訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

ねこたま本店

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第4章

4話 おかしな手紙

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 例年にない大雪を、スノーワインを飲む楽しみを力に変えて振り絞り、邸の人間全員で乗り切って以降、何事もないまま無事に新年月が過ぎた翌月の上旬。ニアージュは自室で悪戦苦闘していた。

 ニーネから聞いた、翌々月にあるアドラシオンの誕生日プレゼントにハンカチを贈るべく、人生初の刺繍に挑戦しているのだ。

 モチーフは、この世界でも春の花として知られているチューリップ。
 それも、花言葉を考えれば赤がいいだろう、という事になった。

 夫や恋人への贈り物に刺繍するモチーフとして、定番なのはやはりバラなのだが、初心者が刺繍するには少々難しいですよ、というマイナのアドバイスを受け、チューリップを選んだのだ。

 しかし、それでもやはり、元から大して器用ではないニアージュにとっては、なかなかに難しかった。イメージとしては、ハンカチの角の部分に品よく2輪、小さめの赤いチューリップを咲かせるつもりだったのだが、どうにも上手くいかない。

 一番最初に出来上がったのは、チューリップというより『微妙に歪んだ、楕円形の赤い球らしきものから緑の紐が生えている物体』だったし、布地の裏側も刺繍糸でぐちゃぐちゃだった。大失敗である。

 とてもじゃないがこんなもの、好きな人の前になんて絶対に出せない。
 何よりマイナから、「これでは刺繍の仕方が雑過ぎて、普段使いの品として常用するに堪えられません。すぐに糸がほつれて駄目になってしまいますよ」と、ダメ出しを喰らってしまった。

 刺繍を始める前は、布地に描いた下描きを、色糸を使ってなぞるように縫っていけばすぐ完成するだろう、と簡単に考えていたが、そもそもその考え方自体が間違っていたようだ。

 それからニアージュは、刺繍の際には布地の裏まで意識して、ひと針ひと針丁寧に、というマイナからの再びのアドバイスを胸に、慎重に刺繍を続けていた。

 ついついイラッとして、針の動きが雑になりかける事もあるが、そのたびに己に喝を入れ、軌道修正を図っている。
 これはもはや、自分の粗雑な性格や怠け根性との戦いだ。

 全ては大切な人に喜んでもらう為。
 ニアージュは今日も人知れず、壮絶な己との戦いを繰り広げる。
 しかしそんな時に限って、作業の手を止めるような事態が起こるというのも、よくある話。

「……集中。集中……。ひと針ひと針、丁寧に……。時々布地を裏返して、縫い目の確認も忘れない……。いい加減な仕事、ダメ、ゼッタイ……!」

 自室の窓辺に椅子を持って行って座り、まるで呪文や念仏のように、刺繍の要点をブツブツと繰り返し呟きながら作業をしていると、室外からドアをノックする音に続いて、「ニア、ちょっといいだろうか」という声が聞こえてくる。

 アドラシオンが部屋を訪ねてきた事を知り、ニアージュは慌てて椅子から立ち上がると、デスクの引き出しに手早くブツを仕舞い込んでから、「はい、どうぞ」と答えた。

「ありがとう、ゆっくり休んでいる所にすまないな」

「いいえ、お気になさらず。けど、どうかなさったのですか?」

「ああ、実は……少々変わった相手から、君宛に手紙が届いていてな……」

「はあ。変わった相手、ですか。一体どこのどちら様で?」

「それが……レトリー侯爵家の、アルセン殿からなんだ」

「レトリー侯爵家の? ……んー、ええと……。一応、貴族名鑑には毎日目を通してますので、レトリー侯爵家は知っていますが……。アルセン様というお名前には憶えがありませんね……。ひょっとして、次男か3男でいらっしゃるのかしら」

「いや、アルセン殿は確か、5男だったと……」

「えぇ……。5男て……。上位貴族の家では珍しく、随分子沢山なんですね、レトリー侯爵家って……。普通は男女両方含めても、精々3、4人程度じゃありません?
 と言いますか、まだ貴族歴の浅い私に、よその侯爵家の5男さんの名前や顔なんて、そんなマニアックな事分かりませんよ」

「そうだよな……。知ってる訳ないよな。そもそも接点が何もないんだから」

「ええ、全くです。ええと、それで、その見ず知らずの5男さん? から、なぜか私宛の手紙が来た、という事なんですか?」

「そうなんだ。封蝋の押印自体は、間違いなくレトリー侯爵家のものだし、悪戯や騙りではないと思うんだが……。とにかく、一度目を通してみてくれないか?

 ただ……アルセン殿は我が家としても接点のない人物だ。そんな人物からの手紙が突然、それも妻宛に送られてきては、俺も流石に心配になって……いや、その、ひとまず、不審物の類や危険物が同封されていないか確認する為に、先んじて手紙の封を切らせてもらった。だが、中身は誓って目にしていない」

「分かりました。勿論、私は旦那様の事を信じていますので、どうか開封の件についてはお気になさらず」

「そ、そうか。ありがとう。――これが問題の手紙だ」

「あ、はい。確認致します」

 怪訝な顔をしたまま手紙を差し出してくるアドラシオンから、同じく怪訝な顔で手紙を受け取ると、ニアージュはその場で手紙を封筒から取り出し、中身の手紙を広げる。

「……。どうだろう。何が書かれている?」

「ええと……最初の書き出しは、ありふれた時候の挨拶から始まってますね。この辺は普通です、けど……」

「けど?」

「なんか……頭から末尾まで、異様に甘ったるい口説き文句がダラダラ書かれてて……気色悪いです。……うわっ、なにこの表現……! キモっ!」

「はあ!? なんだって!?」

 手紙を斜め読みしたニアージュが、手紙のざっくりした内容をアドラシオンに報告しつつ、淑女らしからぬほどの勢いで思い切り顔をしかめ、うええ、と呻くと、アドラシオンも眉を思い切り釣り上げ、怒気が混じった声を上げた。

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