世界は淫魔に支配されましたが、聖女の息子は屈せない

池家乃あひる

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第二章

9-4.失敗と準備 ♥

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「――んぅ、ん!?」

 夢が醒めれば、待っているのは現実だった。
 閃光と共に全てが繋がり、無意識に逃げようとした身体が何かに阻まれる。
 軋むのは骨と、腕を結ぶ革。驚きあげた声は異物に阻まれ意味を成さず。それでも音が止まないのは、あろうことかそれが動き始めたからだ。
 人間の舌に似た、だけど違うもの。唇の先には何もないのに、首を振っても、下を向いても、吐き出すことができない。
 その間も生暖かく、滑らかに絡み続ける軟体が口内を蹂躙する。
 舌先から根元、頬から、上顎まで。滲む甘味と一緒に首筋を伝い、頭の奥がジクジクと痺れていく。

「あっ、起きたッスね。おはよう、クラロ君! どうッスか、オイラの自信作は」
「っ……ぐ、ぅ……! ふ、んぅ、ん、ん!」
「叫ぼうとしたり噛み付こうとしたらもっと辛いッスから、まずは落ち着こっか?」

 後ろから頭を掴まれ、無理矢理前を向かされる。引っ張られる髪の傷みにしかめた顔が強張ったのは、絶えず口を弄られている快楽からではない。
 クラロの正面。この一連を見ている男の顔に、表情が無かったからだ。
 いつもの笑みも、愉しむ瞳もない。轟々と燃える赤に見下ろされ、ゾワリと背筋を這うのは明らかな危機感。
 本能的に抱いた恐怖に、されど逃げ場はなく。視界が涙に滲む間、男が声を出すこともない。
 ただ混乱し、怯え、悶えるクラロを静かに見つめているだけ。

「……さて、おはようクラロ。よく眠れたかな」

 やがて、異物の動きが落ち着き。まともに呼吸ができるようになって、ようやく男が声をかける。淡々とした響き。その端に滲む感情にとぼけることはできない。

「っ……んぐ、ぅ……!」
「返事はいいよ。聞きたいことも分かってるし、答えなくたって君も分かっているだろ?」

 聞く価値はないと切り捨てられ、だからこそ口を塞いだのだと細まる目が示す。
 辛うじて思い出せるのは、廊下で意識がなくなるまでのこと。
 途中、意識が浮上したのに違和感を抱けなかったのは、洗脳が施された後遺症。
 前に個室でクラロにかけたものと同じか、それ以上か。理解したところで、捕まってしまった今、それは意味のないこと。

「明日まで待つって言ったのに、本当に逃げ出すなんてね。君の呪いのしぶとさを侮ってた」

 男の目が外れると同じく、クラロの意識が逸れる。記憶に引っ掛かる単語は、以前にも告げられたものだ。
 その呪いを解きたいと。この男に貞操帯を外されたあの日に。馬鹿馬鹿しい告白を受けたあの時に、確かに。
 何かの比喩と気にしていなかったが、改めて持ち出されたそれに眉が寄る。呪いなんて、そんなの、受けているはずがない。
 自覚の有無ではなく、クラロの体質として。許容を超えた状態異常と同じく、呪いも受けたと同時に浄化されるはずだ。
 どれだけ些細で小さなものでも、命に関わらぬものであっても、母がそうであったように、クラロもそうであるはず。
 だが、疑問は男の手に持たれた道具によって吹き飛び、引いた足はアモルに肩を掴まれて戻される。

「君が選べないなら、愛人にしようと思っていたけど……言うことを聞けないなら、仕方ないよね」

 細長い革紐。繋がれる先は自分の首だ。すでにそこには、男がつけた首輪が嵌まっている。
 愛人だろうが、奴隷だろうが、逃げられなかった。捕まった。こうなると分かっていた。だけど、やはりダメだ。それだけは、ダメなのだ。
 受け入れてはいけない。このまま、『散歩』なんて、そんなの……!

「っ……んぐ、ぅ!? ――っ!?」

 見つめる赤の冷たさよりも、その結末の方がもっとずっと恐ろしく。それは、クラロの本能からくる逃走だったのだろう。
 ぐ、と噛み締めたかったのは異物ではなく己の舌。塞がれていると自覚しているのに止めることのできなかった行為の代償は、想定外の苦痛によってもたらされる。
 蠢いた、と思った瞬間に膨張する肉。それはクラロの舌を押さえ込み、上顎まで満たしてもまだ止まらず。内側からの圧に呻いた声さえも塞がれ、圧迫感に噎ぶことさえも許されない。
 辛うじて喉の奥に至ることなく、されど膨らんだまま。どれだけ顎から力を抜こうとも、解放されない。

「言ったじゃないッスか。噛み付いたらもっとひどくなるって」
「自害しようとすると噛み切ろうとするのも癖なのかな。……仕込んどいてよかった」

 言わんこっちゃないと。呆れは背後から、怒りは前から。間に挟まれたクラロに繋がれた手綱は、ベゼの手の中。
 いよいよ逃げられないと突きつけられ、滲む涙を拭う指はない。

「改めて、オイラの新作の味はどうッスか? 今、君の口を塞いでくれているのは、新しく改良した触手ッス。普段は人間の舌に似せて擬態してるだけだけど、叫んだら暴れるし、噛み付いたら今のように膨らむよう調整したんッス。まぁ、ある意味クラロ君専用ってやつッスね」

 説明は辛うじて頭に入り、そうしてすり抜けていく。圧迫からくる苦痛と、これから自分の身に襲う恐怖。それらから逃げられない事実と、男の手にもたれた新たな道具。
 首を振り、拒否を示したって止まるはずもない。それどころか、普段は当たるはずの髪の感触さえなくて、そこで前髪が切られていることを今更気付かされる。

「ダメじゃないだろ、クラロ。ほら、これもつけるから大人しくして」

 手綱を引かれ、摘ままれた乳首に与えられるのは快楽ではなく、無理矢理引っ張られる痛みだけ。
 荒々しい手つきに零れた悲鳴は触手に喰われ、息だけが鼻を抜けて、何も伝えられない。何も叫べない。何も、できない。
 見せつけられたのは、鎖で繋がれた小さなクリップだ。持ち手部分につけられた鈴がチリ、と音を立て、それが何の意味を持つか気付いてしまう。
 躊躇いもなく、絞り出された乳頭に宛がわれる先端。容赦なく潰され、呻きも悲鳴も喉の奥。声に出せないせいで余計に苦痛が増し、呼吸はひしゃげ続ける。

「こら、両方だよ」

 痛みに捩る身体を押さえられ、残る乳首も潰される。
 痛みの初動が収まれば鼓動と共にジクジクと疼き、これ以上の刺激を与えられないようにと身体が強張る。
 そんなクラロの抵抗など、鼻で笑う程度に些細なもの。
 鎖が手綱に繋がれ、三つ叉に分かれた一本となる。軽く引かれただけでピンと張り、引かれた痛みに呻き。そして、想定していなかった刺激に悲鳴が埋もれる。
 耳慣れぬ重低音は、痛みを与えられたばかりの乳首から。叫べぬクラロに代わり、鈴がちりちりと可憐な声をあげ、刺激が与えられていることも同時に示す。
 引っ張られたまま細やかな振動に晒され、敏感になった神経から叩きつけられる快楽。身体が跳ね、背を仰け反り、抵抗すればするほどに鎖は引かれ、痛みと快楽に頭の中まで揺さぶられる。

「遅れたらこうなるから、ちゃんと僕についてくるんだよ」

 鎖が緩み、数秒遅れて鈴の音が収まる。その場に崩れそうになる身体を支えられても、足が震えてまともに立つことができない。
 脱力する首。見えた視界に映るのは、そこにあるべき貞操帯はなく、勃ち始めた己の分身。
 この状態で。こんな姿で、外に出るなんて、ダメだ。ダメなのに、逃げられない。抵抗できない。
 だから逃げなければいけなかったのに。『散歩』が始まれば、本当に、終わりだと分かっていたのに。

「それから、これはお仕置きとして着けておくように」

 滲む視界に差し出されたのは黒く光る物体。
 その形状は小さくとも、性器を模したものに違いはなく。首を振り、示した拒絶は鎖を引かれたことで捻じ伏せられた。

「っ――!」
「クラロ」

 手綱の角度が変わり、首は上に。より引かれる痛みと強まる振動に、溢れる涙が快楽か痛みか分からず。見下ろす赤が煮詰まって、恐ろしいことしか理解できない。
 呼ぶ名に柔らかさはない。優しさもない。淡々とした響きに含まれるのは呆れでさえもなく、冷たさと怒り。

「僕は言ったよね。これは君の為だって。それでも逃げようとするなら、僕も優しくできない。……もう遊びじゃないんだ、クラロ」

 恐怖と、痛みと、快楽と。その中に紛れる、臀部への違和感。
 割れ目を撫でられ、あてがわれる異物。無意識に下肢が力もうとも、滑り込む先端を食い止めるにはあまりに弱い。

「お風呂の間にほぐしたから、痛くないだろ? 口枷に入れた媚薬も弱めとはいえ効いてくるだろうし、その玩具は熱に反応してゆっくり大きくなってくれる。すぐに慣れるよ」
「あはっ、もうビンビンッスね。最後のおめかしッスよ~」

 ようやく鎖が緩んだことに鼻を鳴らし。それでも、まだ準備さえ終わっていなかったのだとペニスを掴まれ、流れたのが汗か涙かもわからない。
 黒い膜のようなものが被せられ、根元まで覆い尽くす。その刺激にすら反応し、跳ねる肉棒をするりと撫でられ、されどもう首を振ることさえもできず。

「今日はお城を一周して、会議に出て……帰ってきたら、頭が空っぽになるまでお仕置きだからね」

 持ち上げられた顎。見るように促された男の顔。そこに浮かぶ笑みと、笑わぬ瞳に、どれだけクラロが絶望したか。

「――それじゃあ、『お散歩』に行こうか?」

 理解しているからこそ、手綱を握り直した男の笑みは、より深まったのだ。
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☆新作☆

そうして『兎』は愛を知る

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