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08.
ガーデン
しおりを挟む花が好きだった。
幼い頃、かくれんぼをしていて迷い込んだあの庭には大きな花のトンネルがあった。
朝露に濡れた青々とした葉たちと淡い花びらの曲線に圧倒され、私は脚を震わせながら、夢中で全てを視界に入れようと頭をくらくらさせ見渡した。
足元には小さく白い花が咲いていて、花を避けるように爪先で歩んでいく。
様々な色の花たちが宝石のように輝いている。いけないことをしている気持ちより好奇心の方が強くあった。
もっと先へ行きたい—
トントンと、肩を叩かれ目を開けた。
「終わったよ、前半戦ね」
私はいつの間にか眠っていたようだ。
「やっぱり女の子の方が痛みに強いね。昨日の輩なんて、イテェイテェってうるさくて」
「はは」
「朝、飯食った?」
男は大きな背中を向けタトゥーマシンやベット周りに消毒を施しながら訪ねてきた。
「いいえ、あんまり」
「食った方いいよ、食わないと痛みも強く出るし、傷の治りも遅くなる」
彼は私を昼食に誘ってくれた。
ゆっくりと傷口に触れないように着替える。ショートパンツから覗く脚の筋彫りは見事なものだった。
タトゥースタジオを出て男とカレー屋に入った。
男は腕まくりをし、カレーに入っているナスだけをスプーンで拾い、ポイポイと私の皿に投げ込んできた。
「嫌いなんですか」
と尋ねると
「人間の食いもんじゃないね」
と、刺青だらけの大男は言った。
午後は脚の筋彫りに色を入れていく。
「どんな色だったの?」
「あの、宝石みたいに光ってて、色んな色って感じで」
「ふーん、おまかせってことか」
夜遅くまで施術を受けた。
「また二週間後!」と男は長時間の作業に疲れたようで、目をしぱしぱさせながら手を振り見送ってくれた。
それから三ヶ月後、私の左足には美しく咲き乱れる花々が刻まれた。
「ちょっと座って膝立ててみて」
男からそう促され、私はそっとベットに脚を上げ、膝を立てた。鏡に映る様は—
「花の、トンネル?」
私は目を大きく見開いた。昔見たあの景色にそっくりだった。
「そう、気に入ったかな」
私は小さくうなづいた。すると男は続けた。
「どこにでもお行きなさい。疲れた時、悩んだ時、いつも思い出の中で守られる」
彼がそう言うと私の目から大粒の涙が溢れ、身体が温かい光に包まれた。
「これは、どういうこと?何が起きているの?」
私は慌てて自分の体に触れた。手のひらの感覚がどんどんなくなっていった。
涙が止まらなかった。でも不思議と恐怖心はなく、とても満たされた気持ちだった。
「君が迷い込んだのは天国の途中だよ」
男がそう言うと、私を包んでいた光は弾け、私もこの世から消えた。
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