世界は淫魔に支配されましたが、聖女の息子は屈せない

池家乃あひる

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第二章

9-6.再会と挨拶 ♥

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「君、確かエリオットだったっけ? こっちにはもう慣れただろう?」
「あ……っ……は、はいっ……お、お気にかけていただき、こ……っ光栄、です」

 声は行き交う。だが、視線はどちらも噛み合わない。交わる焦点は、どちらもクラロの姿。
 赤らみ汗ばむ肌。繋がれた首輪。挟まれた乳首と、震える足。
 必死に目を逸らし、潤む水色に息を呑む音は前から。全てを含めて笑う声は、すぐ隣から。

「この子と会うのは、君の処罰以来かな? ほら、久々に会えた友達に挨拶は?」
「っ……ん、ぐ…………っ!」
「喘いでないで、ほら。挨拶して」

 反抗ではなく、物理的に出せぬ言葉を、それでも捻り出そうと唸る声が、痛みに潰される。
 腕を掴まれたまま首を引かれ、両方の乳首がこれ以上ないほど吊り上げられる。つま先立ちになりかけた所で腕を掴まれ、縮こまった足先に食い込むのは冷たい床のみ。
 逃がせられない痛みに首を振れば、余計に紐を引かれてうめく声は喉の奥に。腹の奥に押し戻されたあまりの重さに痙攣する足はまともに立つことさえできない。
 
「んぐぅ、ふ、ぅう、う……っ――!」
「…………ああ、そうだった! 今塞いでるから、喋れないんだったね?」

 ごめんごめんと、軽い口調でようやく手が離され、伸ばされた乳首の惨状に涙する。クラロの体感に比べ、その愛らしい粒が垂れていることはなかったが、それも時間の問題か。
 まるで針に貫かれているように、どれだけ引っ張っても外れることのない摘まみ。
 乳首も、喉も。いつまで経っても解放されない苦痛に鼻を鳴らせば、さすがに哀れに思ったのか口元にかけられる指。
 解放される唇は、残念ながら慈悲ではなく、見せつける為であると知るのは容易なこと。

「んぇ、う゛……っ……! お゛……っは、ぁ……!」

 ずろ、と口内を擦り上げる異物。強い弾力と、唾液ではない滑り。
 握りこぶしよりも小さく、されど舌と呼ぶにはあまりに巨大すぎるモノ。奥まで埋め尽くしていたその長さも異常で、今まで収まっていたのか疑う程。
 圧迫感から解放され、先端と唇の間に糸が引く。粘度を持つ故に長引き、垂れ、一部に球をつくりながら、最後にはふつりと途切れる様まで。
 見届けたエリオットの顔に朱が差し、開いたままの口から悲鳴とも息とも付かぬ音が漏れる。
 その音がクラロにまで届くことがなかったことは、互いにとって幸運だったのか。それとも、笑う息に遮られたことを嘆けばよかったのか。

「ほら、挨拶は?」
「げほっ……ぁ……っ……」

 改めて、強要される言葉。ようやく得た解放。間違えれば再び与えられる苦痛。未だに引かぬ疼きと、迫られる焦り。
 揺さぶられ、混乱し、その言葉だけが頭を占める。

「あ……っ……あ、り、……」
「ん?」
「あり、がと……ござい、ます」

 奴隷であれば、それは間違いのない選択。同じ奴隷への挨拶より、解放してくださった淫魔へのお礼を述べるのは当然のこと。
 なんら可笑しいことではない。たが、それがクラロの無意識から行われたことを除けば、何一つだって。

「ふふ、そっちの挨拶?」

 細まる赤に指摘され、初めて失態に気付き。咄嗟に出かかった否定は、怠い舌のおかげで口走らずに済んで。だが、もはや致命傷。
 クスクスと笑う男には、全て見通されている。

「ちょっと違うけど、可愛いから許してあげる。それに、これだけ太いと顎も疲れちゃうだろうし……」

 僅かな魔力の気配は、持っていた口枷に与えられるもの。
 収縮する黒光りの肉は最初と同じ形状へ。思い出したように蠢く様は、まさしく舌と同じ。
 たらりと流れ落ちるのは唾液ではなく、薄められた媚薬。甘い香りが鼻腔を擽り、跳ね上がる心臓。

「こっちにもご挨拶・・・できるよね? もう噛み付いちゃダメだよ」

 近づいても、触れることのない舌先。唇を掠める熱は、人肌よりも高く。触れれば、焼けるように熱く感じるだろう。
 今度こそ正しく言葉を理解し、故に開けずにいる唇を親指がそっと撫でつける。

「さっきも上手にできただろう? ……あーんって、してごらん」

 ほら、と。優しい警告に、頭の中が掻き混ぜられる。まだ洗脳の余韻が残っているのか、考えが纏まってくれない。
 従いたくないと、逃げたいと。そう叫び続ける自分の声が、先ほどよりも小さくなっている。
 逃げられない。だから、従うしかない。だから……これは、仕方のない、こと。 

「っ……ぁ、う」
「……そう、いい子だね」

 唇は震え。突き出した舌は、それ以上に。
 絡みつく肉から滲む甘味。味わってはいけないのに、塗り込むように撫でられ、掻き混ぜられ、まるで今まで苦しめていたお詫びというように柔らかく、クラロの舌を嬲る。
 舌先から根元に。唇が塞がれると同時に、カチリと固い音が頭の後ろで響く。固定し直されて、それでも止まらない愛撫に鼻から抜ける息は熱い。

「ん、ぅ……ふッ、んぅう、う……」

 舌の裏側も、歯茎も、上顎の一番弱いところも。突かれ、撫でられ、乱されて、甘さが首筋を通って腰に落ちていく。
 首を振っても外れるはずもないのに、無駄な抵抗を諫めるように顎を支えられては余計に動けず。許されるのは、一方的な愛撫を受け入れることだけ。
 見るように促された先。見つめる青に、自分の置かれた状況を思い出したって、クラロに悶える以外の何ができたというのか。

「慕ってくれる後輩に見られて喜んでる。ああ、君の方が先に上級になったから、エリオットの方が先輩かな? それとも、僕の専属になったことでまた後輩に戻ったのかな」

 些細なことだと笑えば、動揺はエリオットだけではなく周囲からも。行動だけでも示された事実が、改めて口から告げられたことに、どの淫魔もどよめいている。
 本当に専属にしたのだと。ならば、立っているのは例の下級奴隷のはずだと。
 否定したいのに、できない。違うと言いたいのに、叫べない。逃げ出したいのに、逃げられない。
 込み上げる焦燥を上塗りする、感じてはならない高揚感。見られている。こんな姿を、こんな、自分を。

「嬉しいね。ほら、もっとよくみんなに見てもらおうか」
「ふッ……! んぅ、っ……ふ……!」

 ヴ、と唸る低い響き。比例して甲高い音が揺れ、チリチリと胸元を擽る。
 忘れかけていた痛みは一瞬だけ。先ほど与えられていた振動より弱くとも、それはクラロへの刺激に変わりない。
 大きく音が跳ねるのは、クラロの身体が動くからだ。
 仰け反り、丸まろうとして、それでも逃げられず。悶える様を見せつけている事実から逃げられないと、藻掻いているせい。
 もし口が自由なら、ダメだと譫言を呟いていただろう。否、声にできたところで、きっと制止は間に合わなかった。
 周囲の視線。優しいキスの愛撫。痛みで過敏になった神経への刺激。自分を知っている者が見ている事実。
 チリン。音が弾ける。目の前も、頭の中も、弱く、強く。

「んむ……ふ……んぅ……」
「ああ、また胸だけでイっちゃった? こっちは……うん、出してないね」

 被せられた革の上。ペニスを撫でられた感覚に腰が揺れ、それは逃げたかったのか、欲しがったのか。本人がわからなければ、見ている者は都合よく捉えるだけ。

「だめだよ、ご褒美は『お散歩』が終わってからね。まぁ、君の場合はお仕置きが先だけど」

 それまで出してはダメだと頭を撫でられ、頷くことも首を振ることもままならず。まだ絶頂の余韻に浸るクラロを、まだ青は見つめたまま剥がれない。

「会えて嬉しかったのは分かるけど、そろそろ行こうか」

 腕を掴まれ、強制的に前へ。
 乳首は引っ張られず、されど振動は止まらず。余韻が引けば、またジクジクと疼いて、腹に付く先端が水気を帯びていく。

「じゃあね、エリオット君。君も『お散歩』できるように、頑張ってね」
「あ……っ……」

 かけようとした声は感謝の言葉か、クラロを呼ぼうとしたのか。
 揺れる青が遠ざかるのを見ることはできず、エリオットに向けられていた意識もすぐ、己の胸元に戻る。
 止まらない。……止めて、くれない。

「うん、やっぱり痛いだけよりそっちの方がよさそうだ。ちゃんと歩けたら、そのままにしてあげるからね」

 君も痛いのは嫌だろうと、身体を支える男が囁く。後ろから押される限り足は止まらず、首輪が引かれることもない。
 だからちゃんと歩けるだろうと、笑う男に首を振る気力はなく。沸き立つ感情も、舌で甘やかされて溶けていく。

「さて、思ったより時間がかかっちゃったから……もう直接会議に行こうか」

 楽しみだねと笑う声に、鈴の音だけが強く声をあげた。
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☆新作☆

そうして『兎』は愛を知る

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