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第1章

13話 お茶会騒動 虚構夜曲

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 いつの間にか人払いが済まされた室内。
 未だ外の嵐は治まる事を知らず、風雨が邸の窓を揺らし、外壁や屋根を叩く音が絶え間なく続いている。
 そんな中、王妃マルグリットは努めて静かな口調で昔語りを始めた。


 遡る事8年前。
 クロワール王国の第1王子にして王太子、アドラシオン・レクス・クロワリアは当時、16の歳を数えて間もない年若い少年でありながら、聡明さと思慮深さ、人の上に立つに相応しい人格を兼ね備え、その将来を嘱望されていた。

 12の頃に婚約した軍家の名門、ステパノス公爵家の令嬢グレイシアとの仲にも問題はなく、学業の成績も極めて優秀。
 いずれアドラシオンが玉座を受け継ぐであろう未来を、誰もが当たり前に訪れる未来だと考えていた。
 王太子アドラシオンと、いずれ王となった彼が統べる王国には、栄光と栄華が約束されるであろう、と。

 だがその未来は、家の都合で学園に中途編入してきた1人の少女によって、脆くも崩れ去る事となる。

 少女の名はココナ。
 先々代の王の御代、不祥事に巻き込まれる形で爵位を返上した、かつての男爵家の末裔にして、現在は王都の大図書館で司書を務める両親の元に生まれ育った、平民の少女である。
 あろう事かアドラシオンは、そのココナと身分違いの恋に落ち、グレイシアを目に見える形で冷遇し始めたのだ。

 当時のアドラシオンの振る舞いは、それは酷いものだった。

 かつての聡明さと思慮深さ、人格者としての立ち居振る舞いを忘れ去ってしまったかのように、グレイシアの忠言を無視し、人格を否定するような暴言を吐く。

 ココナの発言は無条件で聞き入れるのに、グレイシアの言葉には一切耳を貸さず、グレイシアに虐げられたというココナの言を鵜呑みにして、グレイシアを理不尽に罵って貶める。

 他の令嬢に対してもそれは変わらず、ココナに対して身分の違いや貞淑さを説こうとする者は、みな全てココナに危害を加える悪しき者として扱い、か弱い令嬢に対して、面と向かって罵声を浴びせる事もあった。

 挙句、グレイシアの婚約者としての責務を完全に放棄したばかりか、学業まで疎かにしてココナにベッタリと張り付き、お忍びで街へ繰り出しては、ココナと遊び惚けるという体たらくだ。

 14で入学して以降、常にトップを維持していた学園での成績も急落。アドラシオンは成績上位者だけで構成されていた特進クラスから身を落とし、最底辺のDクラスに追いやられた。
 だがアドラシオンは、それすらグレイシアの陰謀だと口に出して憚らない。
 異常としか思えぬ発言であった。

 アドラシオンの愚かしい行為は、学園に通う貴族の子女達の間で問題視される事が増えたものの、一部の生徒の中には、アドラシオンとココナの振る舞いを『身分を越えた真実の愛を結んでいる』と呼び、持てはやす者もいた。
 これもまた、異常としか思えぬ状況だ。

 無論の事、王と王妃もその状況を座視していた訳ではない。
 王も王妃もアドラシオンを再三に亘って諭していたし、時に自らの元へ呼び出して叱り付ける事さえあった。
 しかし、それでもアドラシオンはただただココナを妄信するような発言と、グレイシアへの根拠のない不信を繰り返し口にするばかり。まるで話が通じなくなっていた。

 そしてあくる日、ついにアドラシオンは、取り返しのつかない愚行に走る。
 ココナにねだられるがまま、グレイシアの為に設けられていた王太子妃予算を勝手に使い、高価な宝飾品やドレスを買い与えたのだ。

 当然ながら、その行為は国庫に納められた国費の横領であり、王国民の血税を私費とする、王族としてあるまじき下卑た行いである。いかに王太子であっても許される事ではない。
 事実が明らかになった直後、アドラシオンは王命によってココナ共々、国務費横領罪で即日捕縛されるという事態にまで発展した。
 アドラシオンがココナと出会い、恋に落ちたとされる日から、約1年が経過した頃の話である。

 だが――ここで事態は一変する。
 捕縛された後も、アドラシオンはココナの、ココナはアドラシオンの事ばかり口にして、一向に取り調べが進まない事に業を煮やした王が、宮廷魔法使いに命じて、アドラシオンとココナに自白を強制する魔法をかけた所、恐るべき事実が明らかになった。

 ココナが、学園で姿を見て一方的に想いを寄せるに至ったアドラシオンに、古代の禁呪である魅了魔法をかけ、運命の恋を演出していた事、そして学園の生徒の一部にも、軽い魅了魔法をかけて自分を支持させていた、と自白したのである。

 それから、魅了魔法の記述がある魔法書は両親からもらったという事、両親から、王族か上位貴族の子女に取り入るよう言われていた事も併せて自白した。

 『古代の禁呪』という呼び名が示す通り、魅了魔法は今から千年近い昔に禁呪指定を受け、関連書籍も全て焚書されたとされる忌むべき魔法。
 当然今の世においては、その会得法どころか、魅了魔法の存在さえ知らぬ者が大半であり、ココナの自白は王家のみならず、多方面に衝撃を与えた。

 ココナの自白を得たのち、ココナの生家に捜査官と騎士達が踏み入って家宅捜索を行った結果、ココナの自室から、魅了魔法の記述がある年代物の魔法書が発見され、ココナの両親もその場で捕縛、連行されている。
 その後ココナとココナの両親は、重犯罪者収容所へ収監されたのち、半年後に国家転覆罪のかどによって処刑された。


 一方、加害者の側から一転して被害者となったアドラシオンは、魅了魔法の魔法書から得た知識を元とした、手探りと試行錯誤の解呪を繰り返し試され、ひと月もの時間をかけてようやく魅了魔法の影響下から脱した。
 他の学園の生徒達も同様である。
 しかしながら、それで全てが元通り、という訳にはいかなかった。

 宮廷魔法使い達の解析の結果、魅了魔法はあくまで被術者を強烈に惹き付け、骨の髄まで術者の虜にする魔法であって、洗脳して意のままに操る類のものではなく、魔法の影響で思考力や判断力が低下する事はあっても、被術者の意思が完全に失われる訳ではない、と判定されたからだ。

 それすなわち、ココナに惹き付けられて恋に溺れた事自体は、完全に不可抗力であるが、そのさなか、グレイシアと他の貴族令嬢に対して働いた非礼や吐いた暴言、数ある責務の放棄、王太子妃予算の横領など、アドラシオンが犯した失態と罪の全てを不問にするのは、不可能だという事に他ならなかった。

 王と王妃、王宮に務める各部門の重鎮、そして、上位貴族の当主達との間で緊急の会合が持たれた結果、アドラシオンは廃嫡を免れたものの、廃太子とされて王位継承権を失い、学園の卒業を待たずして臣籍降下が決定した。

 そして、卒業とほぼ同時期に、エフォールの名と公爵位を取ってつけたように与えられ、広大な王領から申し訳程度に切り取られた、王都郊外にある小さな領地を、人知れず拝領する事となったのである。

 なお、上記の判断には、国王の思惑が多分に含まれていたが、その事実を知る者は、王宮においても一握りしか存在しない。

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