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第1章
3話 出来のよさそうな元王太子
しおりを挟む長々と馬車に揺られて辿り着いた、アドラシオンの今の自宅――エフォール公爵邸は、3階建ての立派な邸だったが、建物自体はさして大きくなく、敷地も今まで住んでいたラトレイア侯爵邸より小規模な印象だ。
しかしその分、正面玄関へ続く道の左右にある樹木や、花壇の花々などは手入れと管理が徹底されているようで、非常に見目がいい。
また、建造物の外壁を含めたエクステリアは、基本的に白系統の色味で統一されている。けばけばしさが一切ない、シンプルながらも洗練された美しいデザインには、素直に好感が持てた。
ニアージュとしては、どこもかしこも華々しく、きらびやかに飾られているラトレイア侯爵邸より、こっちの方が好みだ。
(ふむ。白亜の城ならぬ白亜の邸宅って感じね。なかなか趣味がいいんじゃない? この坊ちゃん)
ついつい周囲を見回すニアージュに、いつの間にか傍らに来ていたアドラシオンが、眉根を寄せながら無遠慮な視線を投げてくる。
「……ふん。どうせお前も、公爵の名を賜っている割に邸は随分矮小だな、とでも思っているんだろう」
「そうですね。確かに、ラトレイア侯爵家の持ち家と比べれば、こぢんまりしているとは思います。
でも、手入れの行き届いた、綺麗ないいお邸だとも思いますよ。そもそも、なんでも大きければいいってモンでもないでしょうし。ねえ、アナ?」
「はい。世の中『大は小を兼ねる』と申しますが、それにも限度というものがあると思います。と言いますか、このお邸の大きさを見て矮小呼ばわりするだなんて、失礼ですがその方、ちょっと色々ズレていらっしゃるのでは?」
「そうよね。十分立派よね。このお邸。なんでケチ付けたりするのかしら」
革製のトランクを両手で下げて持っているアナが、きっぱりした口調でニアージュの言葉に同意し、更にニアージュがその発言に同調してうなづく。
ニアージュとアナはどちらも元の身分が平民の、いわゆる平民仲間とも言える間柄なので、その辺の感性もよく合うのだ。
一方、ニアージュとアナのやり取りを聞いたアドラシオンは、馬車での会話の時と同じく、面喰らって一瞬黙り込むが、すぐに咳払いと共に再び口を開いた。
「……。……ん、ゴホン。あまり、キョロキョロよそ見しながら歩くな。転んでも知らんぞ」
「よそ見するな? ですか? それはちょっと無理な注文ですね。自分で言うのもなんですが、私、お上りさんなもので。
こんな立派なお貴族様の家の庭なんて、本来なら目にするどころか、足を踏み入れる事もなかったはずなんです。しっかり目に焼き付けておかないと。……ここ、全体的な色味や雰囲気も統一感があっていいですね」
「……お、お上り……。い、いやしかし、ラトレイア侯爵邸に半年いたんだろう。貴族の庭園などどこも大差ない、そんなに物珍しいものではないはずだ」
「全然違います。あの家の庭は、窓から見てるばっかで入れませんでしたし、色んな種類の花が山ほど植えてあってド派手でした。
勿論とても綺麗でしたよ? でも、日常的に見る庭の花壇がああまで極彩色だと、なんかこう、目が痛いというか、感性が麻痺しそうになると言うか。
たまに見る分なら、ああいう庭も「うわあ綺麗」って思いますけど……毎日見るんなら、正直こういう落ち着いた色合いの庭の方が好みです」
「……。そ、そういうものなのか……」
「はい。そういうものですよ」
庭園がよく見える場所を通り過ぎたので、ニアージュは周囲を見回すのをやめ、言われた通り足元に注意しながら歩いていく。
注意された側からすっ転ぶような、みっともない事態に陥る事は流石に避けたい。
それから改めて、歓待の為に玄関の外まで出てきてくれた、侍女や使用人達に目を向けてみる。
まだパッと見ではあるが、今の所ラトレイア侯爵家のように、お高く留まった雰囲気をまとった侍女もいないし、横柄さが言動の端々から滲み出ている使用人も見当たらない。大変、質がよさそうだ。
彼らや彼女らはみな、誰もが人当たりのいい穏やかな笑顔を浮かべ、主が押し付けられて連れ帰った初対面の妻(仮)にさえ、きちんとした敬意を持って接してくれる。
ニアージュとしては安堵の一言だった。
(よかった。この分なら、きちんと段階を踏んで接していけば、誰とでもそこそこ親しくなれそう)
この邸で働く者達は全て、人に仕える者としての教育が徹底されているのは勿論の事、元より人柄の良さを見込んで採用された人材ばかりなのかも知れない。
それに恐らくアドラシオンは、侍女や使用人達にただ給金を支払い、割り当ての仕事を任せて後は放ったらかすのではなく、定期的に各人とコミュニケーションを取っている。
そして、出てくる意見にも真摯に耳を傾け、主従としての信頼関係をきちんと築いているのだろう。
どっかのクソ偉そうな種馬男と違って、人の心を掴み、人を扱う術を心得ていると見ていい。
これぞまさしく、昔取った杵柄、とでも言うべきか。
かつての王太子教育の賜物である事に、違いはなさそうだ。
(こうして一部分を見るだけでも、以前はさぞ出来のいい王太子だったんだろうって察しが付くのに、たった一度の過ちで全部ご破算になるなんてね。お気の毒様としか言いようがないわ。
ていうか、そんなデキた人が両親に見限られて、廃太子にされるほど色恋沙汰にのぼせ上がるなんて、相手は一体どんな女だったんだか)
小さくため息をつきながら、邸の中へ入る。
アナと共に足を踏み入れた邸の内部は、過度な装飾や派手派手しい調度品などは一切置いておらず、エクステリア同様、シンプルながらも明確な気品と美しさを備えていた。
(……ま、それは私が考える事じゃないか。何より今はあの『旦那様』と、どの辺まで共犯として一緒にやって行けるのか、きちんと見定めないと。なんせ、今後の人生がかかってるんですからね)
ニアージュは改めて気合を入れ直しながら、案内されるまま応接室へ移動する。
いよいよアドラシオンとの話し合いと折衝、今後の目的と価値観のすり合わせを行う、最も重要な時を迎えようとしていた。
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