34 / 123
第3章
6話 新年祝賀会~開戦前のひと時
しおりを挟むエフォール公爵家を出発し、途中で休憩を挟みつつ馬車を走らせる事、トータル4時間。
ようやく着いたクロワール王国の中心にして中枢たる王城は、文字通り王都フィークスの中央部にて、その呼び名に相応しい威容を晒していた。
なお、今回ニアージュとアドラシオンの世話役としてついてきた侍女は、侍女長のマイナとニーネの2人で、アナは留守番となっている。
孤児院出身で平民のアナは、王城に気安く足を踏み入れる事ができない為だ。
平民が王城に入るには、その平民の身元保証人となっている貴族家当主が、他家の貴族に連帯保証人となってくれるよう話を通して紹介状を書いてもらった上で、数時間に亘る入城審査を受ける必要があるという。
つまり、大変な手間と時間がかかる。
ゆえに今回はアナの方から、大変残念な事ではあるが、年に数回しか顔を出さない新年祝賀会の為だけに、そこまでの手間を旦那様に求める事はできない、と随伴を辞退したのだった。
おまけに、状況と行き先から土産を買う事もできないので、帰ったらせめて土産話をたくさんしよう、とニアージュは思っている。
しかし、城に着いた時刻は午後16時。
まだ新年祝賀会が開かれるまで時間がある。
ゆえに、まず位置としては宮殿の右端となる、上位貴族専用の滞在施設がある場所へと通されたニアージュは、アドラシオンにエスコートされながら、案内役の侍女の先導に従い、広大な庭を横目に道を行き、城の中へ足を踏み入れた。
平民的な物言いで端的に評するなら、デカい、広い、豪華。この3点に尽きる。
そして、やたら入り組んでいる。
絨毯の敷かれた幅の広い廊下には、あちらこちらに十字路や丁字路があるようだ。思わず内心で、迷路か、と反射で突っ込みを入れてしまっても、仕方ない事だろう。
もっとも、城内の廊下が入り組んでいるのは、敵襲に備えての事でもあるはずなので、個人的な理由で文句やケチを付ける事はできないが、そこを差し引いてみても、あまりにデカくて広くて豪華な作りをしているものだから、ニアージュとしても、人並み程度しかない語彙を振り絞ってまで、事細かな表現をする気になれない。
ついでに言うなら、住みたいとも思わなかった。
こんな所に住んでいたら、必要最低限の日常生活を送るだけで一苦労なのではなかろうか。
全体の把握も大変難しいだろう。
王やその家族が住んでいる中央宮だけで、一体どれだけの部屋数があるのやら、想像するだけで眩暈がするし、生涯のうち、一度も足を向けないまま終わる場所だって、何十カ所とありそうな気がする。
自分の住んでいる家なのに、だ。
上記の件に関して、なんにしたって馬鹿らしいとか、付き合い切れない話だと感じている時点で、自分はやはり根っからの小市民なのだろうな、とニアージュは心から思った。
「? どうした、ニア」
「いえ、なんでもありません」
エスコートされながらも、どこか気もそぞろな様子で歩いているニアージュが気にかかったのだろう。心配そうに声をかけくるアドラシオンに、ニアージュは苦笑しながら緩くかぶりを振ってみせた。
「ただ、あまりにお城が大き過ぎて、ちょっと辟易していたんです。なんか、今来たばかりなのに、もう帰りたくなってきました」
「はは、成程」
目に見えてげんなりしている様子のニアージュに、傍らのアドラシオンが苦笑する。
「しかし、こう言っては何だが、君は珍しい反応をするな。大抵の女性は、城の広大さと絢爛さに目を輝かせ、憧れるものだろうに」
「それは、日常生活を送るのに必要な仕事を、生まれた時から全部人にやってもらっている、生粋のお嬢様の反応というものですよ、旦那様。
これだけの広い住まいを管理して維持していく為には、一体どれだけの人の手が要るんだろう、とか、掃除を終えるのに何時間かかるんだろう、とか思ったら、憧れる気にもなれません」
「そうか、君は元々平民暮らしが長くて、住まいを整えて掃除をするにも、全て自分でこなさねばならない生活を、当たり前にしていたんだったな。
けれど、だからこそ平民の子女の中には、王侯貴族や王城暮らしへの憧れを強める者も多かったように思うんだが」
「ああ……。まあ、確かにそれも平民の考える事ではありますね。平民の多くは、お貴族様や王族様方の生活というのを誤解していますから。
日々の仕事を使用人に全部肩代わりしてもらって、自分は何もせず、悩みも苦労もなく優雅に遊んで暮らしてる、とか。――実際には、そんな事全然ないんですけどね……」
ニアージュは小さくため息をつく。
「どれだけ身の回りの事を人にやってもらえていても、実際にはお貴族にだって幾らでも仕事があるし、それに伴う苦労や悩みも、後から後から湧いて出てきて、全然消えてなくなってくれないのに、平民達からは理不尽に妬み嫉みを向けられるなんて、なんの罰ゲームでしょうか。
それに、アルマソンやニーネから聞いたのですが、貴族社会における人間関係の煩雑さやしがらみの厄介さは、平民社会の比じゃないのでしょう?
幸い、私はまだ経験せずに済んでいますけど、それも想像するだけでハゲそうで……。……? あの、旦那様? 何を笑っていらっしゃるんです?」
「いや。大した事じゃない。ただ、嬉しくなったんだ。君が俺達王侯貴族の苦労を理解して、我が事のように受け止めてくれている事が、嬉しくなった。
勿論、それで苦労や悩みがなくなる訳じゃないが、それでも『分かってもらえる』というのは、やはり嬉しい。君に、寄り添ってもらえているような気がして」
「旦那様……」
「ああいや、すまない。柄にもない事を言ってしまった」
「……いいえ、柄にもない事だとは思いません。誰かに分かってもらえて嬉しいというのは、身分や歳、性別に拘わらず、誰もが感じる事のはずですから。
私だってきっと、旦那様に『分かってもらえる』事があれば、嬉しいと思います」
「……! あ、ああ。そうか。ありがとう、ニア。――そろそろ控え室に着く。新年祝賀会まで少しでも身体を休めておこう」
「はい。戦闘前の小休止ですものね……!」
「ふ、くくっ、そ、そうだな。……本当にありがとう。君が傍にいてくれるお陰で、だいぶ気が楽だ」
「そうですか? それはよかった。お役に立てて何よりです」
嬉し気に微笑むニアージュに、アドラシオンも目を細めながら微笑んだ。
11
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
前職キャバ嬢、異世界に来たら悪女になっていた。あんまり変わらないのかな?
ミミリン
恋愛
ある理由でキャバ嬢として働いていたルキア。
やっと貯金が目標金額に到達しそうなある日、不慮の事故で死んじゃったらしい。
大切な人への恩返しを計画していたのに、それは叶わなかった。
気がついたら異世界で別の女の子エレノアになっていた。
まずは、この世界の事を知る必要がある。
この世界では大切な人への恩返しを成し遂げてみせるんだ。
クヨクヨなんかしてられない。
異世界だって、自分の意志で生き抜いて見せる!
低体温だけど、たくましい女の子の異世界奮闘物語です。
前半しばらくは主人公ルキアの過去を掘り下げるので、恋愛要素はほぼないです。
舞台が変わってから徐々に恋愛に繋がる描写が多くなる予定です。しばらくお付き合いください。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~
猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。
現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。
現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、
嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、
足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。
愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。
できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、
ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。
この公爵の溺愛は止まりません。
最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる