ハニートリップ

Maybetrue Books

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かなびす書店

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 先ほど客から買い取った本を仕分けしながら男は鼻をぐずぐずと鳴らしドレッドの頭を掻いた。

先ほど来店した老人は大正時代の医学書を十冊と昭和時代のアイドルのグラビア本を二冊売りに来た。
グラビア本をはらはらとめくると黄色い水着の見たことのない女性が笑顔で写っていた。

「黄色はまず良いとして・・・・セパレートしろ、セパレート」
 男はそれを閉じてその辺の本の山に積み重ねた。

男は恋人のことを思い出した。
恋人はとても気立てがよいアメリカ人で、ビキニが似合うナイスバディだった。
男はアメリカに戻りたくなった。

でも恋人とはもう破局していて二度と会うことはなのだが。

 父親が死んで日本に戻ってきたものの、男は働き口がなかなか見つからず、父親の経営していた古本屋を継ぐことにした。
楽だと思ったからだ。
確かに楽だが、本の売れ行きが悪かった。

 買い取り依頼の客は多かった。
割と安値で買い取っていたはずなのだが、色々と積み重なってあっという間に店が赤字になってしまった。

「店の名前、変えなきゃ良かったかな」


 ここ、《かなびす書店》は元々は《すずらん書店》だった。

男はこの商店街にビッグなニューウエーブを起こしたかった。
この店の影響で古本に興味がなかったはずの若者がたちまち古本に目覚め、店の売り上げは過去最高。
そんなことを想像していた。

 店の看板は赤や緑や黄色に彩られていた。男はアメリカで学んだタイポグラフィで自らペイントした自慢の看板だった。

 「サーフィン、してぇなぁ」
 外は雪が降っていた。
しばらく客が誰一人と来なかった。
ストーブが鳴ったので男はレジの裏で灯油を入れていた。

 その時、ガラガラと店の引き戸が鳴った。男が振り向くと若い女が入ってきた。

「いらっしゃい」と男は呟いた。
女は「ここ、あったかいですね」と言って赤い手袋を脱ぎ、紺色のコートのポケットに入れた。
「まぁ、はい」と、男は再びストーブをつけた。

女は曇った眼鏡を袖口で拭いた。そして
「あの、画集って置いていますか」と、女は尋ねた。
「ありますよ、誰の画集ですか」
「ジャクソンポロックと、バスキアの画集を探しています」

男は彼女の顔を見て少し考え込んだが、すぐに置いてある場所が浮かんだ。

「こちらにありますよ。状態は今ひとつですので欲しいのならお安くしますよ」
男はレジの近くの棚から何冊か取り出した。女は驚き、
「どうしてこんなに揃ってるんですか?」と尋ねた。

すると男はレジカウンターに入り、先ほど買い取った医学書をはらはらとめくりながら
「それ、元々はボクのです。なので五百円です」と答えた。

男が若い頃アメリカに旅立った本当の理由は画家を目指していたからだった。

 女は申し訳なさそうに画集を購入した。何度も「本当にいいんですか」と確認した。
「いいんです」と男は答えた。


 帰り際、女は「看板、素敵ですね」と言い、去っていった。

 ビュウと冷たい風が店内をぐるりと吹き抜けた。
閉まった引き戸を見つめながら男はしばらく立ちすくみ、ドレッドの頭を掻いた。
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