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第3章
7話 新年祝賀会~若干無駄な前哨戦
しおりを挟む太陽が地平線の向こうへ沈み去り、完全に日が落ちた頃。
いよいよ王城にある大広間にて、新年祝賀会が始まろうとしていた。
パーティー会場の内部で、身分の高い貴族の方々を待たせてはいけない、という貴族社会の慣習に従い、まずは男爵位にある貴族達から会場に入っていくのだが、正直言ってこの慣習、ニアージュにはいまいち理解できない所だった。
新年祝賀会へ参加する貴族は、上位下位全て合わせると、100や200では到底済まない人数となる。
それだけの数の人間が、進行役に名前を読み上げられ、少人数で少しずつ会場の中へ入っていくのだから、結局、全ての人間が会場入りするまで、延々と待たされる事に変わりはない。
(だったらもう、さっさと会場の中に入れて欲しい、なんて思っちゃうのは、私が元平民だからなのかな。……うん、元平民だからなんだろうな)
案内役の侍女から、パーティー会場への入場が始まりました、と聞かされ、ニアージュは何となくそんな事を思う。
以前から、ちょくちょく目を通すようにしている貴族名鑑によれば、今現在、男爵位を持つ貴族家の総数は軽く100を超えていたはずで、そこに名誉称号の一代男爵を含めれば、更に数が増える。
一体、公爵家に当たる自分達の入場はいつになるのやら。
恐らく、あと1、2時間程度は余裕で待たされるに違いない。
想像するだにだいぶ辛いが、きっと本当に辛いのは下位貴族の面々だろう。
こういう形で入場を行うという事は、パーティー会場の中は完全に立食形式で、座って待っていられる椅子などないのだと見ていい。
だとしたら、あと一体何時間、彼らは堅苦しくて重量のある、ゴテゴテと着飾った格好で突っ立っている羽目になるのか。
やはり、お貴族様稼業というのは楽じゃない。
ニアージュは、ついつい遠い目をしながら、窓の外に視線を向ける。
当然の話だが、夜の帳が下りた外は真っ暗闇で、特にこれといって気晴らしになるようなものは全く見えなかった。
おおよそ2時間ほど待たされたのち、ようやく新年祝賀会の会場へ入場する順番が回ってきた。
と言っても、今から即座に入場する訳ではない。
全部で12ある侯爵家の入場を後方から見届けたのち、残る6つの公爵家が、家格の低い順に入場していくのである。
そんな訳で、アドラシオンと共に会場入り口の後方に立ち、各侯爵家の入場を黙って見守っていると、やおら横から声をかけてくる者がいた。
ラトレイア侯爵夫妻――ニアージュの実父とその連れ合いだ。
ちなみに、実父とその妻の名をニアージュは知らない。
今の今まで、きちんと名乗ってもらっていないからだ。
知らない名前を呼ぶ事などできない。
知っていたとしても呼ぶ気はないが。
ラトレイア侯爵家で半年生活した結果、ラトレイア侯爵の認識と呼称は『色呆けヤリチンクズ』、妻のラトレイア侯爵夫人は『身勝手クソババア』で固定される事になった。
理由は察して欲しい。
ついでに言うなら、今後この2人の評価が自分の中で上向く事はないし、評価を改める日も永劫来ない。
ニアージュはそう思っている。
多分、死ぬまでその認識が覆る事はないだろう。
「久し振りだな。よくやっているようで何よりだ」
「……。お久し振りでございます。ラトレイア侯爵様とご夫人も、ご健勝のようで何よりでございます」
ニアージュは、相変わらず無駄に偉そうな口を利く実父に対し、軽い会釈をもって応えた。
通常ならラトレイア侯爵が、公爵であるアドラシオンとその妻であるニアージュに、自分から声をかける事は無礼な行いなのだが、ニアージュに対してだけでは血縁という嫌な補正が働く為、大変残念な事に許されてしまうのだ。無念である。
「ふん。相変わらず、面白みの欠片もない反応をする娘だな」
「ええ、本当につまらない子だこと。我が家のセルベッサとファスビアを見習いなさいと、あれほど言ったのに」
「申し訳ございません」
再会して早々、早速嫌味をブッ込んでくるラトレイア侯爵夫妻に、ニアージュは表面上、申し訳なさそうな表情と声色を作り、再び軽く頭を下げた。
ちなみに、ラトレイア侯爵夫人の言うセルベッサとファスビアというのは、ラトレイア侯爵夫妻の実の娘の名だ。
夫妻はこの2人の娘を大層可愛がり、社交界でも自慢の種にしているようだが、ニアージュに言わせれば、セルベッサは『意識高い系高慢ちき』で、ファスビアは『ぶりっ子二枚舌猫かぶり』だった。
どちらも大層質の悪い女で、同性からバリバリに嫌われるタイプである。
なお、この2人以外にも、嫡男の『プライド無駄に高男』がいるのだが、もはやニアージュ自身、顔も名前も全く憶えていないので、説明は省かせて頂く。
とっとと入場の準備をすればいいものを、ラトレイア侯爵夫妻はしつこくニアージュに絡んでこようとする。
「所で……なんなの、その幼稚なデザインのドレスは。ウエストラインが全く分からないじゃないの。センスがなくて恥ずかしい子ね。学園にある幼等院の幼子でもそのような――」
「――それはそれは。貴重な意見を頂けた事、礼を言わせてもらおう、ラトレイア侯爵夫人」
だが、アドラシオンは夫妻のその言動を、それ以上黙って見てはいなかった。
「実は、今妻がまとっているドレスは、私が職人達と相談の上、最先端の流行に沿って作らせて贈った物だったのだが、夫人の眼鏡には叶わなかったようだ」
「えっ!? あっ、そ、そうでいらしたのですか?」
アドラシオンが、いっそわざとらしいほどの笑みを浮かべながら口にした言葉を聞いた途端、ラトレイア侯爵夫人の顔色が目に見えて悪くなる。
さもありなん。
夫の婚外子を、ここぞとばかりにコキ下ろそうとしたのが一転、その夫である公爵――しかも、訳ありとはいえ王族の血を引く人物を、正面からコキ下ろす格好になってしまったのだから。
しかも社交界の噂によれば、その人物は昨今、王家との関係が修復されつつあるという。
流石に、その意味が分からないほどラトレイア侯爵夫人も馬鹿ではない。
なんにしても、今のは格下である侯爵夫人として、あるまじき発言だった。
それこそ、身分を弁える事を知らぬ、痴れ者の暴言だと言われても仕方ないほどの。
これ以上かの公爵の機嫌を損ねれば、ラトレイア侯爵家がどうなるか分からない。
そう判断したラトレイア侯爵は、やや引きつった顔をしながらも、青ざめた顔で震え始める妻の腕を強引に取りつつ、アドラシオンに深々と頭を垂れた。
「そんな、うそ、だだ、だって、旦那様が言ってたのに。エフォール公爵とあの子は、とんでもなく不仲そうだったって……。なのに、ドレスを、そんな馬鹿な……」
「もう黙れ馬鹿者! それ以上出しゃばるな! ……エフォール公爵閣下、つ、妻が無礼な事を口にしまして、大変申し訳ございません。その、妻は、早くに娘を婚家へ送り出す事になってしまい、寂しさからつい、娘に対して憎まれ口を……」
「もうよい。此度の件は妻に免じてなかった事としよう。それより、早く前方へ向かわれよ、ラトレイア侯爵。すぐに貴殿らの入場の順番が巡ってくるぞ」
「は、はいっ! そ、それでは失礼します……! ……行くぞ。いいか、お前はもうこれ以上口を開くなよ……!」
「は、はは、はいっ! し、失礼致しました……!」
上位貴族としての見栄と体面はどこへやら。
ラトレイア侯爵夫妻は、あまりに容易くカウンターを喰らった羞恥の為か、それとも、年若い公爵に恥をかかされた怒りからか、真っ赤な顔で慌ててその場を去って行った。
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