上 下
61 / 100
第二章

8-8.いい子へのご褒美 ♥

しおりを挟む
「……大丈夫」

 しがみ付く手を剥がされて、指を絡めて繋ぎ直される。拘束されると強張った腕は、頬に手を添えられて、緩む。

「怖くないよ。ただ、ちょっと辛いだけ。すぐに楽になるから。……これは事故で、君の意思とは何の関係もない。何を口走っても、それは君のせいじゃないんだ」

 だから大丈夫だと。心配いらないと。眉を寄せ、囁かれて。その大半を理解できなくて、流れた涙を拭われる。
 頬から指が剥がれ、繋いだ指に力を入れてしまう。
 震えの止まらぬ手を握り返されても怖くて、熱くて、閉じようとした足は男の身体に阻まれ、動けず。

「触るよ」

 ひたりと、指が触れる。柔らかく、添えるように。それから手に包まれて――同時に、熱がはじけ飛んだ。
 意図せぬ開放感に身体がしなり、息が止まったことさえ自覚できず。絶頂感に攫われるまま、叫んだ声は音になっていたのか。
 全身が戦慄き、やっと力が抜けて。なのに、熱はクラロを絡め取ったまま解放しない。
 気怠さと幸福感の中、落ち着きかけた神経が再び過敏になって、脅威が増していく。

「ひ……っ……」

 脈打つペニスを鎮めるように上から薬が追加され、温度差による刺激でまた呻いて、息を吐いて。絡ませる指のせいで、呼吸を整えることはできないまま。

「我慢だよ、クラロ。すぐ楽になるから」

 根元から括れに。亀頭を撫でて、皮の中まで。繋がれた指に応えるように、親指はどこまでも優しく、隅々まで撫でつけていく。
 くすぐったさと、気持ちよさと。叫び出すギリギリをずっと渡り続けて、摩耗する精神に染みこむのは、柔らかな男の声。
 ゆっくりとした動きが逆に辛いのに、止めてほしいのに。楽になれると知らされたせいで、拒絶ができなくて。

「ここは?」

 くにゅ、と潰された先の中心。くぷくぷと溢れたのは、中に留まっていた精液だったのか、先走りなのか。あるいはクラロも自覚せぬうちに漏らしてしまったのか。
 それこそ入るべき場所ではない穴を擦られ、首がシーツを打つ音は激しい。

「て、なっ……はい、って、なっあ゛……!」
「うん、さすがに太かったみたいだね、よかった。ここに薬を入れるの、ちょっと大変だから」

 想像するだけでもおぞましいが、考えるだけの気力がないのは救いだった。
 辛いと思っていたはずの指先が焦れったく、ちゃんと包んでほしいと腰が動く。突き出す性器を柔く包まれて、期待以上の快楽に重くなる腹が逃げられない。

「だめ、っ……だ、ぁう、だめ、だめっ……!」

 身体と思考が一致しない。イきたいのに、辛いのに、また込み上げているのに。それは駄目だと、理性が爪を立てている。
 もう何度も達しているのに、今更なのに。毒が引いていくにつれて戻る正気が、クラロを押し止めようとする。
 熱いのに、苦しいのに、早く、楽になりたいのに。

「イきそうなんだね? 駄目じゃなくて、いいんだよ。これは治療で、遊びじゃない。だから、クラロがこうなるのは当然で、何も悪くなんてない」

 塗りつけるのとは違う、明確な愛撫。しっかりと握った肉を擦り、先を捏ねて、括れをくすぐって。
 それ以上考えなくていいようにと、甘い囁きは鼓膜さえも溶かすように熱く。

「いい子、いい子。……ほら、じょうず」

 もう何度味わったかも覚えていない開放感。込み上げ、吐き出し、弾けた熱に四肢が弛緩する。
 褒められ、頭を撫でられ。確かに楽になる疼きに蕩けていく頭の奥。
 疼かなくなるからこそ、より際立つ熱に意識が取られ、まだ熱から解放されない苦しさに溢れる涙が伝わらない。

「ちゃんとイけてえらいね。……ね? 楽になっただろ?」

 楽になった。だけど、辛い。
 全身の皮膚も、乳首も、ペニスも楽になったけれど、まだ辛いのが残っているのにと。
 離れようとする指を繋ぎ止めて、否定を示す首はあまりに弱々しい。

「っ……ま、だ……」
「イきたりない? それとも、乳首がまだ辛い?」

 指を握り、首を振り。どうして伝えればいいかわからなくて、胸の奥が苦しくて、辛い。
 握り締めた手を下に。導いたのは、未だ萎えぬ性器ではなく、もっと下。
 自身でも触れることのない。触れさせたくなかったはずの、場所で。

「お、く……っ……ベゼ……」

 もはや、自分がなんと口走ったのか。なんて伝えようとしたのか。
 とにかく熱を晴らしてほしくて、早く楽になりたくて、訴えた言葉に誰が息を呑んだのか。
 僅かな沈黙。少しだけ動く指。それから、降り注ぐ笑う声。

「……うん、ちゃんと言えたね。ありがとう」

 頬に触れたのは指ではなく、もっと柔らかいもの。遠のいていく顔に自分が何をされたか理解できる間もなく、肉淵への圧迫感に身が強張る。
 自分でも触れないのに、他人の指となれば余計に。いくら滑りがあっても、異物感だけはどうしようもできない。
 外と内の境界。無意識に力み、堅くなる輪をほぐすように、爪先はゆっくりと辿る。

「う゛……っ、ふ……」
「大丈夫、塗るだけだからね。ほら、息を吸って……吐いて……」
「ひぅ……ふ…………っは……ぁう…………っ……ん……」
「じょうずじょうず、そのままゆっくりね」

 呼吸に合わせて、指が深くなっていく。より長く擦られていく内壁。より奥へ触れられる恐怖。
 全てを暴いている現状にへばりつく恐怖が、じわりとした痺れで麻痺していく。
 擦っているだけ。塗っているだけ。まだ届いていないはずの、もっとずっと奥。毒とは違う疼きに気付けば、恐れが困惑に変化していく。
 触手に触れられた位置は遙か手前。それは勘違いではなく、確かに感覚として残っている。
 だから、この先は治療ではない。今抱いているのは、毒によって引き出された熱でも快楽でもない。
 抱いてはいけないはずの、身に覚えのない。感じてはいけないはずの、だけど、これは治療で、だから、

「……クラロ?」
「っ、ん……!」

 呼ばれ、覗き込む赤が記憶に重なる。夕暮れに染まる光。絡め取られた四肢。押しつけられた腹。刻まれた、魔術。
 抵抗ではなく、快楽によって収縮する肉壁。その柔らかくも強い締めつけに、見上げた唇が高く吊り上がる。

「あぁ、思い出しちゃったのかな。……君の、気持ちよくなれるところ」
「あ! っ、だ……め……っふ……」

 ぐ、と押し込まれる指。上から叩きつけられ、反応してしまった場所。今まさに、内側が辿り着いてしまった、奥。

「中から触るのは始めてだね。毒もあったし、気持ちよくなっちゃったのは仕方ないよ」
「んぁ、あ……は、ぅ……」

 トン、トン。トン。リズムをつけて抜き差しされる指。掠める疼きに触れることはなく、ただ薬を塗られるだけの。
 それでいいはずなのに、落ち着いているはずなのに、意識が剥がれてくれない。
 考えてはいけないのに。意識しては、駄目なのに。

「中から押してあげようか」

 ぐ、と。指が僅かに強まる。きゅうと擦られた肉が狭まって、一本とは思えない太さにも、圧迫感にも。その先にある快楽にも、息が止まる。
 ドクドクと疼く奥。満たされる期待と、頷いてはいけない理性と。掻き混ぜられて、ぐちゃぐちゃにされて、首を振っても解放されなくて。

「……だ、め……」
「どうして? ここ、辛いよね?」
「っ……今、は、だめ」

 どうして、なんて言えなくて。駄目だから、駄目としか言えなくて。拒んでいるのに、そのまま流されない気持ちも込み上げて、欲と理性に心が引き延ばされていく。
 このまま止めてほしい。このまま、続けてほしい。矛盾する感覚に苦しむクラロを、赤はいつものように笑う。

は、なんだね? ……ふふ、いいよ。じゃあ、また今度にしよう。ちゃんと言えていい子だね、クラロ」
「――ぁ、」

 ゆっくりと指が引き抜かれ、異物感も違和感もなくなり。代わりに埋めるのは、空虚と満たされない疼き。
 これでいいはずなのに、そう望んだはずなのに、失った形を求めるようにギュウと中が疼くのに、吐いた息に混ざる失望を取り消せない。
 もう身体を苛んでいた熱は耐えられないほどではなく、全身の気怠さは難なくクラロを休息に導くだろう。この小さな不満を飲み込めば、治療も全て終わる。
 言い聞かせる頭の中、満たされない欲が声をあげて、やかましく。どうすれば静かになるのかと、見上げた青が縋るようであったことを、本人だけは気付くことなく。
 ……そして、その瞳に見つめられたからこそ、男が期待に応えたことだって。

「今日はいっぱい、いい子だったから。……ご褒美、あげようね」

 粘膜で光る指が腹に沿う。疼く奥、その上に覆い被さるように。ぐ、と押し込められる力は軽く。されど、その動きだけで次に何がくるか、クラロは理解する。
 駄目だと、よぎった制止は声にならず。抵抗はシーツの上に落ちたまま。弾む息の理由に気付きたくなくて、視線は指先から離れず。
 魔術が発動するまでの数秒があまりに長く、永遠のように思えて。じわりと、広がる甘い痺れはそれ以上に長く。
 絶頂と言うにはあまりに弱々しい。静かに、ゆっくりと。味わうように高められて、足先がぎゅうと縮こまる。

「ふ……っぅ、ぁ……は……っぁ……あ……っ……!」
「気持ちいい?」

 切ないような、物足りないような、満たされるような。穏やかに押し寄せる波に溺れるクラロに、囁く声が染みこんでくる。
 酸素ではない何かを求めて足掻く指を握りしめ、より深い場所に繋ぎ止めながら。その唯一を与えられる男の声に、埋め尽くされていく。
 きもち、いい。きもちいい。きもちいい。

「い……っい……きも、ち、い……っ」

 呑み込まれるまま、押し寄せるまま。射精を伴わない絶頂も、もはや数え切れないほどに。
 魔術が終わり、指が外れる。今のクラロに残っているのは、満たされた幸福感と倦怠感。

「よく頑張ったね。お疲れ様」

 くったりと脱力した身体を慈しむように、柔らかく頭を撫でる指から得られる快楽はなく。ただただ優しくて、心地いい。

「起きた時には、全部片付けておくから。……ゆっくり休んで」

 とろりと微睡む意識を、囁く声が深い場所へ導いていく。
 恐怖も、抵抗も。そうしなければならないという意思も。眠りに沈むクラロの前では、ただただ無意味なものだった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【BL】SNSで出会ったイケメンに捕まるまで

久遠院 純
BL
タイトル通りの内容です。 自称平凡モブ顔の主人公が、イケメンに捕まるまでのお話。 他サイトでも公開しています。

処理中です...