リサとアルクラ

果桃しろくろ

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03 いいなぁ

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 結論から言うと、母親の竜は帰ってこなかった。
 その事に、私はとても安心する。――これで、黒竜は私のモノになったと思えたから。

 私は、黒竜に“アルクラ”と名付けた。
 神話の黒竜の名前だ。

 アルクラとの生活は不思議な事だらけだった。

 アルクラは私の世話を甲斐甲斐しくしてくれた。
 初めの頃は獣を狩ってきてくれたが、例の出来事により肉が食べられなくなった私は、肉の塊をみただけで吐いた。野草などの知識もなく、食事に困り2,3日は餓えて暮らした。

 ある日、アルクラが色々な食材を持ってくるようになった。生ものばかりだったけど、お腹を空かせていた私は泣きながら食べ、案の定お腹を壊した。生ばかり嫌だ。料理がしたいと思うと、火を起こす道具や、簡単な調理道具まで用意されていた。アルクラに「どうしたの?」と、きいても首をかしげて「ぎゅるりん」という。まぁ、竜がいる世界だからそういう不思議な事もあるのかなと思う事にし、深く考えるのをやめた。

 私は、いつの間にか用意される食材などを使って、せっせとアルクラに簡単な料理を作った。野菜を切って煮るか焼くか炒めるだけしか出来なかったが、アルクラは文句も言わずに食べてくれた。

 そして、一番不思議な事が起こった。アルクラが人間の姿になったのだ。しかも、恐ろしいくらい美形な子供に。
 全裸で、しかも推定10歳くらいになった男の子らしき子供に私は慌てふためいたのも思い出。

 1年もたつとアルクラは私よりも年上に見える容姿になり、人間離れした美しさに磨きをかけていた。言葉も私と同じ言葉を使い、めったに黒竜の姿にならなくなった。私の作る料理の真似事をして、いつの間にか私よりも料理上手になる始末。

 隣に並ぶと、見上げないと顔がみれない。ほんの少し前までは、そんな事をしなくてもよかったのに。いつも愛おしそうに私を見つめる姿、その眩しさに私は目をしばめて――染みついていた劣等感が、私を包み込むのを感じた。

 いつも離れようとしない、何でもできる、してくれる保護者の様な存在になってしまったアルクラに嫌気がさし、一人目を盗んで森に出かけた。唯一の私の仕事「料理」まで奪い、最近では何もさせてもらえない。やっと見つけたと思った守るべきものは、私がいなくてもなんでもできて、グイグイと私の心の奥の痛いところを突いてきた。

 欲しがるだけの、役立たず。

 蓋を閉めて隠していた感情が隙間から溢れ出てきた。――アルクラなんて、私がいなくなって慌てて困ればいい。あの余裕な顔が歪めばいい。獰猛な動物に殺された私の姿をみて心に傷を負えばいい。

 目的地もなく、ただ歩いていただけで疲れはてた私は、近くにあった木に背を預けて座り込む。うとうととしていると、騎士らしき人の集団に保護をされてしまった。

 その中のリーダー格であろう、飛びぬけて豪華な服装の騎士が、私の前で膝をついた。すると、他の騎士たちもそれにならって膝をつく。
 優雅で高貴漂うオーラを放ち、私をお姫様かなにかと勘違いしているのか至極丁寧に扱われた。そして、私を城に連れて帰ろうとかなんとか、ギフトがなんとか、先に仲間がなんとか、よくわからない事を一方的に捲し立てていく。

 私は、話よりも彼の着ている軍服や、腰にぶら下げているキラキラした高価そうな剣に思考を奪われる。アルクラならもっと似合うだろうとぼんやりと。そして、彼らは、私やアルクラみたいに半分の野宿の生活じゃなく、柔らかなベッドの上で寝起きできる、お城のような所に住んでいるんだろうとも。

 いいなぁ。

 妄想が終了した頃、彼らに腕をとられ、無理矢理馬に乗せられそうになっていた。私は慌てて抵抗し、自然と口から「アルクラ」と出た。

 瞬きする間もなく、アルクラが迎えにきてくれ事なきを得たのだ。彼らを残し、すぐに住み家に連れ帰られる。
 その日の夜、アルクラに腹を立てていたのをすっかり忘れていた私は、この世界で初めて見る人間の姿に興奮し、お城は凄そうだ、剣を腰にさしていいてカッコよかったと、不機嫌なアルクラに話続けていた。

 朝。

 アルクラが得意気に、キラキラした軍服を着て、腰にキラキラした剣をぶらさげ、私に微笑んでいた。
 無性に腹が立って、思いっきりアルクラの足を踏んづけたけど――内心は……思った通り、アルクラの方が似合っていると、一人でゴチていた。



 アルクラが、見せたいものがあるというので、久しぶりに外にでる事になった。

 あの騎士団と会って以来、一か月振りの外出に私はワクワクしていた。
 竜に戻ったアルクラの背に乗せてもらっての移動中。大きな市場が見えたので渋るアルクラに頼み込み下におろしてもらった。

 アルクラと並んで歩き、色々なものをみる。最初は目に入る珍しいモノにばかりに気を取られていたが、徐々に違和感に気付く。視線が痛いのだ。

 アルクラの並外れた美しさを慣れきり、久々に他人との輪の中にはいる私は、他の人がアルクラを見て、そして大事に扱われている平凡すぎる私を見て、他人がどう思うのか。判断力がなくなっていた事を思い知る。

 アルクラとほんの少し離れただけで、次々に色々な人が、私に苦言を言わずにはいられないらしい。女はもちろんの事、男にまで私の心は容赦なく攻撃された。

 平和だったアルクラと私の二人だけの世界。
 忘れていた。外に出ると、私は。私は。


 涙が一粒。私の頬をたれた時。


 景色が変わった。

 さっきまであったお店は消え、私にむかって暴言と唾をはきかけた女の集団は黒い消し炭。
 ニヤニヤしてその様子をみていたギャラリーは塵となって風にふかれていた場所に黒いシミを残しただけだった。

 そして
 一粒の涙を拭ったのはアルクラ。

 私の足元に膝ざまつき、これを買ってきたから遅れた。と、左足首に巻きつける。

 「音が鳴るから。どこでもリサの場所がわかる。辛かったらこれを鳴らして、すぐにかけつけるから」

 ――と。

 私を抱き上げ、シャラン、シャランと動く度に奏でる私の足を大事そうに見つめた後、アルクラは半分崩壊したお城に連れて行ってくれた。

 お城の所かしこにある紋章が、アルクラの腰にさしてある剣についてある紋章と同じと気付くのはずっと先の事。


 何も変わらない私とアルクラ。
 時々、城に人が攻めてきて、周りに炭跡が増えていった。
 いくつもの村を黒く焦がし、時には街や城を焦がした。

 アルクラは魔王といわれるようになった。


 魔王と人間から恐れられても、私に優しいアルクラ。
 アルクラが人を殺すのは私の為。
 アルクラが街を焼くのは私の為。
 アルクラが魔王と恐れられているのは私のせい。
 何もできない、私のせい。
 全部、欲しがるだけの、私のせい。


 今日も私の為にアルクラがスープを作り、私はそれを食べるだけ。


 2人ぼっちの城の中で。

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