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第2章
5話 続・精霊の分け前?
しおりを挟む「うそ……。また氷が増えてる……」
「……信じられん。これは一体どういう事なんだ……」
ニアージュとアドラシオンは呆けたような声でうそぶきつつ、氷室の中へゆっくり足を踏み入れた。間近に見た氷の立方体は美しく透き通っており、濁りはおろか、不純物や異物も全く見当たらない。
丁寧に磨き上げたなら、鏡のように顔が写り込むのでは、と思えるほどだ。
(変な臭いも全然しないし、これだったら美味しいかき氷ができそうだけど……)
思わず鼻っ面を近づけて、氷を至近距離で凝視しながらニアージュがそんな事を考えていると、横から「どうした?」と声をかけられる。
「え? あ、いえ、その、こういう綺麗な氷なら、美味しいかき氷ができるだろうな、なんて……」
「ははっ、そうか。君は本当に甘い物が好きだな」
「笑わないで下さいっ。仕方ないじゃありませんか。かき氷なんて、平民からして見ればまさしく夢のお菓子なんですから」
おかしそうに笑いながら指摘してくるアドラシオンに、ニアージュが少しばかり口を尖らせて文句を言うと、アドラシオンがますますおかしそうに笑う。
「旦那様っ」
「ははははっ、ああいや、すまない。そうか、夢の菓子か……。なら、今回は特別に、その夢の菓子を作ってみるか?」
「! よっ、よろしいんですかっ!?」
「ああ、勿論。これだけの量があるなら、幾らか嗜好品として使っても問題ないさ。まあ……少々出所は気にかかる所だが、見た限りどの氷も、1級品と呼んで差し支えないものばかりのようだ。これなら食べても腹は壊さないだろう」
「ありがとうございます、旦那様! このご恩はいつか必ずお返ししますのでっ!」
なんとも太っ腹な事を言うアドラシオンに、ニアージュは、パアア、という擬音が聞こえてきそうなほど表情を明るくし、思い切り深々と頭を下げた。直角90度である。
それを見たアドラシオンがまた口元を押さえて笑い出す。
「……ふっ、くくっ……、また大袈裟な……。俺は特段懐を痛めてはいないのだから、そこまで恩に着る事はないんだぞ?」
「いいえ! そんなの関係ありません。この氷の持ち主は旦那様で、かき氷を作っていいと判断して下さったのも、旦那様なんですから。それに、先程も話していたでしょう? 人から何かを与えてもらえる事を、当たり前だと思ってはいけないのです。
つまり! 私もこの幸運と幸せを、当たり前だと思ってはいけないのですよ! 母はよく言っていました、「世の中真っ先に落ちぶれるのは、お金がなくなった人じゃない。人に対して感謝の気持ちを持てない人間が、誰より真っ先に落ちぶれていくのだ」と」
「ふふ、そうか。それも確かに一理ある。しかし、君の母上は含蓄深い事を仰るのだな。機会があれば、一度お会いしてみたいものだ」
「まあ、そうですか? でしたら、今のこの偽装結婚作戦が終わって身綺麗になられたら、いつか私の村へ遊びにいらして下さい。何もない所ですが、ご飯の美味しさでしたら全力で保証しますよ」
「……そうか。食事の美味い所はよい土地だ、いつか、本当に行ってみたいな」
「? 旦那様、どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない。先は長いな、と思っただけだ」
ニアージュの言葉に、なぜか気分が沈んで少し胸が痛くなり、アドラシオンは寂しげな笑みを浮かべた。
そんなアドラシオン様子と表情の変化に気付き、心配そうに声をかけてくるニアージュに、アドラシオンは適当な言い訳を口にする。
仕方がない事だ。
アドラシオン自身、気分が沈んだ理由も胸が痛む理由も分からないのだから。
となれば、当たり障りのなさそうな言い訳を述べるしかない。
そんなアドラシオンの様子に、ニアージュは怪訝な顔をするばかりだった。
2人で話しているのは楽しいが、だからといっていつまでも、地下の氷室で駄弁っている訳にはいかない。
氷室に来た時同様、帰りも2人並んで廊下と階段を進み、地上1階へ出てそれぞれの部屋へ戻ろうとした所、奥の廊下から使用人の男性が、血相を変えてこちらへ駆けて来た。
この使用人の事は、ニアージュもちゃんと憶えている。
厨房付きの使用人の1人で、名前はニール。普段から料理人達を手伝って、色々な雑用をこなしてくれている青年だ。
「だっ、旦那様! 奥様! 大変です!」
「どうした、ニール。 何があった」
「あのっ、先程、料理長に頼まれまして、厨房脇にある保管庫に行って在庫の確認をしていたらっ、なぜか朝見た時は普通の量だったミルクと卵が、滅茶苦茶増えてたんです! あっ、あと、砂糖とか塩とか胡椒とかも!」
「えっ!? ミルクと卵と、調味料まで増えてるんですか!?」
「なんだそれは!? 氷だけでなく、そんなものまで増えていたのか! 一体いつの間に!?」
「ええっ!? まさか、そっちでもまた氷が増えてたんですか!? 一体どうなってるんです!?」
ニアージュとアドラシオンが驚きの言葉を発すると、その言葉を聞いたニールが更に驚きの声を上げる。ニアージュとアドラシオン、そしてニールは3人揃って、その場で軽い混乱状態に陥った。
それもやむを得ない事だろう。
この邸、買ってもいない物がなにかと増え過ぎである。
ある意味異常事態だ。
「俺が知る訳ないだろう! いや、そもそも砂糖を始めとした調味料はともかく、ミルクと卵は昨日近隣の村に下げ渡したはず。それがなぜまた増えてるんだ……!?」
「そんなの、俺にだって分かりませんよぉ。分かってるのは、ミルクも卵も鮮度はバッチリって事くらいで……」
「鮮度がよくとも出所が不明ではなぁ……。まあ、貯蔵庫に腐りかけのものが増えるよりは、ずっといいに決まってるが……」
「はい……。と言いますか、ちょっとあの量は、ウチの邸の者だけで消費するのはしんどいです。食べ切る前に痛んじまいますよ。勿体ない」
「そうか……。それも問題だな。かといって、また村の者達に下げ渡すのも、長い目で見れば問題だ。あまり頻繁に食料の下げ渡しを行っていると、よその村や町から、「近場の村にだけ領主が食料を恵んでいる」などという見方をされかねん」
ニールは弱り顔で背中を丸め、アドラシオンは眉根を寄せて腕組みしながら唸る。
そこに、ニアージュがおずおずと手を挙げた。
「あのう……。増えてしまったものは仕方ないですし、どれだけ考えても出所を辿れない上、食料として問題がないのなら、この際ミルクと卵、氷を一緒くたに消費してしまう、というのはどうでしょう。
砂糖と塩も多く必要な上、ちょっと手間もかかりますが……アイスクリーム、という名前の、冷たいお菓子が作れます。腐らせてダメにしてしまうより、ずっといいと思うんですが」
「……! ニア、そんな事ができるのか!?」
「は、はい。実は小さい頃友達と一緒に、冬に似たような事をして、そのお菓子を作った事があるんです。5歳くらいの時の話で、何かの本に載っていたものを真似したのか、人づてに聞いたものを真似たのか、そこまではちょっと憶えてないのですけど……」
恐らく無意識なのだろう、真顔で詰め寄ってくるアドラシオンに、ニアージュは少し腰が引けながらも、かつての話を説明する。
ただし、話の後半は真っ赤な嘘で、実際には前世の記憶を頼りに作ったものだったのだが。
「一体どのようにして作ったんだ!?」
「え、えっと、その時は卵はナシで、氷の代わりに雪を、砂糖の代わりに蜂蜜とジャム、普通の塩の代わりに、近くの山で採れる岩塩を使いました。
友達の家が酪農をやっていたり、養蜂をやっていたりしたので。子供心に、とても美味しかった事だけは、完璧にバッチリ憶えていますよ」
「……そうか。よし、料理長に頼んでやってみてくれるか、ニア」
「分かりました。最初に試作してみて、上手くいくようなら本格的に作業を始めてみます」
アドラシオンの手前、前世の記憶をひけらかす訳にはいかないので控えめに答えたが、勝算ならば十二分にある。
ニアージュはアドラシオンの目を見て、しっかりとうなづき返した。
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