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第4章
6話 穴だらけの策略
しおりを挟むニアージュとアドラシオンが、一方的な思い込みとおぼしき理由で送り付けられてきた、赤の他人からのラブレターの件で慌てていた頃。
バラト侯爵邸の一角にある部屋では、非常識令嬢ことエーゼルが、ご機嫌で茶を飲んでいた。
「ふふふっ。そろそろ、あの勘違い男からの『熱烈なお手紙』が、エフォール公爵家に届いてる頃よね。きっとあの女は今頃、慌てて揉み消しを図ってるでしょうねぇ。うふふふっ」
エーゼルは、ニアージュが現在置かれているであろう状況に思いを巡らせ、にまにまと笑う。
実の所、件のラブレターがニアージュ宛に送り付けられる状況を作ったのは、エーゼルだった。
ニアージュの名前を騙り、昨今の社交界の中で、最も好色かつインモラルな事で知られている男、レトリー侯爵家の5男・アルセンに対し、ベタにベタを重ねたような、定番を通り越した露骨な内容のラブレターを書き、使用人の1人を脅し付けて、それを貴族専用の郵便事業局に持って行かせたのだ。
そうして家令を介さず手紙を出せば、バラト侯爵家の郵便発送記録に、自分が手紙を出した記録は残らない、と踏んでの事だった。
父親のバラト侯爵は長期の仕事でずっと邸を空けているし、使用人には、手紙の事を人にばらしたらクビにする、とも言っておいたので、今回の話が露呈する危険はほぼないと、エーゼルは考えている。
手紙を目にしたニアージュはどうしただろう。
身に覚えのないラブレターを送られて、慌てただろうか。それとも顔を青ざめさせただろうか。
いや、元は下賤な身分でありながら、アドラシオンの隣にしれっとした顔で収まっている、どうしようもない恥知らずな性格の女だから、いっそ喜んだかも知れない。
(まあ私でも、思い切り褒めそやされて口説かれたら、ちょっといい気分になっちゃうけど)
エーゼルは紅茶を口に含んで嚥下しながら、クスリと笑う。
どちらにせよニアージュは、ラブレターで他人から口説かれた事をアドラシオンに知られないよう、大急ぎで届いた手紙を始末した事だろうが、それこそ動揺のあまり挙動不審になっていてもおかしくない。
いや、間違いなく挙動不審になっているはず。
もしかしたら、その挙動のせいでアドラシオンに、不信感を抱かれる所まで行っている可能性もある。
そう考えるだけで、エーゼルはもう楽しくて嬉しくて仕方なかった。
無論の事、実際には、全くそんな事にはなっていない。
自分の中の勝手な思い込みと、他家での郵便物の扱い、使用人や家令などとの関係を全く知らないまま行動に移した時点で、エーゼルの策略は半分以上破綻しているも同然だった。
ニアージュ宛に、見も知らぬ相手から手紙が届いた事に気いた家令のアルマソンは、大切な奥方が不逞の輩に目を付けられたのでは、と考え、真っ先にアドラシオンへその事を報告しに行き、アドラシオンもまた、届いた手紙がラブレターだった事を知ってなお、ニアージュの事を無条件で信じた。
エフォール公爵家では、邸の主で夫であるアドラシオンを始めとして、誰もニアージュが不貞を犯したとは思っておらず、その身の潔白を、息をするかのような当たり前さで信じている。誰もニアージュを疑っていない。
それは、使用人や侍女にも思いやりと優しさを持って接し、他者との間に信頼関係を築き、培いながら暮らす事を、至極当然に思っているニアージュの、常日頃からの振る舞いの賜物だと言えた。
常日頃から我が儘放題の言いたい放題、使用人や侍女の事を下僕や奴隷も同然に扱って憚らず、家人以外の誰とも信頼関係の『し』の字さえ築けていないエーゼルには、思いもよらぬ事だ。
何より、ニアージュとアドラシオンは政略で結ばれただけの婚姻である、とか、ニアージュが見目麗しいアドラシオンに一方的に熱を上げている、とか、アドラシオンは優しさと義務感でそれに付き合っているに過ぎない、とか、自分の中の勝手な思い込みと妄想で2人の関係性を決めてかかっている事自体、大変致命的な思い違いである。
なお、最初にエーゼルが、ニアージュの名前を騙って書いたラブレターを押し付け、恫喝と共に郵便事務局へ送り出した使用人の件に関してだが、そもそもバラト侯爵家において、エーゼルには使用人などの雇用や解雇を含めた、総合的な人事の決定権はない。
人事における決定権の全てを有しているのは、バラト侯爵家の当主であるエーゼルの実父だけで、例え使用人や侍女達がどのような言動を取ろうと、エーゼルには彼らや彼女らをクビにする事など不可能なのだ。
その上、バラト侯爵は、エーゼルがエフォール公爵家への突撃事件を起こして以降、使用人や侍女達に「もし娘がなんぞ仕出かした事に気付いた際には、必ず私に報告を上げるように」と命じている。
件の不運な使用人も、バラト侯爵が仕事を終えて邸に戻れば、エーゼルの所業を即刻報告するだろう。
要するに、エーゼルは現時点で既に策士として大失敗しているという事であり、今の優雅な貴族令嬢生活にも、終了のお知らせが入りかねないほどの危機的状況にある、という事だ。
人生の破滅街道を、そうとは知らぬまま一直線にひた走っている、とも言い換えられるだろう。
そして――彼女は知らない。
この後、上位貴族の男性達が多く集まる会合の場にて、共犯者に選んだ相手が起こした暴走と失態により、自身の罪も芋づる式に暴かれる羽目になる事を。
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