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雨宿り
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男は仕事の営業で寄った若者だらけのファッションビルから出てきた。
外が雨なのは知っていたがこれほどまでに土砂降りだとは思わなかった。
台風が近づいているらしい。
駅に向かって歩いていたが、一瞬の強風でビニール傘がグニャリと折れ、役に立たなくなってしまった。
男はスーツを濡らしながら小さな喫茶店のシェードの下に入った。
折れた傘を無理やり畳んでいると、チョコレートのような匂いがふわっと漂ってきて隣を見た。
すると髪を灰色に染めた少女が濡れた髪の毛先を手で梳かしながら煙草をふかしていた。
男も思い出したようにハンカチで自分の顔や濡れた頭を拭いた。
今日は直帰させてもらうしかない、と男はその場で会社に一本電話を入れた。
電話を終えると男は視線を感じた。
それは少女の視線だった。
恐る恐る様子を伺うと、少女の短くなった煙草と派手すぎるぐらいの赤い口紅が目に入った。
「あのー」
最初に口を開いたのは少女の方だった。
「はい?」
少女ははにかみながら男に尋ねた。
「あの、さっき上の映画館のポスターの前にいましたよね」
「あ、はい」と男は答えると少女は「やっぱり!」と手を叩いた。
「あの映画、超マイナーすぎて客全然いないし、もう今回であの監督の新作映画日本で観れないんじゃないかなって思って。観ました?それか、今度観る系かな?」
少女は煙草を灰皿に放り込むと男に笑顔を向けて一歩歩み寄ってきた。
男は少し驚いたが「あの映画、どうだったかな。面白いかな」と、慎重に言葉を選びながら少女と会話を続けようとした。
「あたし的にはー、あの監督好きで、超面白いんだけど。周りの友達とかがやっぱああいうの無理っぽくて」
「はぁ、そっか」
「あの監督の映画には、個人的に救われてるっていうか・・・・あ、おじさ、お兄さんは、あの監督好き?ていうか知ってる?」
「知ってるよ」
「マジ?」と少女はまた手を叩いた。
そして「ちょっと中で駄弁ろ!」と言い出した。
いやいや、と遠慮する男。
それを遮り、いいからいいから!と笑いかける少女。
男はついに根負けして少女と喫茶店に入った。
喫茶店のテーブルに肘をつきながら少女は好きな映画についてとめどもなく喋った。
「あたし、実は映画作る学校通ってんの、シナリオ書いたり、たまにカメラも回すの」
「へぇ」
少女は話しながらココアの上のソフトクリームをスプーンですくい、幾度も忙しなく口へ運んでいた。
「おじ、お兄さんはサラリーマンなわけ?」
そうだよ、と男は答えた。
「君、寒くないのかい」
男はホットコーヒーをゆっくりと飲んだ。
「平気、平気」
と少女は言った。
もう雨は止んでいた。
男は壊れた傘を持て余しながら少女と駅に向かった。少女は薄暗がりの中、水たまりをスキップするように交わし歩いた。
男は少女の足元で弾ける飛沫を目で追った。
「すっごい映画詳しくてびっくりしちゃった、お兄さん、マジで映画好きなんだね」
「そうだね、好きだね」と男は頷いた。
「なんか、ご馳走になっちゃったね。ありがとう」
「いいよ、僕はこれでも働いているからね」と男が言うと少女は「サボりじゃないの?」とニヤニヤと大きめの八重歯を見せた。
「あたしたちなかなかドラマチックな出会いだったね!」
少女はそう言うと男に手を振り、改札の中に消えていった。
残された男は「さて、困ったものだ」と呟き、彼女の好きな映画の興行成績を上げるプランを練るため、会社へ戻った。
外が雨なのは知っていたがこれほどまでに土砂降りだとは思わなかった。
台風が近づいているらしい。
駅に向かって歩いていたが、一瞬の強風でビニール傘がグニャリと折れ、役に立たなくなってしまった。
男はスーツを濡らしながら小さな喫茶店のシェードの下に入った。
折れた傘を無理やり畳んでいると、チョコレートのような匂いがふわっと漂ってきて隣を見た。
すると髪を灰色に染めた少女が濡れた髪の毛先を手で梳かしながら煙草をふかしていた。
男も思い出したようにハンカチで自分の顔や濡れた頭を拭いた。
今日は直帰させてもらうしかない、と男はその場で会社に一本電話を入れた。
電話を終えると男は視線を感じた。
それは少女の視線だった。
恐る恐る様子を伺うと、少女の短くなった煙草と派手すぎるぐらいの赤い口紅が目に入った。
「あのー」
最初に口を開いたのは少女の方だった。
「はい?」
少女ははにかみながら男に尋ねた。
「あの、さっき上の映画館のポスターの前にいましたよね」
「あ、はい」と男は答えると少女は「やっぱり!」と手を叩いた。
「あの映画、超マイナーすぎて客全然いないし、もう今回であの監督の新作映画日本で観れないんじゃないかなって思って。観ました?それか、今度観る系かな?」
少女は煙草を灰皿に放り込むと男に笑顔を向けて一歩歩み寄ってきた。
男は少し驚いたが「あの映画、どうだったかな。面白いかな」と、慎重に言葉を選びながら少女と会話を続けようとした。
「あたし的にはー、あの監督好きで、超面白いんだけど。周りの友達とかがやっぱああいうの無理っぽくて」
「はぁ、そっか」
「あの監督の映画には、個人的に救われてるっていうか・・・・あ、おじさ、お兄さんは、あの監督好き?ていうか知ってる?」
「知ってるよ」
「マジ?」と少女はまた手を叩いた。
そして「ちょっと中で駄弁ろ!」と言い出した。
いやいや、と遠慮する男。
それを遮り、いいからいいから!と笑いかける少女。
男はついに根負けして少女と喫茶店に入った。
喫茶店のテーブルに肘をつきながら少女は好きな映画についてとめどもなく喋った。
「あたし、実は映画作る学校通ってんの、シナリオ書いたり、たまにカメラも回すの」
「へぇ」
少女は話しながらココアの上のソフトクリームをスプーンですくい、幾度も忙しなく口へ運んでいた。
「おじ、お兄さんはサラリーマンなわけ?」
そうだよ、と男は答えた。
「君、寒くないのかい」
男はホットコーヒーをゆっくりと飲んだ。
「平気、平気」
と少女は言った。
もう雨は止んでいた。
男は壊れた傘を持て余しながら少女と駅に向かった。少女は薄暗がりの中、水たまりをスキップするように交わし歩いた。
男は少女の足元で弾ける飛沫を目で追った。
「すっごい映画詳しくてびっくりしちゃった、お兄さん、マジで映画好きなんだね」
「そうだね、好きだね」と男は頷いた。
「なんか、ご馳走になっちゃったね。ありがとう」
「いいよ、僕はこれでも働いているからね」と男が言うと少女は「サボりじゃないの?」とニヤニヤと大きめの八重歯を見せた。
「あたしたちなかなかドラマチックな出会いだったね!」
少女はそう言うと男に手を振り、改札の中に消えていった。
残された男は「さて、困ったものだ」と呟き、彼女の好きな映画の興行成績を上げるプランを練るため、会社へ戻った。
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