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第1章

10話 お茶会騒動 間奏曲

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 突如として降って湧いた、王妃と王太子妃来訪の知らせ。
 正直な所、青天の霹靂としか言いようがないこの事態に、邸の主であるアドラシオンのみならず、ニアージュやアナ、アルマソンを始めとした、エフォール公爵家の人員総出で来訪の時に備え、奔走していると、猶予期間の1週間などあっという間に過ぎ去ってしまった。

 来訪予定日の早朝には、邸の中で最も品のいい調度品を揃えている、茶会用の部屋の大掃除が開始され、ホストとなるニアージュの身支度も並行して進められていく。

 厨房でも、邸に務めている6人の料理人が、休日返上で全員出勤して2人1組に分かれ、朝食の準備をする組と昼食の下拵えを始める組、それから、茶会に出す茶菓子を作り始める組の3つに分かれ、広い厨房をせわしなく歩き回っている所だ。

 中でも掃除は茶会に使う部屋だけでなく、そこへ通じる廊下や玄関――おおよそ、1階部分の約3分の1に相当する箇所を磨き上げねばならない為、これもまた、邸の人員総出の仕事となった。
 元よりエフォール公爵家では、邸そのものの規模があまり大きくない事を理由に、使用人や侍女をあまり多く雇っていないからだ。

 それでも彼らや彼女らが、掃除の手を抜く事は決してない。
 来訪する王妃や王太子妃が、邸の汚れないし乱れを目にして不快になる事がないよう、そして何より、エフォール公爵家の格を貶めてしまわぬよう、誰もが邸の隅々まで丁寧に掃除していく。
 その仕事の根底ぶりには言うまでもなく、仕えるべき主・アドラシオンへの敬愛と忠誠があった。

 なお、頭のてっぺんから爪先までも磨き上げる必要があるニアージュは、初めから掃除への参加は不可となっている。
 そして、やる気には満ちていたものの、普段掃除を全くしないがゆえに、作業を効率よく進められずまごつくばかりのアドラシオンは、掃除開始早々侍女長によって戦力外通告を受け、トボトボと自室に戻っていた。
 今頃は自室で1人、書類に黙々と目を通しているに違いない。

 無論、アドラシオンもホスト側なので相応の身支度は必要なのだが、そこは女性であるニアージュと異なり、侍女達からは支度に要する時間は30分ほどあれば十分だとみなされ、そのように報告されていた。
 掃除が終わるか予定の時刻が近づくかしない限り、アドラシオンは当面の間放置される事になりそうだ。


話を戻そう。
そもそもがお忍びでの来訪であり、ここは雰囲気的にも、気取った所のない茶会にするのがいいだろう、との考えから、当初は中庭のガゼボに両名を招く予定だったのだが、生憎と今日は天候に恵まれなかった。
空は厚い鉛色の雲に覆い尽くされた曇天で、いつ雨が降り出してもおかしくない状態だった為、急遽このような形を取る事になったのである。

 こうして、各人が作業を続けているうちにも時間は刻々と過ぎていき、昼に差しかかる頃になって、王妃と王太子妃の出迎えの準備はようやっと終了した。

 アドラシオンも、一度に押しかけて来た侍女数名の手によって身支度を整えられ(20分もかからなかった)、昼食を取る為に部屋を出て、廊下を進む。
 朝起き出して早々、制限時間付きの大仕事が追加でできた使用人達に気を遣い、朝食は軽く済ませた為、いつもより腹が減って仕方ない。

(俺がこの状態なのだから、ドレスを着込む為に食事の量を減らしていたニアは、もっと腹が減っているだろうな)

 そんな事を思いながら1階に降りると、丁度食堂に行く手前の廊下で偶然、アナを連れたニアージュと出会った。

「あら、旦那様。旦那様も今からお昼ご飯ですか?」

 綺麗に結い上げられた赤銅色の髪には、小さなサファイアをあしらったシンプルな金の髪飾りを、首元には同じく金でできた、シンプルなサファイアのペンダントを着けている。
 控えめな宝飾品と、薄化粧によって彩られたかんばせで穏やかに微笑むニアージュは、まさしくため息が出るような美しさを湛えていた。
 アドラシオンはついその姿に見惚れ、ニアージュにかけるべき言葉を瞬間的に忘れてしまう。

「旦那様?」

「あ、ああ、すまない。少しぼんやりしていた。君も昼食か?」

「ええ。ですが、アナだけでなく他の侍女達も、今回の身支度にそれは張り切りまして。コルセットの締め付けが滅茶苦茶キツいんです……。多分、サンドイッチをひと切れふた切れ食べたら、もう何も入らない気がします……」

 美しい顔をげんなりさせ、「夜会じゃないんだからここまでやらなくてもいいのに」と呟くニアージュに、アドラシオンは苦笑いを浮かべるしかない。
 恐らく、来訪するのが王妃と王太子妃である上、ニアージュにとって今回の茶会が、エフォール公爵家に嫁いで以降初となる社交の場だという事で、侍女達も必要以上に気合が入ってしまったのだろう。

「それは大変だな。だが、その……髪飾りもネックレスも、ドレスもとてもよく似合っている。まるでどれも、君の為に誂えられたもののようだ。公爵夫人として、相応しい装いだと思う」

「そうですか? 旦那様のお墨付きが頂けるなら、死ぬ気で着込んだ甲斐がありました。個人的にデザインや色味が、とても気に入っていますし」

 なぜか内心、フワフワとした心地になって落ち着かず、素直に「綺麗だ」と言えない己の不甲斐なさに、密かに歯噛みしているアドラシオンをよそに、ニアージュは今身に付けているドレスの裾を摘み、屈託のない笑顔を浮かべた。

 このドレスは先日、アドラシオンがニアージュと共に、専門店で選んで購入したものだ。
 今回はドレスをフルオーダーで作る時間がなく、店頭で売られていた既製品を購入したのだが、最上級の絹で作られているのだというこのドレスは露出が少なく、茶会で身に付けるのに適していた。
 淡いブルーを基調とした、さして華やかでないデザインながら、不思議と人目を引く清廉さがある。
 ニアージュもこのドレスを一目で気に入り、購入を即決した。

「ああでも、これ、お茶会でお菓子を食べるどころか、お茶の1杯も飲み切れない気がしてきました……。アナ、お願いだから、次からはもう少し加減してね……」

「はい。他の侍女達と相談の上、善処するように致します」

「えぇ……。善処なんだ……」

 ニッコリ笑って曖昧な返答をするアナに、ニアージュがまたげんなり顔をする。
 そのやり取りが妙におかしく思えて、アドラシオンはつい吹き出してしまった。

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