世界は淫魔に支配されましたが、聖女の息子は屈せない

池家乃あひる

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第二章

8-8.いい子へのご褒美 ♥

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「……大丈夫」

 しがみ付く手を剥がされて、指を絡めて繋ぎ直される。拘束されると強張った腕は、頬に手を添えられて、緩む。

「怖くないよ。ただ、ちょっと辛いだけ。すぐに楽になるから。……これは事故で、君の意思とは何の関係もない。何を口走っても、それは君のせいじゃないんだ」

 だから大丈夫だと。心配いらないと。眉を寄せ、囁かれて。その大半を理解できなくて、流れた涙を拭われる。
 頬から指が剥がれ、繋いだ指に力を入れてしまう。
 震えの止まらぬ手を握り返されても怖くて、熱くて、閉じようとした足は男の身体に阻まれ、動けず。

「触るよ」

 ひたりと、指が触れる。柔らかく、添えるように。それから手に包まれて――同時に、熱がはじけ飛んだ。
 意図せぬ開放感に身体がしなり、息が止まったことさえ自覚できず。絶頂感に攫われるまま、叫んだ声は音になっていたのか。
 全身が戦慄き、やっと力が抜けて。なのに、熱はクラロを絡め取ったまま解放しない。
 気怠さと幸福感の中、落ち着きかけた神経が再び過敏になって、脅威が増していく。

「ひ……っ……」

 脈打つペニスを鎮めるように上から薬が追加され、温度差による刺激でまた呻いて、息を吐いて。絡ませる指のせいで、呼吸を整えることはできないまま。

「我慢だよ、クラロ。すぐ楽になるから」

 根元から括れに。亀頭を撫でて、皮の中まで。繋がれた指に応えるように、親指はどこまでも優しく、隅々まで撫でつけていく。
 くすぐったさと、気持ちよさと。叫び出すギリギリをずっと渡り続けて、摩耗する精神に染みこむのは、柔らかな男の声。
 ゆっくりとした動きが逆に辛いのに、止めてほしいのに。楽になれると知らされたせいで、拒絶ができなくて。

「ここは?」

 くにゅ、と潰された先の中心。くぷくぷと溢れたのは、中に留まっていた精液だったのか、先走りなのか。あるいはクラロも自覚せぬうちに漏らしてしまったのか。
 それこそ入るべき場所ではない穴を擦られ、首がシーツを打つ音は激しい。

「て、なっ……はい、って、なっあ゛……!」
「うん、さすがに太かったみたいだね、よかった。ここに薬を入れるの、ちょっと大変だから」

 想像するだけでもおぞましいが、考えるだけの気力がないのは救いだった。
 辛いと思っていたはずの指先が焦れったく、ちゃんと包んでほしいと腰が動く。突き出す性器を柔く包まれて、期待以上の快楽に重くなる腹が逃げられない。

「だめ、っ……だ、ぁう、だめ、だめっ……!」

 身体と思考が一致しない。イきたいのに、辛いのに、また込み上げているのに。それは駄目だと、理性が爪を立てている。
 もう何度も達しているのに、今更なのに。毒が引いていくにつれて戻る正気が、クラロを押し止めようとする。
 熱いのに、苦しいのに、早く、楽になりたいのに。

「イきそうなんだね? 駄目じゃなくて、いいんだよ。これは治療で、遊びじゃない。だから、クラロがこうなるのは当然で、何も悪くなんてない」

 塗りつけるのとは違う、明確な愛撫。しっかりと握った肉を擦り、先を捏ねて、括れをくすぐって。
 それ以上考えなくていいようにと、甘い囁きは鼓膜さえも溶かすように熱く。

「いい子、いい子。……ほら、じょうず」

 もう何度味わったかも覚えていない開放感。込み上げ、吐き出し、弾けた熱に四肢が弛緩する。
 褒められ、頭を撫でられ。確かに楽になる疼きに蕩けていく頭の奥。
 疼かなくなるからこそ、より際立つ熱に意識が取られ、まだ熱から解放されない苦しさに溢れる涙が伝わらない。

「ちゃんとイけてえらいね。……ね? 楽になっただろ?」

 楽になった。だけど、辛い。
 全身の皮膚も、乳首も、ペニスも楽になったけれど、まだ辛いのが残っているのにと。
 離れようとする指を繋ぎ止めて、否定を示す首はあまりに弱々しい。

「っ……ま、だ……」
「イきたりない? それとも、乳首がまだ辛い?」

 指を握り、首を振り。どうして伝えればいいかわからなくて、胸の奥が苦しくて、辛い。
 握り締めた手を下に。導いたのは、未だ萎えぬ性器ではなく、もっと下。
 自身でも触れることのない。触れさせたくなかったはずの、場所で。

「お、く……っ……ベゼ……」

 もはや、自分がなんと口走ったのか。なんて伝えようとしたのか。
 とにかく熱を晴らしてほしくて、早く楽になりたくて、訴えた言葉に誰が息を呑んだのか。
 僅かな沈黙。少しだけ動く指。それから、降り注ぐ笑う声。

「……うん、ちゃんと言えたね。ありがとう」

 頬に触れたのは指ではなく、もっと柔らかいもの。遠のいていく顔に自分が何をされたか理解できる間もなく、肉淵への圧迫感に身が強張る。
 自分でも触れないのに、他人の指となれば余計に。いくら滑りがあっても、異物感だけはどうしようもできない。
 外と内の境界。無意識に力み、堅くなる輪をほぐすように、爪先はゆっくりと辿る。

「う゛……っ、ふ……」
「大丈夫、塗るだけだからね。ほら、息を吸って……吐いて……」
「ひぅ……ふ…………っは……ぁう…………っ……ん……」
「じょうずじょうず、そのままゆっくりね」

 呼吸に合わせて、指が深くなっていく。より長く擦られていく内壁。より奥へ触れられる恐怖。
 全てを暴いている現状にへばりつく恐怖が、じわりとした痺れで麻痺していく。
 擦っているだけ。塗っているだけ。まだ届いていないはずの、もっとずっと奥。毒とは違う疼きに気付けば、恐れが困惑に変化していく。
 触手に触れられた位置は遙か手前。それは勘違いではなく、確かに感覚として残っている。
 だから、この先は治療ではない。今抱いているのは、毒によって引き出された熱でも快楽でもない。
 抱いてはいけないはずの、身に覚えのない。感じてはいけないはずの、だけど、これは治療で、だから、

「……クラロ?」
「っ、ん……!」

 呼ばれ、覗き込む赤が記憶に重なる。夕暮れに染まる光。絡め取られた四肢。押しつけられた腹。刻まれた、魔術。
 抵抗ではなく、快楽によって収縮する肉壁。その柔らかくも強い締めつけに、見上げた唇が高く吊り上がる。

「あぁ、思い出しちゃったのかな。……君の、気持ちよくなれるところ」
「あ! っ、だ……め……っふ……」

 ぐ、と押し込まれる指。上から叩きつけられ、反応してしまった場所。今まさに、内側が辿り着いてしまった、奥。

「中から触るのは始めてだね。毒もあったし、気持ちよくなっちゃったのは仕方ないよ」
「んぁ、あ……は、ぅ……」

 トン、トン。トン。リズムをつけて抜き差しされる指。掠める疼きに触れることはなく、ただ薬を塗られるだけの。
 それでいいはずなのに、落ち着いているはずなのに、意識が剥がれてくれない。
 考えてはいけないのに。意識しては、駄目なのに。

「中から押してあげようか」

 ぐ、と。指が僅かに強まる。きゅうと擦られた肉が狭まって、一本とは思えない太さにも、圧迫感にも。その先にある快楽にも、息が止まる。
 ドクドクと疼く奥。満たされる期待と、頷いてはいけない理性と。掻き混ぜられて、ぐちゃぐちゃにされて、首を振っても解放されなくて。

「……だ、め……」
「どうして? ここ、辛いよね?」
「っ……今、は、だめ」

 どうして、なんて言えなくて。駄目だから、駄目としか言えなくて。拒んでいるのに、そのまま流されない気持ちも込み上げて、欲と理性に心が引き延ばされていく。
 このまま止めてほしい。このまま、続けてほしい。矛盾する感覚に苦しむクラロを、赤はいつものように笑う。

は、なんだね? ……ふふ、いいよ。じゃあ、また今度にしよう。ちゃんと言えていい子だね、クラロ」
「――ぁ、」

 ゆっくりと指が引き抜かれ、異物感も違和感もなくなり。代わりに埋めるのは、空虚と満たされない疼き。
 これでいいはずなのに、そう望んだはずなのに、失った形を求めるようにギュウと中が疼くのに、吐いた息に混ざる失望を取り消せない。
 もう身体を苛んでいた熱は耐えられないほどではなく、全身の気怠さは難なくクラロを休息に導くだろう。この小さな不満を飲み込めば、治療も全て終わる。
 言い聞かせる頭の中、満たされない欲が声をあげて、やかましく。どうすれば静かになるのかと、見上げた青が縋るようであったことを、本人だけは気付くことなく。
 ……そして、その瞳に見つめられたからこそ、男が期待に応えたことだって。

「今日はいっぱい、いい子だったから。……ご褒美、あげようね」

 粘膜で光る指が腹に沿う。疼く奥、その上に覆い被さるように。ぐ、と押し込められる力は軽く。されど、その動きだけで次に何がくるか、クラロは理解する。
 駄目だと、よぎった制止は声にならず。抵抗はシーツの上に落ちたまま。弾む息の理由に気付きたくなくて、視線は指先から離れず。
 魔術が発動するまでの数秒があまりに長く、永遠のように思えて。じわりと、広がる甘い痺れはそれ以上に長く。
 絶頂と言うにはあまりに弱々しい。静かに、ゆっくりと。味わうように高められて、足先がぎゅうと縮こまる。

「ふ……っぅ、ぁ……は……っぁ……あ……っ……!」
「気持ちいい?」

 切ないような、物足りないような、満たされるような。穏やかに押し寄せる波に溺れるクラロに、囁く声が染みこんでくる。
 酸素ではない何かを求めて足掻く指を握りしめ、より深い場所に繋ぎ止めながら。その唯一を与えられる男の声に、埋め尽くされていく。
 きもち、いい。きもちいい。きもちいい。

「い……っい……きも、ち、い……っ」

 呑み込まれるまま、押し寄せるまま。射精を伴わない絶頂も、もはや数え切れないほどに。
 魔術が終わり、指が外れる。今のクラロに残っているのは、満たされた幸福感と倦怠感。

「よく頑張ったね。お疲れ様」

 くったりと脱力した身体を慈しむように、柔らかく頭を撫でる指から得られる快楽はなく。ただただ優しくて、心地いい。

「起きた時には、全部片付けておくから。……ゆっくり休んで」

 とろりと微睡む意識を、囁く声が深い場所へ導いていく。
 恐怖も、抵抗も。そうしなければならないという意思も。眠りに沈むクラロの前では、ただただ無意味なものだった。
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☆新作☆

そうして『兎』は愛を知る

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