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夕暮れテロリスト
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ポスティングのバイトを終え、住宅街を縫うように歩く。
この辺はやたらとマンションが多い。 同じような形で同じような色。
どんな気持ちでこの集団集落で生活をしているのか、その日暮らしの私には到底想像が出来なかった。
夕方に差しかかり、犬の散歩をする人が増えてきた。
どの犬もきれいにトリミングされた毛並みで、誇らしげに飼い主を引き連れ、尾をフリフリと歩いている。
秋の日差しが柔らかく照っていた。
私は背負っていた大きめのリュックサックからカメラを取り出す。
私は写真のコンクールに応募しようとしていた。
テーマは『幸せな暮らし』とのことだ。
父のお下がりの古い一眼レフを慣れない手つきで扱う。
私は賞金の五十万円が欲しかった。
背負っている借金やこれからの目標は特になかった。
でも働かずして楽してお金が欲しかった。 なのでバイト先から近いこの金持ちだらけの街を利用してやろうと思った。
「さあ、幸せっぷりを思う存分見せつけてくれ!」とファインダーを覗く。
とりあえず私は塀から顔を出す白い薔薇をレンズに収めようとした。
西陽で穏やかな表情に変わっていく薔薇。
この抽象的芸術がわかる審査員が果たしているかどうかだな!
と考えるとつい口の端が上がってしまう。
ピントをなかなか合わせられないでいると、頭上の遥か向こうから、
パーン!パーン!という音がひっきりなしに聞こえて来た。
シャッターを押すことを止め、空を仰ぐとマンションの高いところで布団を叩いている女性がいた。
「金持ちも布団を干すのか」と、ボーッと眺めていると布団がズルンと垂れ下がり、押さえる間もなく宙を舞った。
そしてすぐにどしんと地面に落下し、彼女は叫んだ。
「ちょっと!ちょっと!そこにいて!」
と、私はその女性に指を差されその場で硬直してしまった。
写真を撮られたと勘違いしていちゃもんをつけられるのではないか、賠償金を請求されたら賞金の意味がない、と悪い考えばかり浮かんだ。
するとすぐに女性がマンションから出て来た。
「ちょっと!布団運ぶの手伝って!」
「え!私ですか?」
女性は私と歳が変わらないくらいで、首元が伸びた無地のTシャツを着て蛍光ピンクのサンダルを履いていた。
「一人じゃ運べないでしょ」
鋭い目付きで射すくめられた私は、わけもわからず砂まみれの布団を彼女と一緒に抱きかかえエントランスを通った。
白いソファーとシャンデリアと青々とした観葉植物。足元はスニーカーにもかかわらず、カツカツと澄んだ音が鳴った。
彼女の寝癖は歩くたびに上下に揺れた。カードキーをかざすとエレベーターは私たちを異世界へと連れ去った・・・・のだと思う。
私がその後に見た風景は異常すぎるくらいだった。
ドアを開けると玄関が大量のゴミ袋で塞がれていた。
彼女は布団を抱えながらズンズン部屋の奥へと進んでいく。
私は何かにつまずいて布団を離すと洋服やパンティだらけの床の上に滑り込んだ。
「きゃあ!」
私は叫んだ。
私が躓いたのは段ボールだった。
破けた箱の中からりんごがゴロゴロと転がり、その先には人間用おむつを履いた巨大リクガメがいた。
首にかけたカメラを抱えながらへたり込み、私は言った。
「もう帰っていいですか」
リクガメがシャクシャクと音を立て、りんごを食べはじめた。
「お茶ぐらい飲んでいけばいいのに」
彼女は運んできた布団をバスルームに足で押し込み、湯呑みにペットボトルのお茶を注いた。
「いえ、大丈夫です」
教会の鐘が鳴った。
彼女は聞き馴染みのある賛美歌を歌った。
とても美しい声だった。
帰り際、彼女にりんごをいくつか持たされた。
異世界から解放され、私は元の住宅街を呆然と歩いていた。が、りんごの入ったビニール袋が視界入るたび先ほどの悪夢が何度も甦ってきた。
私は人が来ないのを見計らい、知らないマンションの敷地にりんごを全部投げ込み全力で逃げた。
この辺はやたらとマンションが多い。 同じような形で同じような色。
どんな気持ちでこの集団集落で生活をしているのか、その日暮らしの私には到底想像が出来なかった。
夕方に差しかかり、犬の散歩をする人が増えてきた。
どの犬もきれいにトリミングされた毛並みで、誇らしげに飼い主を引き連れ、尾をフリフリと歩いている。
秋の日差しが柔らかく照っていた。
私は背負っていた大きめのリュックサックからカメラを取り出す。
私は写真のコンクールに応募しようとしていた。
テーマは『幸せな暮らし』とのことだ。
父のお下がりの古い一眼レフを慣れない手つきで扱う。
私は賞金の五十万円が欲しかった。
背負っている借金やこれからの目標は特になかった。
でも働かずして楽してお金が欲しかった。 なのでバイト先から近いこの金持ちだらけの街を利用してやろうと思った。
「さあ、幸せっぷりを思う存分見せつけてくれ!」とファインダーを覗く。
とりあえず私は塀から顔を出す白い薔薇をレンズに収めようとした。
西陽で穏やかな表情に変わっていく薔薇。
この抽象的芸術がわかる審査員が果たしているかどうかだな!
と考えるとつい口の端が上がってしまう。
ピントをなかなか合わせられないでいると、頭上の遥か向こうから、
パーン!パーン!という音がひっきりなしに聞こえて来た。
シャッターを押すことを止め、空を仰ぐとマンションの高いところで布団を叩いている女性がいた。
「金持ちも布団を干すのか」と、ボーッと眺めていると布団がズルンと垂れ下がり、押さえる間もなく宙を舞った。
そしてすぐにどしんと地面に落下し、彼女は叫んだ。
「ちょっと!ちょっと!そこにいて!」
と、私はその女性に指を差されその場で硬直してしまった。
写真を撮られたと勘違いしていちゃもんをつけられるのではないか、賠償金を請求されたら賞金の意味がない、と悪い考えばかり浮かんだ。
するとすぐに女性がマンションから出て来た。
「ちょっと!布団運ぶの手伝って!」
「え!私ですか?」
女性は私と歳が変わらないくらいで、首元が伸びた無地のTシャツを着て蛍光ピンクのサンダルを履いていた。
「一人じゃ運べないでしょ」
鋭い目付きで射すくめられた私は、わけもわからず砂まみれの布団を彼女と一緒に抱きかかえエントランスを通った。
白いソファーとシャンデリアと青々とした観葉植物。足元はスニーカーにもかかわらず、カツカツと澄んだ音が鳴った。
彼女の寝癖は歩くたびに上下に揺れた。カードキーをかざすとエレベーターは私たちを異世界へと連れ去った・・・・のだと思う。
私がその後に見た風景は異常すぎるくらいだった。
ドアを開けると玄関が大量のゴミ袋で塞がれていた。
彼女は布団を抱えながらズンズン部屋の奥へと進んでいく。
私は何かにつまずいて布団を離すと洋服やパンティだらけの床の上に滑り込んだ。
「きゃあ!」
私は叫んだ。
私が躓いたのは段ボールだった。
破けた箱の中からりんごがゴロゴロと転がり、その先には人間用おむつを履いた巨大リクガメがいた。
首にかけたカメラを抱えながらへたり込み、私は言った。
「もう帰っていいですか」
リクガメがシャクシャクと音を立て、りんごを食べはじめた。
「お茶ぐらい飲んでいけばいいのに」
彼女は運んできた布団をバスルームに足で押し込み、湯呑みにペットボトルのお茶を注いた。
「いえ、大丈夫です」
教会の鐘が鳴った。
彼女は聞き馴染みのある賛美歌を歌った。
とても美しい声だった。
帰り際、彼女にりんごをいくつか持たされた。
異世界から解放され、私は元の住宅街を呆然と歩いていた。が、りんごの入ったビニール袋が視界入るたび先ほどの悪夢が何度も甦ってきた。
私は人が来ないのを見計らい、知らないマンションの敷地にりんごを全部投げ込み全力で逃げた。
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