世界は淫魔に支配されましたが、聖女の息子は屈せない

池家乃あひる

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第二章

10-6.にじり寄る真相

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 ぐるり、ぐるり。頭が回り続けている。足は無意味に進むばかりで、目的もなく、ただぶらぶらと。
 立ち止まる理由がないせいで彷徨う身体は、主導権を失ってしまったかのよう。全ての神経は頭の中、繰り返される言葉に埋め尽くされている。
 ……十年。
 人間にとっては長い月日。子どもが大人になるに十分過ぎるだけの年月。だが、淫魔にとっても短いとは言えないだけの時間。
 ベゼは……クラロをここまで追い詰めたあの男は、その間ずっと待っていたと、ラディアはそう言った。
 冗談にしては質が悪く、されど嘘を吐く理由もない。とっくに知っているものだと、疑いもしない発言。
 自分から語るつもりはないと拒絶されたことこそが、真実だと突きつけている。
 頭が鈍く痛む。懸命に思い出そうとするのは、ウェルゼイの発言だ。
 確かにクラロは覚えている。自分を見つけたと言ったのは、城に来てからだと。だから個室を与え、観察し、その機を待っていたのだと。
 当初の計画からは狂っても、概ね予定通りだったのだと。確かに、彼は――だが、本当に?
 もう遙か遠くに思える光景。継ぎ接ぎの記憶を重ね合わせ、より深い場所まで落ちていく。
 あの時、いつから計画を練っていたかと自分は問いかけ……それに対し、男は個室を与えたと言った。
 そう、城に来たから目を付けられたというのは、クラロの勝手な補足だ。男は自分を見つけた時のことを明確に言ったことはない。
 さっきだってそうだ。呪いは十数年にわたると……それが感覚的なものではなく、本当に見ていたなら、言葉に偽りはなくなってしまう。
 ……そもそも、どうして自分は、無事だった?

 足が止まる。気付いてはならない違和感。触れてしまった片鱗。振り払おうとした矢先にしがみ付いてくる真実に追い詰められていく。
 村を出てからの一年は、クラロの努力と男の計画によるものだ。
 だが、もっとずっと前。あの恐ろしい祝祭の日。英雄でさえ敵わなかった淫魔たちから、どうして逃げ切ることができた?
 当時のことをクラロは知らない。映像に残っていたのは断片的な記録で、その惨状を実際にこの目で見たわけではない。それでも、多少魔法が使える程度の人間が逃げ切れるような、甘い状況ではなかったはずだ。
 それこそ、赤子という足手まといをかかえた牧師が、たった一人でなんて。
 逃げ切れた者は確かにいる。だが、それは実力のある、ほんの一握りだけ。
 なら、自分が今日まで生きていたのは?
 牧師が無事に村に戻り、それから故郷を離れて。そうしてもなお、無事にあの日まで生きていられたのは。
 村を追い出された自分が、魔除けの香油があったとしても王都までたどり着けたのも、城に潜り込めたのも、全部、そうで、あったとしたら?
 頭が痛い。胸が、苦しい。否定したいのに、辻褄が合ってしまう。
 違う。違わなければいけないのに。そうであっては、いけないのに。
 本当に、ずっと。ずっとあの男が自分を見ていたのなら。この城に来て、彼の専属になるまで、ずっと待っていたのなら。その為に、待ち続けていたのなら。
 いつだって襲えたのに、いつでも傍に置くことができたのに。
 それでも、待っていたのだとすれば。クラロが諦めるのを待っていたのなら、それは、

「――っ!?」

 腕の痛みを認識した時にはもう、壁に叩き付けられていた。
 抵抗した手は押しつけられたまま動かず、見開いた視界の先、至近距離から覗き込む赤に息を呑む。

「よぉ、探してたぜ」

 吊り上がる唇。鼻先を貫く濃い魔力の気配。一度しか会っていなくても、その記憶はまだ鮮明に刻まれている。
 魔王の息子の内、最も奴隷の入れ替わりが多い男。三人の中では力は弱くても、その性質は淫魔に一番近いと。
 開ききった瞳孔に見据えられ、ただでさえ動かない身体が竦む。

「出てくるのをずっと待ってたんだよ。あいつの部屋からずーっとお前の匂いがしててよぉ……マジで限界だったわ」

 押しつけられた腰元に、異様なまでの熱。固い異物に込みあげるのは、羞恥ではなく嫌悪感。
 血の気が引き、気持ち悪さに身を捩る。その抵抗ごと楽しんでいるのだろう。熱量は増し、目の前の笑みはますます醜く歪む。

「は、なし……っ」
「奴隷がいっちょ前に淫魔様に意見か? ウェルゼイに気に入られて調子に乗ってんのか? あ゛ぁ?」
「い゛っ……!」

 顎を掴まれ、首が悲鳴をあげる。解放されたのに安心する間もなく、胸元に走る激痛に跳ねた身体は押さえつけられたまま。
 無遠慮に捻られた乳首に快楽などない。そのまま引きちぎられると思うほどに抓られ、胸を反らしても皮膚を弛ませることは許されず。

「はっ。こんな服まで用意しといて、おめおめ逃げられてちゃざまぁねえな」
「逃げ、た、わけじゃっ……!」
「縄も付けずにブラブラさせてる時点で取られたって文句言えねえだろ」

 ズボンに手をかけられ、力任せに下ろされる。引っかかれた肌の傷みは、貞操帯に手をかけられたことに比べれば些細なこと。

「面倒なもん付けやがって」

 舌打ちと、金属が軋む音。捻じ曲げられていく金具に、暴れた腕は壁に縫い付けられたまま。
 ダメだと叫ぶ猶予すらなかった。まるで紙切れのように呆気なく、これまでクラロを守り続けた貞操帯が破壊される。
 蒸れた熱から解放され、冷気に晒された肌が全身を凍らせていく。
 歯の付け根が合わない。そう、そうだ。本来は、これが、正しいのだ。
 彼ほどの淫魔であれば、魔術なんて使わなくても力ずくで壊せる。
 フェインが壊せたなら、ベゼならもっと簡単にできたはずだ。鍵を探す必要も、壊さずに済む方法を考えなくても、できたはずで。
 でも、そうしなかったのは、クラロがそれを嫌がっていたから。嫌だと知っていたから、だから、

「ったく、まどろっこしい……」

 心底面倒そうな響きが落とされ、片足が持ち上げられる。晒された後孔に宛がわれる熱に、引きつった悲鳴が音にさえならない。
 牙を剥き出しにした獣が涎を垂らし、淵に塗りつけていく不快感。快楽の気は微塵もなく、込み上げる恐怖に全身の震えが止まらない。

「は、いら、なっ……!」
「あぁ? ウェルゼイに毎日ハめられてんだろうが。慣らさなくてもはいんだろ」

 身体が密着する。より強く押しつけられる先端に、固く強張った身体が開くことはない。
 押さえつけられるあまり、拘束された腕が痛い。どれだけ藻掻いても、力を入れても、僅かにさえ逃れることはできず。首を振る動作すら鬱陶しいと舌を打たれ、痛みが増していく。
 逃げられない。動けない。犯される。
 それは、それだけはダメなのに。犯されたくない。こんな、こんなの――いや、だ。

「べ、ぜ……っ」

 拒絶が違う音で紡がれる。嫌だ、嫌、ここで犯されるのは、この男に犯されるのは、嫌だ!

「ベゼッ……ベゼ! ベゼッ!」
「っせえな! 今から使ってやるのは俺――」

 肉が軋み、怒鳴り声が響いて――突然、圧迫感から解放された。
 足は地に着き、腕は下に。反射で瞑っていた目蓋を上げれば、迫っていた男の姿は視界の外。
 そうして、数歩先に立っていたのは……クラロが呼んだ相手で。

「ほんと、馬鹿ほど可愛いって言うけどね」
「……べ、ぜ」

 殴り飛ばしたのだろう。手を振りながら地に伏せた男に向けた顔は、クラロに向き直ったことで笑みに変わる。

「おいで、クラロ」

 ズボンを引き上げることも忘れて小走りで寄る。肩を抱かれ、服を直されると共に確認されるのは壊されてしまった貞操帯。

「あーぁ、手酷くやられたね。直せるかな……」

 金具どころか、肝心な部分さえひしゃげて、無残な姿。到底直せるとは思えない状態で、それでも検討してくれるのはクラロを理解しているからこそ。
 そう。そもそも、もう付ける意味なんてなかった。取り上げたってよかったはずだ。ただ、クラロが安心するという理由だけで、それを許してくれていた。
 無意味でも、依存していると知っているから。だから、そのままにしてくれていた。
 今までだって、気付こうと思えば気付けた。目を逸らし続けていたからこそ気付かずに済んだそれらに、足元の崩壊が進む。
 ダメだ。これ以上、気付くのは、ダメ。

「いっ……てえええぇ! 仮にも兄を本気で殴るかぁ!?」

 突っ伏していたと思ったが、そこはやはり淫魔。痛みと怒りにまかせた声に竦んだ身体は、肩を抱く腕で優しく支えられてしまう。

「僕のに手を出そうとしたんだから当然だろ」
「ちょっと喰うぐらい、いいだろうが!」
「だからダメだってば。似たような子なら用意してあげるよ。さっきラディアが食べてたけど、それでもいいよね」

 エリオットとの一連を把握されていることに、今更驚くことはない。どこから見ていたなんて、分かりきったことを問うつもりだって。
 だから、クラロが呼ばなくても止めには来たのだろう。ここは彼のテリトリーで、だから最悪を迎える前には終わっていたはずで。
 でも、彼を呼んだのは。助けを求めてしまったことは……事実、で。

「だったら夜会! 夜会で勝負しろ! それなら文句ないだろ!」

 なおも引き下がる気はないと、鼻息荒く詰め寄ったフェインが額を突かれて大きく仰け反る。僅かにえぐれた肉を見てしまい、違う意味で目を逸らして、足の震えは止まらず。

「どうせいつもの、どれだけ多くの奴隷を抱けるかだろう? そういうのはラディアとやれって言ってるだろ。そもそも、僕らはしばらく出るつもりはないし」
「はぁ!?」
「この子のお披露目は終わったんだから、しばらくは僕だけでいいってこと。……ね、クラロ」

 同意を求められ、されど出すつもりがないことに驚いているのはクラロも同じ。
『散歩』が昼に行われるなら、夜会とは、文字通り夜に行われる上級淫魔に許された遊びのようなもの。
 ただ、その意味合いはお披露目ではなく、集団で奴隷を共有するもの。
 クラロの心を折るにはおあつらえ向きの場所だ。
 なのに、どうして行くつもりがないのかと、疑問は赤を見上げた途端に消える。
 どろどろと、煮詰めたような赤。それは『散歩』の時に見せた怒りではなく、もっと濃くて、熱くて、なのに柔らかくて。
 これ以上はダメだと、無意識に反らした目に映るのは、クラロの目線に合わせて屈む男の笑み。

「ちゃんと呼べたね。いい子。でも、もっと早く呼んでよかったんだよ。ゆっくり慣れていこうね」

 頭を撫でられ、褒められて。子どもに対するような扱いなのに、注ぐ視線は違うことを既に知っている。
 もう怖くないのに、身体の強張りは解けないまま。手を繋がれて、指先からそっとほぐされる。

「もう散歩はいい?」

 なおも喚こうとするフェインを横目で見て、大人しく頷けばより強く握られる指。
 その温度にも、力強さにも、安心してしまいそうになって。ダメだとわかっているのに、肩に頭を寄せてしまう。

「フェインに絡まれて疲れちゃった? ……仕方ないなぁ」

 抱き上げられたせいで、より暖かさを感じてしまい、吐いた息が震えてしまう。
 落ちないためだと言い訳して首に回した腕だって無様で。肩に目を押しつけても、どうやったって落ち着かなくて。
 笑う息に耳を擽られ、なぜだか無性に泣きたくなった。
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