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出迎えに行くと、イリヤとオースティンは口々に空腹を訴えた。

「ただいま~。アオイくん、お腹すいたー」

「ただいま、アオイーー今夜もいい匂いがするな」

「本当だ。香ばしい匂いがするね」

甘めのタレが温められて玄関まで漂って来ていた。イリヤもオースティンも頬を緩めてその匂いを楽しんでいる。

「今夜は豚の生姜焼きです」

今夜は何? という問いに答えると、2人は目を見開いて喜んだ。

「生姜焼き! 来界人街のレストランで食べたことあるよ。ね、オースティン」

興奮したイリヤがバシバシとオースティンの背を叩く。イリヤの攻撃を後ろ手に受け止めながら、オースティンは感心したように僕を見た。

「ああ。あそこは人気が高くてなかなか予約が取れないんだが。そんな店で出すような料理も作れるのか」

「アオイくんは凄いねぇ」

2人に褒められて嬉しいけど……
日本ではレストランで食べる料理ではありませんって言ってもいいのかな。
営業妨害にならないだろうか。

「褒めてもらって言いにくいんですが、日本では一般的な家庭料理なのでそんなに凄くはないです。もちろん、レストランの味は作れませんが」

「そうなの?!」

「はい。日本でもよく作ってました。そんなに驚かれるようなことなんですか」

おうちご飯の定番メニューの1つだと思うんだけど。ここでは、違うのかな。
でも、なんで生姜焼きだけこんな反応なんだろう。

僕の疑問に答えてくれたのは、オースティンだった。

「レストランの名物なんだ」

レストランの、名物? 生姜焼きが?

「そうそう。真っ白な皿に薄切りの玉ねぎと豚肉が綺麗に盛り付けられてて。糸みたいに細い生姜がふわっと乗せられてるんだ」

「生姜焼きを縁取るようにソースがかけられてて、それがまた美味い」

2人の話から想像すると、フランス料理みたいな盛り付けなのかな。ソースというか、あれはタレだと思うんだけど。

苦笑していると、今度は僕の方が驚かされた。

「パンが進むんだよねぇ」

パン?!
パンで食べてももちろん美味しいと思うけど、この世界にはご飯もあるのに。

「え、パン? パンで食べるんですか??」

「生姜焼きにはパンだろう?」

当たり前だろうと言わんばかりの2人。

「日本ではご飯が一般的、ですね。今夜もご飯を準備しています」

そう伝えると、2人は黙ってしまった。特にイリヤは細い顎に拳をあてて考え込んでいる。

そんなに悩むほど生姜焼きとご飯は想像出来ないのものなのかな。

「パンの方がいいですか?」

どうしてもご飯がダメなら、パンの用意はある。
ただ、パンって合うのかなと考えていると、イリヤが首を振った。

「違う、違う。そうじゃなくて。生姜焼きって女神ーー聖母様の得意料理として伝わってるんだ。前に読んだ文献の中に試行錯誤してパンに合うように改良したって書いてあったことを思い出してたんだよ。もしかすると、聖母様はご飯と一緒に食べたかったのかなって」

聖母の得意料理ってことは、当時から醤油や砂糖はあったってこと? 
でも、ご飯はなかった?

「当時はご飯、なかったんですか?」

「うん。ご飯ーー米が流通するようになったのはここ200年ほどのことだからね。来界人の一人が発見して品種改良したって伝わってるよ」

お米のない毎日は僕には考えられない。
いま、異世界で僕が食事に困ってないのは、聖母をはじめとした先達の来界人たちのお陰でなんだ。

「……どうした? そんな顔して」

「ーー日本人にとってご飯は特別なんです。無くてはならないというか。だから、聖母様はご飯が恋しかっただろうなって思って」

しんみりと呟くと、紅と蒼の瞳が暖かくこちらを見つめていた。

「じゃあ、今夜は聖母様に敬意を表してご飯と一緒に食べようね」

「そうだな」





「アオイくん?! これがーー生姜焼き?!」

「何というか、豪快な盛り付けだな」

大量の千切りキャベツと一緒に盛り付けた大盛りの生姜焼きに2人は目を剥いて驚いた。
それがおかしくて笑いながらご飯をよそって渡す。

「たくさん食べて下さいね」

イリヤとオースティンはゆっくりと一口、生姜焼きを口に運ぶと、あとは夢中でがっつき出した。生姜焼きとご飯が見る見る減っていく。

「おいしい! すごいご飯が進むね」

「付け合わせのキャベツを巻いて食べても美味しいですよ」

「ん~、本当だ。これはいいねぇ。ちょっとくったりしたキャベツとソースがよく合うよ。エールにも合いそうだね」

にこにこと生姜焼きを楽しむイリヤとは対照的にオースティンは無言で食べすすめていだが、ピタリとその箸が止まった。

「オースティンさん?」

「……すまないが、おかわりを頼む」

恥ずかしそうに頬を赤らめて皿を差し出したオースティンにイリヤが噴き出した。僕もつられるように笑いながら皿を受け取る。

懐かしいな。

ふと、そんなことを思って驚いた。
懐かしいも何もここでは初めて作った料理だし、継母と義弟との間にそんな思いがあるはずない。


じゃあ、この気持ちは一体……?



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