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第一章
6-7.聖女の息子は、まだ屈せない ♥
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外気に晒され、蒸した空気から開放される。取り外された貞操帯に張り付く白い液体を、今更何と言うつもりはない。
あれだけの快楽を与えられていたのだ。むしろ、射精していないほうが異常。
クラロにその自覚がなくとも、それがいつの時だったかも分からずとも。もはや、そんなことは些細なこと。
蒸れた汗の臭いは、淫魔である男にとってはさぞ香しいことだろう。ぐる、と喉が鳴る音は幻聴ではない。
喰われるのだ。今から自分は、この獣に。為す術もなく、今までの抵抗も全て、無意味に。
散々吐き出しただろうに、萎えているどころか天を向くペニスに、そっと添えられる手。その刺激でさえも、毒に浸されきった身体にはあまりにひどい仕打ち。
どこにこんな力が残っていたのか。背を丸め、足を寄せようとして、歪に男の背に縋っただけ。
自分を終わらせようとしているのは、この男なのに。それでも、性感帯を触れられたことで蘇った恐怖に駆られ、指から力が抜けない。
終わる。終わらされる。全部、何もかも。
「大丈夫だよ、クラロ」
歯の根も合わず、呼吸も乱れてるクラロを撫でる男の顔は穏やかで、ひどいぐらいに優しいもの。
「怖くない。まだ何も変わらないよ。……ただ、頑張った君にご褒美をあげたいんだ」
「ひっぃ! い、っらな……ぁ、っむ、り……むりぃ……!」
「うん。でもね、このままも辛いから。……大丈夫」
柔く握られた肉棒が、ゆっくりと擦られていく。下から上、たったそれだけの単純運動で、先走りに色が混ざり始める。
しがみ付く方に爪が食い込み、獣じみた呼吸が歯の隙間から漏れる。押しつけた額が擦れる刺激すらもビリビリとして、頭の毛が逆立つかのよう。
遅すぎる往復。扱くとは到底言えないほどに軽く触れているだけの。なのに、耐えられない。
開放されたいと込み上げる熱の感覚に、たまらず腰が逃げようとしたって、ベッドが軋んだだけ。
「だめ、だ……っ……め、だめっ……ううぁ、あ、あぁっ……!」
懇願は、聞き届けられる前に意味を失った。
ドクドクと溢れる精液に勢いはなく、漏れ出したとたとえるのが一番相応しいであろう。
一度、二度。跳ねた肉が、受け止めた手の中に惜しみなく熱を塗りつける。倦怠感と、開放感と、やはり消えることのない恐怖。
刺激が止んでも、性器の固さは衰えない。むしろまだ足りないと、そう言わんばかりにクラロの腹に反り返り、どうしようもない熱に喉がヒクつく。
終わらない。終わりじゃない。クラロの終わりは、まだ始まったばかりなのだ。
この程度で開放されるわけがない。この時のために、この男は、ずっと。
「上手にイけたね。いっぱい頑張って、素直になって、クラロはいい子だ」
子どもを褒めるように、言い聞かせるように。受け止めた精を舐め取る舌は、見つめる瞳よりも赤く、熱く。覗く牙が、口の形に合わせて歪む。
今からが始まりなのだと、喰らう男が、嗤って、
「それじゃあ、今日はこれでおしまい。寝ている間にベッドは綺麗にしておいてあげる」
はじめ、それはクラロの幻聴であると信じていた。
現実逃避。精神の乖離。肉体的な死が迎えられないのなら、心だけでもという無意識からの逃走なのだと。
だが、ベッドから離れていく男がそうでないと突きつける。
明日は休みにしてもらうから、ゆっくり休むんだよと。身体を洗うのは起きてからにしようと。
そうして扉の前へ向かう姿を幻で片付けることは……クラロには、できなかった。
「な、ん……なに……っ」
「うん? ……あぁ、そうだ。解毒剤もここに置いておくから、ちゃんと飲んでね。さすがにそのままじゃ君も眠れな――」
「っあんたの目的はなんなんだ!」
どこに、これだけの声を張れる力が残っていたのだろう。
部屋が震えるほどの大声。ビリビリと震える壁と鼓膜。薬を置きに戻ってきた男の眉が、心外そうに歪む。
そんな僅かな表情の変化も、怯えるクラロには見えていない。
あり得ない。こんなの、こんなこと。わからない。どうして、なんで!
このためにずっと、自分を追い詰めていたはずだ。貞操帯も外れ、対抗策はなく、なのに……どうして!
「お、れをっ! 犯すために、していたんだろう! なのに、なんでっ!」
人が最も恐れるものは、理解できないモノだ。未知のモノ。考えてもわからないもの。
クラロがそれでも立ち向かえていたのは、その目的が明確だったからだ。
自分は奴隷で、そして餌。男は淫魔で、捕食者。
聖女の血を引く人間を喰らうためだけに、こんな無意味な茶番を続けていたはずだ。
なのに、男は去ろうとしている。もう遊びに付き合う理由など、どこにもないはずなのに!
喚き、叫び、それでも震えが止まらず。泣き始めたクラロに、男はそっと微笑む。
何も変わらず。柔らかく、優しく。そして、慈しむように。
「言っただろう、クラロ。僕は君を助けたいんだって」
「嘘だっ!」
「本当だよ。さっきも言ったけど、今の君は信じてくれないだろう。今の君を犯すのは簡単だし、それも一種の救済には違いない。でもね、それじゃあ意味がないんだ」
これも言ったけどね、と。男がクラロの元に戻る。重い四肢を引き摺り、少しでも距離をとろうとする姿に男は微笑んだまま。
「身体だけでいいなら、もうとっくにそうしている。だけど、僕が欲しいのは君自身だ」
上体を起こし、壁に身を寄せ。もう下がることのできない身体を、伸ばした手がそっと引き寄せる。
愛撫でも、拘束でもない。ただ触れ合い、抱きしめるだけの……だからこそ、クラロにとっては何よりも恐ろしい行為。
「君が好きなんだ、クラロ」
囁かれた言葉を、どうして正しく認識できただろう。
好き。淫魔が、人間を? ただの奴隷を……好きだと?
「な、にを、言って……っ」
「君にかけられたその呪いを解いて助けてあげたいし、身体だけじゃなくて君の心も欲しい。今犯したって、どっちも手に入らない。僕は欲張りだけど、そのための我慢も努力もできるんだよ」
背を撫でることもなく、叩くこともなく。ただ、温かく抱きしめられる。
媚毒で過敏になった肌はそれさえも快楽を拾うのに、それ以上に、微睡みが勝っていく。
眠ってはいけないのに。考えなければ、いけないのに。
「だから、洗脳でも、無理矢理でもダメなんだ。君が、君の意思で僕を選んでくれないと意味がないんだ。今はそれだけ分かってくれたら、十分だよ」
だから今日はもういいんだと、笑う声が頭の中を通り抜けていく。
わからない。わかるはずがない。それなのに、もうなにも、考えられない。
幾度も与えられた絶頂と、数時間に及ぶ快楽責め。そうして、無防備な精神にすり込まれる睡眠の魔術。
どれだけ抗おうとも、限界を迎えていた身体は休息を求めて弛緩していく。
怖いのに、わからないのに。温かくて、優しくて……なにも、もう、わからない。
「必ず助けてあげる。……だから、また遊ぼうね、クラロ」
おやすみ、と。頭を撫でられる感覚が、クラロの覚えている最後だった。
--------------------------------------------
閲覧ありがとうございました。
一章終了となります。
二章以降は、またできあがり次第公開いたしますので、気長にお待ちいただければ幸いです。
あれだけの快楽を与えられていたのだ。むしろ、射精していないほうが異常。
クラロにその自覚がなくとも、それがいつの時だったかも分からずとも。もはや、そんなことは些細なこと。
蒸れた汗の臭いは、淫魔である男にとってはさぞ香しいことだろう。ぐる、と喉が鳴る音は幻聴ではない。
喰われるのだ。今から自分は、この獣に。為す術もなく、今までの抵抗も全て、無意味に。
散々吐き出しただろうに、萎えているどころか天を向くペニスに、そっと添えられる手。その刺激でさえも、毒に浸されきった身体にはあまりにひどい仕打ち。
どこにこんな力が残っていたのか。背を丸め、足を寄せようとして、歪に男の背に縋っただけ。
自分を終わらせようとしているのは、この男なのに。それでも、性感帯を触れられたことで蘇った恐怖に駆られ、指から力が抜けない。
終わる。終わらされる。全部、何もかも。
「大丈夫だよ、クラロ」
歯の根も合わず、呼吸も乱れてるクラロを撫でる男の顔は穏やかで、ひどいぐらいに優しいもの。
「怖くない。まだ何も変わらないよ。……ただ、頑張った君にご褒美をあげたいんだ」
「ひっぃ! い、っらな……ぁ、っむ、り……むりぃ……!」
「うん。でもね、このままも辛いから。……大丈夫」
柔く握られた肉棒が、ゆっくりと擦られていく。下から上、たったそれだけの単純運動で、先走りに色が混ざり始める。
しがみ付く方に爪が食い込み、獣じみた呼吸が歯の隙間から漏れる。押しつけた額が擦れる刺激すらもビリビリとして、頭の毛が逆立つかのよう。
遅すぎる往復。扱くとは到底言えないほどに軽く触れているだけの。なのに、耐えられない。
開放されたいと込み上げる熱の感覚に、たまらず腰が逃げようとしたって、ベッドが軋んだだけ。
「だめ、だ……っ……め、だめっ……ううぁ、あ、あぁっ……!」
懇願は、聞き届けられる前に意味を失った。
ドクドクと溢れる精液に勢いはなく、漏れ出したとたとえるのが一番相応しいであろう。
一度、二度。跳ねた肉が、受け止めた手の中に惜しみなく熱を塗りつける。倦怠感と、開放感と、やはり消えることのない恐怖。
刺激が止んでも、性器の固さは衰えない。むしろまだ足りないと、そう言わんばかりにクラロの腹に反り返り、どうしようもない熱に喉がヒクつく。
終わらない。終わりじゃない。クラロの終わりは、まだ始まったばかりなのだ。
この程度で開放されるわけがない。この時のために、この男は、ずっと。
「上手にイけたね。いっぱい頑張って、素直になって、クラロはいい子だ」
子どもを褒めるように、言い聞かせるように。受け止めた精を舐め取る舌は、見つめる瞳よりも赤く、熱く。覗く牙が、口の形に合わせて歪む。
今からが始まりなのだと、喰らう男が、嗤って、
「それじゃあ、今日はこれでおしまい。寝ている間にベッドは綺麗にしておいてあげる」
はじめ、それはクラロの幻聴であると信じていた。
現実逃避。精神の乖離。肉体的な死が迎えられないのなら、心だけでもという無意識からの逃走なのだと。
だが、ベッドから離れていく男がそうでないと突きつける。
明日は休みにしてもらうから、ゆっくり休むんだよと。身体を洗うのは起きてからにしようと。
そうして扉の前へ向かう姿を幻で片付けることは……クラロには、できなかった。
「な、ん……なに……っ」
「うん? ……あぁ、そうだ。解毒剤もここに置いておくから、ちゃんと飲んでね。さすがにそのままじゃ君も眠れな――」
「っあんたの目的はなんなんだ!」
どこに、これだけの声を張れる力が残っていたのだろう。
部屋が震えるほどの大声。ビリビリと震える壁と鼓膜。薬を置きに戻ってきた男の眉が、心外そうに歪む。
そんな僅かな表情の変化も、怯えるクラロには見えていない。
あり得ない。こんなの、こんなこと。わからない。どうして、なんで!
このためにずっと、自分を追い詰めていたはずだ。貞操帯も外れ、対抗策はなく、なのに……どうして!
「お、れをっ! 犯すために、していたんだろう! なのに、なんでっ!」
人が最も恐れるものは、理解できないモノだ。未知のモノ。考えてもわからないもの。
クラロがそれでも立ち向かえていたのは、その目的が明確だったからだ。
自分は奴隷で、そして餌。男は淫魔で、捕食者。
聖女の血を引く人間を喰らうためだけに、こんな無意味な茶番を続けていたはずだ。
なのに、男は去ろうとしている。もう遊びに付き合う理由など、どこにもないはずなのに!
喚き、叫び、それでも震えが止まらず。泣き始めたクラロに、男はそっと微笑む。
何も変わらず。柔らかく、優しく。そして、慈しむように。
「言っただろう、クラロ。僕は君を助けたいんだって」
「嘘だっ!」
「本当だよ。さっきも言ったけど、今の君は信じてくれないだろう。今の君を犯すのは簡単だし、それも一種の救済には違いない。でもね、それじゃあ意味がないんだ」
これも言ったけどね、と。男がクラロの元に戻る。重い四肢を引き摺り、少しでも距離をとろうとする姿に男は微笑んだまま。
「身体だけでいいなら、もうとっくにそうしている。だけど、僕が欲しいのは君自身だ」
上体を起こし、壁に身を寄せ。もう下がることのできない身体を、伸ばした手がそっと引き寄せる。
愛撫でも、拘束でもない。ただ触れ合い、抱きしめるだけの……だからこそ、クラロにとっては何よりも恐ろしい行為。
「君が好きなんだ、クラロ」
囁かれた言葉を、どうして正しく認識できただろう。
好き。淫魔が、人間を? ただの奴隷を……好きだと?
「な、にを、言って……っ」
「君にかけられたその呪いを解いて助けてあげたいし、身体だけじゃなくて君の心も欲しい。今犯したって、どっちも手に入らない。僕は欲張りだけど、そのための我慢も努力もできるんだよ」
背を撫でることもなく、叩くこともなく。ただ、温かく抱きしめられる。
媚毒で過敏になった肌はそれさえも快楽を拾うのに、それ以上に、微睡みが勝っていく。
眠ってはいけないのに。考えなければ、いけないのに。
「だから、洗脳でも、無理矢理でもダメなんだ。君が、君の意思で僕を選んでくれないと意味がないんだ。今はそれだけ分かってくれたら、十分だよ」
だから今日はもういいんだと、笑う声が頭の中を通り抜けていく。
わからない。わかるはずがない。それなのに、もうなにも、考えられない。
幾度も与えられた絶頂と、数時間に及ぶ快楽責め。そうして、無防備な精神にすり込まれる睡眠の魔術。
どれだけ抗おうとも、限界を迎えていた身体は休息を求めて弛緩していく。
怖いのに、わからないのに。温かくて、優しくて……なにも、もう、わからない。
「必ず助けてあげる。……だから、また遊ぼうね、クラロ」
おやすみ、と。頭を撫でられる感覚が、クラロの覚えている最後だった。
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