訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

ねこたま本店

文字の大きさ
上 下
54 / 123
第4章

11話 暴走と迷走の果てに

しおりを挟む


 王都で開かれている会合、上位貴族会・紳士の集いにて醜態を晒したアルセンは、馬車に飛び乗り急いで自宅へ戻り、そのまま自身が父から買い与えられた白馬に乗って、エフォール公爵領の街道を走っていた。
 目指す先は、ニアージュがいるエフォール公爵家の邸だ。

「……ああ、ニアージュ様、ニアージュ様……! どうかこれは悪い夢だと言ってくれ……! 僕に直接微笑みかけて、安心させてくれ……っ!」

 整ったかんばせを悲痛そうに歪め、痛ましくも切ない声色でうそぶくアルセン。
 その姿はまさしく、どこぞの歌劇に登場する悲劇の主人公もかくやである。
 しかしながら、やっている事は完全にアウトだった。

 当主が留守にしている貴族家の邸へ、しかも日が傾き始めている時刻に、先触れもないまま単身乗り込もうとしている時点で、全方位から非常識のレッテルを張られる事請け合い。

 挙句、用があるのは当主ではなく当主の奥方となれば、常識うんぬん以前に、貴族男性として正気を疑われるレベルの奇行だと言えよう。

 上記の通り、現在アルセンはそれほどまでに不味い行動を取っているのだが、情けない事に、自らの思考と行動を勝手に美化した上、自分をすっかり、ヒロインを救い出しに行かんとするヒーローだと思い込んでいるアルセンは、その現実に全く気付いていなかった。
 むしろ、頭の中で妄想を加速させている始末だ。

 なお、現状華美なジュストコール姿で、格好つけて白馬にまたがっているアルセンだが、単騎で走っているにも係わらず、馬場を軽く流す程度の速度しか出ていなかった。
 敢えて速度を出していないのではない。速度を出せないのだ。

 実の所アルセンは、元々運動神経がよろしくなく、乗馬の腕も素人に毛が生えた程度の技量しかない男だった。
 おまけに度胸もないので、前傾姿勢での早駆けどころか、一般的に『馬を走らせる』と呼ぶ行動さえ、怖くて取れないという体たらく。

 ろくに馬を走らせる事もできないヘタレの分際で、「乗馬は貴族男性の嗜みだから」と一丁前に遠駆け用の白馬を欲しがって、一番値が張る、血統に優れた見目のいい駿馬しゅんめを父親に購入してもらった結果がこれである。
 名馬が泣くとはこの事だ。

 正直な話、田舎にいた頃のニアージュが馬に乗り、野っ原を走り回っていた時の速度の方が遥かに速い。
 いや、比較するのもおこがましかろう。

 夕暮れ時の近い街道を、初心者のお馬の散歩にも等しい速度で、カッポカッポと小気味いい音を立てて進む、深刻ぶった表情をした身なりのいいお貴族様の姿は、その周辺に住んでいる農民達からすれば、大層目立つものだった。
 勿論、悪い意味で。

 アルセンの姿を見た農民達は、ひそひそと言葉を交わす。
 もうじき陽が沈むのに、とか、こんな所でお供も連れずに何をやってるんだ、とか、ここから先には、当分村も集落もないのに、とか。

 それから――
 ご領主様のお陰で最近は治安もよくなってきてるけど、この辺は夜になると物騒だし、物盗りや追い剥ぎに遭ったらどうするつもりなんだかね、とか。

 そして案の定、アルセンがエフォール公爵家の敷地に到着する事はなかった。



 アドラシオンが会合から戻った3日後。
 今日も今日とてニアージュが、こっそり不慣れな刺繍に悪戦苦闘していると、にわかに邸の中が騒がしくなっている事に気が付いた。

(? 何があったのかしら。さっきから外の廊下を、誰かが何度も行ったり来たりしてるみたい)

 一度外が気になると、どうにも手元の細かい作業に集中できなくなってしまうのが、幼い頃からのニアージュの悪癖だ。
 という訳で、どうせもう集中できないのだから、と居直って、いつもの場所に刺している最中の刺繍を隠し、部屋の外に出てみた。

 ひとまずアナ、いや、使用人の誰かを捕まえてなにか話が聞けないものか、と思いながら廊下を歩いていると、階下から階段を上がって来たらしいアドラシオンと偶然かち合う。
 アドラシオンはなぜかその手に、ロングソードを一振り携えていた。

「! あ、ああ、ニアか。すまない、騒がしくしてしまっただろうか」

「……え、ええ、まあ。それより旦那様、どうなさったのですか? 急にロングソードなんて持ち出して」

「……。ニア、落ち着いて聞いて欲しい。実は今から3日前、レトリー侯爵のご子息のアルセン殿が、我が領内で消息を絶ったらしい」

「――はい!? え、ええと、あ、アルセン様というと……しばらく前に、意味不明な事をつらつら書いたラブレターを、急に送って来られた方、ですよね?」

「そうだ、そのアルセン殿だ。実は3日前の会合の場で、あの方と、その、君の事で少々揉めてな。去り際に何やら支離滅裂な事を叫んでおられたので、頭の方は大丈夫なのかと思っていたら……案の定やらかそうとしていたようだ。
 レトリー侯爵家の使用人や、厩番うまやばんの証言によると、アルセン殿は実家の厩からご自分の愛馬を連れ出し、こちらへ向かって出発していた、らしい」

「……あの、それってもしかして……」

「……ああ。恐らくは我が領内で盗賊か何かに襲われ、連れ去られたのだろう。
 事実、街道の外れでレトリー侯爵家の家紋が入った短剣と、馬具の一部が発見されたとの報告を受けた。彼の愛馬だけは、侯爵家に戻って来たらしいんだが」

「……うわあ……。なんて面倒な……。ていうか、なんでそんな事になったんです……。護衛は連れてなかったんですか、アルセン様は」

「そうだな。誰も連れていなかったようだ。全く、一体何を考えているんだか……。正直文句しか出てこないよ。だが、かと言って、知らぬ存ぜぬでいる訳にもいかない。なにせ、事が起きた場所と攫われた御仁が御仁だ」

「そうですね……。自領で侯爵令息が人攫いに遭ったとなったら、こちらとしても腰を上げない訳にはいきませんよね……」

「……その通りだ……。それに、レトリー侯爵からも正式な捜索要請が出ている。なんとしても息子を探し出して救って欲しいと。
 まあ要するに……邸に仕えてくれている騎士数名と、領内の自警団員達を率いて、アルセン殿の捜索を行う事になった、という話なんだ」

 疲れた顔のアドラシオンから発せられた言葉を聞いた途端、ニアージュまでもが精神的な疲労に襲われた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

処理中です...