私が魔女になるまで

橘スミレ

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ポトフを食べながら、私はお姉さんに質問する。
「お姉さん、お名前はなんですか?」
あかねじゃ。其方は?」
恵里エリです」
名前は親が子に与える最初のプレゼントなら、これが最初で最後だろう。そう思うくらい生活環境は悪かった。
「そうか。ならば恵里、どうしてあんなところで寝ておった?あのままでは風邪をひくところじゃったぞ」
「それは……」
私は迷った。今まで受けた仕打ちを会ったばかりの人に話すべきか。まだ名前しか知らない。脳内を読んだように茜さんは
「見ず知らずの人間には話せない、そうじゃな?」
と問う。茜さんの問いに私はこくりと頷く。
「つまり妾を信用できる人と分かってもらえればいいのだな。ならば自己紹介じゃ」
思考がコロコロ回るのか彼女は口早に話す。
「妾は落ちこぼれの魔女じゃ。大昔、ちょいと事故を起こして最近まで封印されておった」
あれは大変じゃったよ、とわざとらしく笑っている。
「一週間程前に封印が解けたと思ったら誰もいない。仕方がないからこうしてひっそり暮らしておったのじゃ」
「そこに私がやってきたと」
「そうじゃ。封印されるまでのおよそ20年間の人生で2番目に驚いたわ」
ふふ、と笑う彼女は中身が20代とは思えないほど完全に成熟した大人の雰囲気を感じさせる。茜さんは続ける。
「妾を魔女にしてくれた師匠はな、初めて会った時にポトフを作ってくれたんじゃ。それでの、その師匠に言われたんじゃよ」
彼女はそこで一度言葉を区切った。
「何て言われたの?」
「秘密じゃ。ただ、今日初めてポトフを美味しくつくれた」
「えー、教えてよ」
一番気になることを教えてもらえないとモヤモヤする。私が駄々をこねていると、
「其方がなぜあそこに居たかを教えてくれれば、秘密を明かしてやろう」
とのこと。私は嵌められた。事情を聞き出す為に話で囲われた。私はおそるおそる話す。
「お父さんとお母さんの仲が悪くて、物心ついた時から家はギスギスしてたの。お父さんもお母さんもお互いみたいな馬鹿にならないようにって一杯勉強させられて大変だった。賢くはなったけど成績に一個でも2があったら次の学期まで夕飯抜きだし、テストで満点取らないと朝ごはん抜きだからいつも腹ペコで。その上ちゃんと勉強しないと叩かれたり、蹴られたりする。最近は包丁で刺されそうになる。髪の毛も切られた」
 そこまで言い切ると私は泣き出してしまった。辛かった。シンドかった。考えるだけで涙が溢れる。
 茜さんは私を後ろから覆いかぶさるように抱きつき、慰めてくれ た。
「お疲れ様。もうゆっくりしていいんだよ」
茜さんの黒いマントに包まれ、暖かい波に飲まれるように私は再び眠りについた。
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