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第二章
11-2.救いの手
しおりを挟む どれだけの間、シーツの中に籠もっていたのか。
眠気もなければ、空腹感もない。薄暗い中で目を瞑っても、繰り返されるのは悪夢と称した出来事ばかり。
時計のないこの部屋では聞こえるのは、自分の鼓動と呼吸ばかり。
それは、ようやくシーツから顔を出し、天井を仰いだとて変わることはない。
男から距離を取っても、クラロが考えることを止めない限り、これらの行為に意味はないのだ。
分かっているのに、頭の中は同じ光景が映し出されたまま。突き放される身体。見つめる視線。囁きかける声。
クラロが認識するよりも前のこと。彼と会ってしまってからのこと。……そして、この先のこと。
考えるほどに近づいてしまうのに、どうしたって振り払えない。時間がかかるほどに誤魔化す術を失うのに、抗うことができない。
否定しなければいけない。依存しているからだと、そう仕向けられたのだと。
逃げ道を塞がれ、奪われ、あの男のそばにいなければ危険な状況に追い詰められて。近くにいなければ自分が終わるから、ずっと恐れていた最期が来てしまうから。
自分で死ぬことだってできなくて。そもそも、死にたいはずが、なくて。
でも、それを迎えるぐらいならば、死んだ方がマシで。だから、ずっと、逃げたくて。
もう前のようには戻れない。下級に紛れて生き延びることもできない。淫魔を騙し続けることも、立ち向かうことも、できない。
クラロの実力では敵わない。分かっていた。分かっていたから、これまでずっと逃げてきたのに。
助けてほしいと言われても、クラロしか立ち向かえないと縋られても、勝てないと知っていたから。それでも、そう望まれていたから。応えなければ居場所がなかったから、だから、だから、
こうやって追い詰められているクラロに、あんなに優しい声をかけるのだって、懐柔させるためだ。弱っているところに優しくされれば、獣だって懐いてしまうから。
それが信じてはいけない相手だと理解していても、そうだと言ってくれる人は誰もいなかったから。
だから、依存している。そうなるように仕向けられている。クラロを手に入れて、彼の事しか考えられなくなって、支配しきって。
そうして、捨てた後の絶望さえも愉しむために。クラロを信じさせる為だけに。
奴らは淫魔だ。人ではなく、魔物。どれだけ姿形が似ていたって、理解することはできない。
どれだけ本気に見えたって、それは全部演技だ。愉しむためなら何だってする。それこそ、何年だって待てるだろう。
クラロを助けたのだって、獲物が横取りされたくなかったから。
無理矢理囲うよりも、自らの意思で傍にいたいと思わせる方が手間ではないから。
だから……だから、ダメだ。
信じてはいけない。騙されてはいけない。
信じてしまえば、終わりが来てしまう。道具のように、ただの肉の袋として使われて、最期は自分の両親と同じようになってしまう。
それが怖かったから逃げていた。違う、今だって怖いから逃げているんだ。
だから、あの男は関係ない。違う。自分が怖いのは、あの男じゃ、ない。
息を吸って、吐き出して。酸素が満ちても虚しく、重く。目の奥が痛んで、目蓋を閉じる。
眠れば何も考えずに済む。だけど、またあの悪夢を見るのは嫌で、怖くて。
疲れているのに休まらなくて、ただゆっくりと、追い詰められていく。
呼びかける声が頭から離れない。大丈夫だと囁く声が、クラロをここまで堕とした男の声が、ずっと。
抱きしめられる感触も、頭に触れる指も、背を撫でる手も、思い出したくないのに、冷たい。
拒否しなければならないのに、ここにないことが辛くて。少しでも温もりを埋めるよう、膝を寄せる。
考えたくない。気付きたくない。苦しい。辛い。解放、されたい。
でも、解放されるとしたら、それは、
「――クラロ様」
ノックの音、呼びかける女の声、耳慣れない響きに身体が強張る。
シーツから抜け出し、見つめた扉は開かず。だが、確かにその前に立っているだろう人物。
引っ張り出した記憶に浮かぶのは、眼鏡越しの強い憎悪。王室付きの、あの女性。
「お休みのところ失礼致します。ウェルゼイ様がお呼びです」
扉の前に立ち、耳を澄ませたところでクラロに気配は探れない。だが、それが嘘である確信だけを強く抱く。
「アスリモディア様は?」
「局長は多忙のため、私が代理で参りました」
「……今日は、部屋で休みたいと伝えてください」
分かりやすい嘘だ。休むと伝えている以上、アモルであっても呼びにくるはずがない。
どうしても連れて行かなければならないのなら、ウェルゼイ本人が来ているはずだ。
なんて、疑いもしないこと自体、騙されているのかもしれない。
……だが、彼女を信じられる要素は、それこそ一つだってない。
「では、せめてこちらを」
扉の下から畳まれた紙が差し込まれ、受け取ったそれを眺める。魔術がかけられた形跡はない。そもそも、こんなところで危害をくわえるほど相手も馬鹿ではないはず。
だが、紙を開いたところで、目を開く。綴られた文字はほんの少し。逃げたいのだろう、と。
分かりやすい罠だ。騙されるのなんて、それこそ馬鹿でしかない。
なのに、揺らぐ。クラロが望んでここにいないと知られていることを。彼から逃げたがっていると気付かれていることを。そのうえで、話を持ちかけられている現状に。
「あなたにとっても、良い話かと」
淫魔など信じてはいけない。それも、明らかに敵意を抱いている相手なんて。
それなのに足は部屋の中央に戻り、渡された紙に文字を増やす。再び向かった扉の先、捻じ込んだ紙は、すぐに拾われ……鼻で笑う音。
「すでに対策はしている。そうでなければ、わざわざお前の所にまで来るはずがないだろう」
ウェルゼイに聞こえていると。そう伝えた紙が燃やされる音が僅かに届く。もはや演じる理由はないと判断したのか、声に混ざるのは侮蔑と呆れ。
この部屋に辿り着いた時点で、なにかしらの魔術をかけていたのだろう。
「……ウェルゼイ」
防音か、認識阻害か。確かめる方法ならあると、小さく吸った息で紡ぐのは男の名前。
見つめた指輪が熱くなることも、声がすることもなく。小さな沈黙は、クラロの方から破られる。
「なぜ、俺に協力を?」
「勘違いをするな。貴様と我々の利害が一致しただけ。そうでなければ、奴隷などと話をするはずがないだろう」
扉越しでも分かるほどに、その声は憎しみと呆れに満ちている。我々、……つまり、これを計画している淫魔が他にもいる。
何の目的で、なんて。手繰り寄せる必要もないほどに明らか。
「俺が目障りなら、殺す方が早いでしょう」
「忌々しい規則がなければとっくにそうしている。そもそも、お前一人を殺すために、私があのお方の信頼を失うなどあってはならない。……貴様が、不相応にもウェルゼイ様の専属になどならなければ、こんな手間をかけずに済んだのだ」
歯を食いしばる音は、扉越しでも聞こえるほど。
前にクラロを森に転移させたのも、彼女たちだろう。簡単にいなくなるはずだった邪魔者が、今では専属奴隷。それどころか、恋人なんて枠に収まろうとしている。
だが、殺せないと分かった以上、クラロの願いを逆手に取り、協力させようとしている。
誰にとっても、クラロが専属になったことも、それだけ固執していることも想定外のこと。
ウェルゼイ以外、誰も望んでいない展開。ここでクラロさえいなくなれば、全てが上手くいく。
クラロはこの恐怖から解放され、淫魔たちは目的を果たせる。そう、利害は一致している。
本当に逃げられるのなら。本当に、この計画に勝算があるのなら。
……ここでクラロを、騙すことさえできたのなら。
「貴様のような矮小な存在を、我々が助けてやると言っているんだ」
そう、理解している。クラロは一人では逃げられない。あの男から逃げ切るためには、それこそ同じ淫魔の力がなければ不可能だ。
首謀者の力量こそ不明。だが、複数ならば、まだ可能性はあるだろう。
「どうやってウェルゼイ様の目を欺くつもりで?」
「近々、あのお方はここを離れる。お前は同行を断り、我々の指示に従うだけでいい。馬鹿でもできることだ」
言われた通りでいいなら、確かに馬鹿でもできることだ。モノ以下の、それこそ従うしかない奴隷にだって。
「貴様ごときが、いつまでもあの方の傍にいられるとは思っていないだろう?」
核心を突かれ、引きつった息はすぐにほどける。
いつか、必ずその時は来る。あの男が満足した時こそ、クラロの終わりなのだ。
逃げられるチャンスは、本当にこれで最後。
罠だ。分かっている。それでも――嗚呼。
「……ええ。ええ、その通りです。ようやく分かっていただける方と出会えるなんて」
笑う声が聞こえる。騙されたことを喜ぶ音が、所詮は奴隷と蔑む音が。馬鹿はお互い様だと、クラロの笑う音が、重なる。
「貴方様の言う通り、俺のような存在がウェルゼイ様の傍に居座るなどあってはならないこと。ただ目にかけていただいているだけでも大層なことなのに、そのうえ専属だなんて。ですが、俺一人の力ではどうにもならなかったことを、貴方様ならご理解いただけるはずです」
ただの奴隷として可愛がっているなら、まだ目を瞑ったのだろう。
本当に他の淫魔と同じような扱いの専属であれば、彼らもこんな手段にはでなかった。
故に、彼らから見ても、ウェルゼイの行動は異常なのだ。盲信していないレニウスや、ラディアでさえも指摘するほどに。
突きつけられている。誤魔化せない。これ以上は、逃げられなくなってしまう。
だからこそ、これが最後。クラロが逃げられる、最後の機会。
「私たち奴隷は、淫魔様に尽くすために生かされている存在。どれだけ不相応であろうと、命令された以上従う他なかったのです。……まさしく、貴方様こそ、ウェルゼイ様を正しき道に戻せる方」
瞳は左手に落ち、鈍く光る赤に捉えられる。
そう、これ以上誤らないうちに。突き通されるよりも先に。自分からその手を離さないといけない。
だって、そうしなければ、ダメだから。
「……ですが、その為にまず、対処しなければならないことがあります」
「なんだ」
指輪から扉へ、揺れる瞳を定めるために見据えたノブの冷たい光。
そこに映る自分の顔を認識するよりも先に、扉は開かれた。
眠気もなければ、空腹感もない。薄暗い中で目を瞑っても、繰り返されるのは悪夢と称した出来事ばかり。
時計のないこの部屋では聞こえるのは、自分の鼓動と呼吸ばかり。
それは、ようやくシーツから顔を出し、天井を仰いだとて変わることはない。
男から距離を取っても、クラロが考えることを止めない限り、これらの行為に意味はないのだ。
分かっているのに、頭の中は同じ光景が映し出されたまま。突き放される身体。見つめる視線。囁きかける声。
クラロが認識するよりも前のこと。彼と会ってしまってからのこと。……そして、この先のこと。
考えるほどに近づいてしまうのに、どうしたって振り払えない。時間がかかるほどに誤魔化す術を失うのに、抗うことができない。
否定しなければいけない。依存しているからだと、そう仕向けられたのだと。
逃げ道を塞がれ、奪われ、あの男のそばにいなければ危険な状況に追い詰められて。近くにいなければ自分が終わるから、ずっと恐れていた最期が来てしまうから。
自分で死ぬことだってできなくて。そもそも、死にたいはずが、なくて。
でも、それを迎えるぐらいならば、死んだ方がマシで。だから、ずっと、逃げたくて。
もう前のようには戻れない。下級に紛れて生き延びることもできない。淫魔を騙し続けることも、立ち向かうことも、できない。
クラロの実力では敵わない。分かっていた。分かっていたから、これまでずっと逃げてきたのに。
助けてほしいと言われても、クラロしか立ち向かえないと縋られても、勝てないと知っていたから。それでも、そう望まれていたから。応えなければ居場所がなかったから、だから、だから、
こうやって追い詰められているクラロに、あんなに優しい声をかけるのだって、懐柔させるためだ。弱っているところに優しくされれば、獣だって懐いてしまうから。
それが信じてはいけない相手だと理解していても、そうだと言ってくれる人は誰もいなかったから。
だから、依存している。そうなるように仕向けられている。クラロを手に入れて、彼の事しか考えられなくなって、支配しきって。
そうして、捨てた後の絶望さえも愉しむために。クラロを信じさせる為だけに。
奴らは淫魔だ。人ではなく、魔物。どれだけ姿形が似ていたって、理解することはできない。
どれだけ本気に見えたって、それは全部演技だ。愉しむためなら何だってする。それこそ、何年だって待てるだろう。
クラロを助けたのだって、獲物が横取りされたくなかったから。
無理矢理囲うよりも、自らの意思で傍にいたいと思わせる方が手間ではないから。
だから……だから、ダメだ。
信じてはいけない。騙されてはいけない。
信じてしまえば、終わりが来てしまう。道具のように、ただの肉の袋として使われて、最期は自分の両親と同じようになってしまう。
それが怖かったから逃げていた。違う、今だって怖いから逃げているんだ。
だから、あの男は関係ない。違う。自分が怖いのは、あの男じゃ、ない。
息を吸って、吐き出して。酸素が満ちても虚しく、重く。目の奥が痛んで、目蓋を閉じる。
眠れば何も考えずに済む。だけど、またあの悪夢を見るのは嫌で、怖くて。
疲れているのに休まらなくて、ただゆっくりと、追い詰められていく。
呼びかける声が頭から離れない。大丈夫だと囁く声が、クラロをここまで堕とした男の声が、ずっと。
抱きしめられる感触も、頭に触れる指も、背を撫でる手も、思い出したくないのに、冷たい。
拒否しなければならないのに、ここにないことが辛くて。少しでも温もりを埋めるよう、膝を寄せる。
考えたくない。気付きたくない。苦しい。辛い。解放、されたい。
でも、解放されるとしたら、それは、
「――クラロ様」
ノックの音、呼びかける女の声、耳慣れない響きに身体が強張る。
シーツから抜け出し、見つめた扉は開かず。だが、確かにその前に立っているだろう人物。
引っ張り出した記憶に浮かぶのは、眼鏡越しの強い憎悪。王室付きの、あの女性。
「お休みのところ失礼致します。ウェルゼイ様がお呼びです」
扉の前に立ち、耳を澄ませたところでクラロに気配は探れない。だが、それが嘘である確信だけを強く抱く。
「アスリモディア様は?」
「局長は多忙のため、私が代理で参りました」
「……今日は、部屋で休みたいと伝えてください」
分かりやすい嘘だ。休むと伝えている以上、アモルであっても呼びにくるはずがない。
どうしても連れて行かなければならないのなら、ウェルゼイ本人が来ているはずだ。
なんて、疑いもしないこと自体、騙されているのかもしれない。
……だが、彼女を信じられる要素は、それこそ一つだってない。
「では、せめてこちらを」
扉の下から畳まれた紙が差し込まれ、受け取ったそれを眺める。魔術がかけられた形跡はない。そもそも、こんなところで危害をくわえるほど相手も馬鹿ではないはず。
だが、紙を開いたところで、目を開く。綴られた文字はほんの少し。逃げたいのだろう、と。
分かりやすい罠だ。騙されるのなんて、それこそ馬鹿でしかない。
なのに、揺らぐ。クラロが望んでここにいないと知られていることを。彼から逃げたがっていると気付かれていることを。そのうえで、話を持ちかけられている現状に。
「あなたにとっても、良い話かと」
淫魔など信じてはいけない。それも、明らかに敵意を抱いている相手なんて。
それなのに足は部屋の中央に戻り、渡された紙に文字を増やす。再び向かった扉の先、捻じ込んだ紙は、すぐに拾われ……鼻で笑う音。
「すでに対策はしている。そうでなければ、わざわざお前の所にまで来るはずがないだろう」
ウェルゼイに聞こえていると。そう伝えた紙が燃やされる音が僅かに届く。もはや演じる理由はないと判断したのか、声に混ざるのは侮蔑と呆れ。
この部屋に辿り着いた時点で、なにかしらの魔術をかけていたのだろう。
「……ウェルゼイ」
防音か、認識阻害か。確かめる方法ならあると、小さく吸った息で紡ぐのは男の名前。
見つめた指輪が熱くなることも、声がすることもなく。小さな沈黙は、クラロの方から破られる。
「なぜ、俺に協力を?」
「勘違いをするな。貴様と我々の利害が一致しただけ。そうでなければ、奴隷などと話をするはずがないだろう」
扉越しでも分かるほどに、その声は憎しみと呆れに満ちている。我々、……つまり、これを計画している淫魔が他にもいる。
何の目的で、なんて。手繰り寄せる必要もないほどに明らか。
「俺が目障りなら、殺す方が早いでしょう」
「忌々しい規則がなければとっくにそうしている。そもそも、お前一人を殺すために、私があのお方の信頼を失うなどあってはならない。……貴様が、不相応にもウェルゼイ様の専属になどならなければ、こんな手間をかけずに済んだのだ」
歯を食いしばる音は、扉越しでも聞こえるほど。
前にクラロを森に転移させたのも、彼女たちだろう。簡単にいなくなるはずだった邪魔者が、今では専属奴隷。それどころか、恋人なんて枠に収まろうとしている。
だが、殺せないと分かった以上、クラロの願いを逆手に取り、協力させようとしている。
誰にとっても、クラロが専属になったことも、それだけ固執していることも想定外のこと。
ウェルゼイ以外、誰も望んでいない展開。ここでクラロさえいなくなれば、全てが上手くいく。
クラロはこの恐怖から解放され、淫魔たちは目的を果たせる。そう、利害は一致している。
本当に逃げられるのなら。本当に、この計画に勝算があるのなら。
……ここでクラロを、騙すことさえできたのなら。
「貴様のような矮小な存在を、我々が助けてやると言っているんだ」
そう、理解している。クラロは一人では逃げられない。あの男から逃げ切るためには、それこそ同じ淫魔の力がなければ不可能だ。
首謀者の力量こそ不明。だが、複数ならば、まだ可能性はあるだろう。
「どうやってウェルゼイ様の目を欺くつもりで?」
「近々、あのお方はここを離れる。お前は同行を断り、我々の指示に従うだけでいい。馬鹿でもできることだ」
言われた通りでいいなら、確かに馬鹿でもできることだ。モノ以下の、それこそ従うしかない奴隷にだって。
「貴様ごときが、いつまでもあの方の傍にいられるとは思っていないだろう?」
核心を突かれ、引きつった息はすぐにほどける。
いつか、必ずその時は来る。あの男が満足した時こそ、クラロの終わりなのだ。
逃げられるチャンスは、本当にこれで最後。
罠だ。分かっている。それでも――嗚呼。
「……ええ。ええ、その通りです。ようやく分かっていただける方と出会えるなんて」
笑う声が聞こえる。騙されたことを喜ぶ音が、所詮は奴隷と蔑む音が。馬鹿はお互い様だと、クラロの笑う音が、重なる。
「貴方様の言う通り、俺のような存在がウェルゼイ様の傍に居座るなどあってはならないこと。ただ目にかけていただいているだけでも大層なことなのに、そのうえ専属だなんて。ですが、俺一人の力ではどうにもならなかったことを、貴方様ならご理解いただけるはずです」
ただの奴隷として可愛がっているなら、まだ目を瞑ったのだろう。
本当に他の淫魔と同じような扱いの専属であれば、彼らもこんな手段にはでなかった。
故に、彼らから見ても、ウェルゼイの行動は異常なのだ。盲信していないレニウスや、ラディアでさえも指摘するほどに。
突きつけられている。誤魔化せない。これ以上は、逃げられなくなってしまう。
だからこそ、これが最後。クラロが逃げられる、最後の機会。
「私たち奴隷は、淫魔様に尽くすために生かされている存在。どれだけ不相応であろうと、命令された以上従う他なかったのです。……まさしく、貴方様こそ、ウェルゼイ様を正しき道に戻せる方」
瞳は左手に落ち、鈍く光る赤に捉えられる。
そう、これ以上誤らないうちに。突き通されるよりも先に。自分からその手を離さないといけない。
だって、そうしなければ、ダメだから。
「……ですが、その為にまず、対処しなければならないことがあります」
「なんだ」
指輪から扉へ、揺れる瞳を定めるために見据えたノブの冷たい光。
そこに映る自分の顔を認識するよりも先に、扉は開かれた。
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