕込んでたって……。それってつまり、そういう事よね……)

 その部分に目を通した直後、ニアージュの眉間に盛大な皺が寄る。

 ニアージュは、今世においては身綺麗な16の娘であるし、中身も全身全霊で趣味に走り続けた結果、そういった事柄についての経験が全くないまま世を去った、哀しきアラサー女でしかない。
 だが、知識だけはそれ相応に蓄えている。

 ゆえに、報告書の上であっても言葉を濁され、明確な記載がないアルセンの当時の扱いと状態についても、すぐに察しがついた。
 いや、察しが付くどころか、むしろ囚われたアルセンが盗賊達に何をされていたのか、割と明確に想像できてしまい、大変複雑な気分になって思わず天を仰いだ。

(……。いや、そりゃあね? 私も前世じゃ、良くも悪くも雑食の趣味人だったし? 普通のラブストーリーだけじゃなくて、BLもGLも普通に読んでたし? 可哀想属性の主人公も割と好きだし? その手の話に関する知識も理解もあるのよ? うん。

 だから漫画にせよ小説にせよ、話の中に出てくるそういう展開にも萌えたもんだったけど、それはあくまで二次元のフィクションだから萌えるのであって、リアルでやらかす輩がいるんだと思うと、ガチめにヒくわ……)

「ニア、大丈夫か? やはり、そのような惨い報告に目を通したせいで、気分を害したのではないか?」

「……え、あ、はい。大丈夫です。確かに、読んでいて気分のいい内容ではありませんけど」

 気遣わし気なアドラシオンの声によって、ニアージュは半分彼方に吹っ飛んでいた思考を現実に引き戻された。

「アルセン様が五体満足で救出された事は、不幸中の幸いだったと思いますが……今回の事件のせいで、アルセン様が心に負った傷の深さは如何ばかりかと思うと、なんとも言い難く……」

「……そうだな。彼には精神衛生上よろしくない真似をされたし、その後も散々振り回されて腹立たしい思いもしたが、それでも、君に対して実害を及ぼした訳ではない。
 幾ら勝手な思い込みと暴走が招いた事だとしても、この報告書に書かれたような無体な扱いをされたのだと思うと、腹立たしさも萎んでしまうものだな……」

 複雑な心境を隠しもせず、そのまま表情と声色に出してニアージュがそう述べれば、アドラシオンも同じように、複雑そうな口調と表情でニアージュの発言に同意する。

「なんにせよ、アルセン殿は今後、心身を癒す為の長期的な療養に入る事になるだろう。我々としては……その点にまで首を突っ込むべきではないと思う」

「はい。今のアルセン様はきっと、筆舌に尽くしがたいほど疲弊されていると思います。私達第三者が、軽々に触れていいような状態ではないでしょうね。
 ……それで旦那様、もう1つの報告書は、何の為に送られてきたものなのでしょう? 差し支えなければ、そちらについても目を通したいのですけど、構いませんか?」

「ああ、もう1つの方か。こちらも愉快な話ではないよ。アルセン殿が所持していた、君の名前を騙って書かれた手紙の件に関する報告書だ。むしろ、こちらの方がより詳細な報告が書かれていて……正直君にはあまり見せたくない」

「そうですか……。分かりました。旦那様がそう判断されたのなら、目を通すのはやめておきます。でも、できれば大まかな内容くらいは知りたいんですが」

「……それは……いや、当然の反応か。手紙の件そのものについては、君も当事者と言っていい立場だからな。――結論から言うなら、手紙を書いてアルセン殿に送り付けたのは、バラト侯爵家のエーゼル嬢だった」

「は? バラト侯爵家の……って、あの、先触れなしにお父君の馬車でこちらの邸に乗り付けた挙句、なんでか馬車に閉じ込められて、最終的には勝手に顔面を怪我して、勝手に泣きながら帰って行った方ですよね。エーゼル嬢って」

「ああ、そのエーゼル嬢だ。正直俺も、報告書を読んでいて頭が痛くなったほどだから、ここでの説明では詳細を省くが、彼女は君が、俺の妻の座に不当に収まったと思い込んでいて、君を陥れる為にアルセン殿を巻き込んだらしいんだ」

 アドラシオンはこめかみを押さえながら、ため息交じりに言葉を続ける。

「先だって行われた、秘密裏の話し合いの席では、レトリー侯爵は当初、バラト侯爵に対してエーゼル嬢の首を寄越すよう言い放つほど激高していたんだが、一応、息子が五体満足で戻った事で、幾らか落ち着いたようだ。

 今は、エーゼル嬢を速やかに修道院に入れるのなら、賠償金の支払いだけで手打ちにしてもいいと、そう仰っているらしい。恐らくバラト侯爵は、レトリー侯爵の要求を全面的に飲まれるだろうな」

「……成程、よく分かりました。というか、手紙の一件以外では部外者の私が、こんな事を言うべきではないのかも知れませんけど……レトリー侯爵は、これまでのご息子の行動や、ご自身の子供の教育の不手際を棚に上げて、バラト侯爵を責め過ぎなんじゃありませんか?

 今回エーゼル嬢がやった事は、詐欺行為に他家の貴族に対する名誉棄損、そして身分詐称に当たります。
 どれについても、擁護の余地がない完全な犯罪行為ですから、彼女を気の毒だと思ったりはしませんが、バラト侯爵はなんだか気の毒に思えてしまいます」

「……君の言いたい事は分かる。俺も、バラト侯爵には昔から世話になっていたし、味方をしたい気持ちも当然ある。だが、我が子の教育を誤ったという意味では、バラト侯爵もレトリー侯爵の事は言えない。

 今回の件については、バラト侯爵もけじめを付けねばならないよ。それが金銭や娘の修道院行きで済むのであれば、ペナルティとしてはだいぶ軽い方だ。だから、俺は両家のやり取りに関して、これ以上口を挟むつもりはない」

「……。そうですね。私も、旦那様が仰る事は正しいと思います。私達はひとまず現状、事の成り行きを静観している方がいいんでしょうね」

「ああ」

 努めて淡々と、自分なりの考えを述べるニアージュに、アドラシオンも神妙な面持ちでうなづいた。


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