非公式怪異対策組織『逢魔ヶ刻』

メイ

文字の大きさ
上 下
8 / 17
祓徐士編

第七話 網切

しおりを挟む
 9月27日(水曜) AM0:17  荒噛戒 怪異の討伐を確認




 荒噛くんに言われるがままに玄関から飛び出し、一番最初に目があった警官に小さく頷くとすぐに悟ったらしく一人、また一人と民家の中へ突入していく。


 ブルーシートにより現場を隠すべく速やかに動く警官、立ち入り禁止のテープにより見物人を遠ざけるべく動く警官。

 先程までの厳重体制から一転して外は随分慌ただしくなり、たくさんの警察官や鑑識官が現場へ出入りを始めた。




「……こりゃ海老だな」


「ええ、海老ですね……。どうしましょう、ノコギリでバラしますか?」


「殻硬いし時間かかって仕方ねぇだろ、トラック手配すっからなんとかブルーシートで包んどけ」


「血液サンプル取って!早く!」




 鑑識の人達のやり取りが、非現実的なこの事態に慣れていることに驚く。


 私の知らないところで、怪異やそれを対策する人々がいる。まるで信じられないものの、現に今目の前の光景ややりとりが全てを物語っていた。






「お疲れ様です、荒噛様。今回の任務へのご協力、誠に有難う御座いました」


 パーカーが血に染まり表を堂々と歩けなくなったため、一人の警察官が着替えとしてあらかじめ用意していた一式のジャージを手に荒噛くんへ歩み寄る。

 どうやらこのやりとりもお約束なようで、ごくろうの一言を添えるなり鑑識やその他の目も憚らず堂々と着替え始めた。

 老夫婦の遺体や怪異の死骸などの対応に追われる現場にて、これから部活にでも臨むかのような荒噛くんの着替える姿はどこか異質さも感じられた。



「……あ、ねぇねぇ。明日でもいいからさ、この家の周りを調べてくれる?多分だけど赤ちゃんの骨が出てくると思う。庭か、あるいは軒下か……それまで智って人の身柄を保護しておいたほうがいいよ」



 着替えながら、荒噛くんが奇妙なことを言い始める。

 警官も訳がわからなそうに呆然と聞いていたものの、わかりましたと一言添えては敬礼しその場を後にする。



 赤ちゃん?どういうこと?




「仏壇にさ、赤ちゃんの写真があったんだよね、一枚。でも変なことにさ、いくつかある位牌の戒名見たけど赤ちゃんらしいのは無いんだ。おかしくない?死んでもいない、ましてや赤ちゃんの写真を仏壇に飾るなんて。僕なら絶対しないけど」



 私はこの時、荒噛くんが言ってる意味がいまいちわからなかったけれど、同時に得体の知れない恐怖を覚えた。

 おそらく、この怪異事件……根本には深い闇があると睨んでいるらしい。



 着替えが済み、刀と壊れたギターケース、血に染まった着替えの処分を警官へ丸投げにすると、ようやく帰れるという気持ちの現れか少しばかり軽やかな足取りで荒噛くんが表へ出る。


 パトカーの赤色灯は未だに鮮烈に灯っていて、深夜にも変わらず心なしか先ほどよりも見物人の姿が多く感じられる。

 スマホを向ける人、どんな凄惨な事件が起きたのかと憶測だけの話をする人。


 現場への関心は収束するかと思いきや、ますます集まっているのではと思える状況だ。

 もしこんな状況で万一にも怪異の情報が漏れ出たらパニックになるのではないか……





「ふむ、戒……お主はちっとも大きくならんのう?相も変わらず貧相な食事ばかり取っておるのかえ?」



 背後から、女性の声が聞こえた。
 まるで透き通るような、明瞭に頭に響く綺麗な声。


 その声に釣られるように振り返ると、その人は私と荒噛くんのすぐ後方に立ってこちらを見ていた。




 さらっとした美しい長髪、色は荒噛くんと同じ銀の色味。
 綺麗に整った顔、歳はおそらく二十歳半ばくらいか。着物姿も相まって大人の色気が感じられる。

 それよりも、一際目を引いたのは……この人、瞳孔の部分が十字になっていて、黒ではなく金色になっている。明らかに普通じゃない雰囲気が感じ取れる。




「あ、サクヤ様こんばんは。今日も見目麗しくてなにより。背伸びた?」



 なにやら棒読みでぺこりと挨拶をする、やる気のなさそうな荒噛くん。

 この人がさっき言ってたサクヤ様……らしい。

 一体何者なのだろうか、逢魔ヶ刻以外にも祓徐士がいるのだろうか。いや、そもそもこの人は祓徐士なのだろうか。




「祓徐士じゃよ、でのう?」



 私の思考を読み取ったかのように、思ったままのことを口で返答してきた。
 その瞳は私の双眸を射抜くように捉えていて、まるで全てを見透かされているような感覚さえ覚える。



「……あんまサクヤ様の前で考え事しないほうがいいよ。全部筒抜けだから」



「お主は妾の前だとチュッパチャプスとやらのことしか考えんからつまらぬ。……ほれ、今度はポテチのことばかり」



 なるほど、荒噛くんとこのサクヤ様って人は相性良さそうだ。なんだか友達感があるというか、波長が合いそうというか。少なくとも悪い人じゃなさそうだ。



「このガキと相性が良い?お主の感性は随分と豊かであるようじゃのう、おめでたいことで」




 前言撤回、やっぱ私この人嫌い。






「戒よ、智氏の頭を際見えたのじゃが……」



「あー、老夫婦の息子さんでしょ?なんとなく気付いてたけどやっぱりか」



「……やはりお主はつまらんガキじゃのう」




 何なら意味深なやりとりをする二人。

 荒噛くんの返答が面白くなかったようで、サクヤ様は苦虫を噛み潰したような表情を見せては踵を返しこちらへ背を向ける。





「……今宵は戒の殊勝な立ち回りのおかげで仕事も最低限に済んだわい、妾もそろそろ帰るとするかのう」



「ん、お疲れさま。またねー」




 現場を後にするべく送迎用に手配されたパトカーに乗り込むサクヤ様を、呆気に取られるように眺める。
 事件現場に入り込むような場面も見られなかったし、特別なにかをやったようにも見えない。




「え、それだけ?仕事って?」



「あー、サクヤ様の仕事って記憶の改変なんだ。異能で頭の中を覗き込んで怪異に関する記憶をすり替える感じ。怪異の目撃情報って聞かないでしょ?実は全部サクヤ様のおかげなんだ」



「……そんなことできるの!?」



「うん、異能だもん。今回は僕が海老を外に逃さずに討伐したからサクヤ様の仕事は怪異を目撃した息子さん一人の改変だけ。今は海老を見た記憶は暴漢か何かにすり替わってるよ」





 べ、便利すぎる。
 今の今まであれだけの存在感を放つ怪異を目撃してこなかったことに納得がいくし、もし見たとしても記憶から消されていたのかも知れない。

 国家直属とは言っていたけど、たしかに国家レベルの影響力があるといっても過言じゃないだろう。





「荒噛くんの異能ってどういうの?」



「……ちょっと何言ってるかわかんない」



 そこそこ長めに溜めた後、めちゃくちゃ雑にはぐらかされた。
 そんなに言いづらい質問なのだろうか。単に説明が面倒臭いだけなのだろうか。







「じゃ、じゃあさ……赤ちゃんの骨とかなんとか言ってたけど、あれは?」



 荒噛くんの異能についてはかなり気になるものの、触れてはいけないラインを感じてはすぐさま質問の内容を切り替えてみる。
 先程から気になっていた、赤ちゃんやサクヤ様とのやりとりについて。


「ん?それはね……明後日くらいにはわかると思うよ。多分ね」







 ----------------------------------------------------


 記録

 9月29日(金曜日)


 都内某所にて発生した怪異による老夫婦殺害事件について、その後の出来事をここに記録する。



 警察に身柄を確保されていた飯嶋智(51)の逮捕が告げられる。

 容疑は幼児の殺人罪とのこと。


 決定的な証拠となるのは、9月27日、鑑識官が荒噛戒による助言を元に事件現場の裏庭にある閉ざされた古井戸を調査した際、幼児のものと思われる骨の一部が発見されたことで事態は急展開を迎える。


 調べるにあたり、智氏は十八年前に離婚歴があり、原因として元妻の恵美子氏へ日常的に暴力を奮っていたことが挙げられる。

 また、元妻との間に子を授かっていたことも明らかとなる。

 智氏と恵美子氏の子"佳奈かなは、一歳を迎えて間もない頃に智氏の虐待が原因で死亡。

 直接的な死因は不明瞭なものの、智氏はこの件について容疑自体を容認。



 殺害後、裏庭にある古井戸に遺体を遺棄。
 その後ペットショップにて購入した無数のザリガニを井戸に投入することで遺体の処理を行なったと自白している。

 元妻との離婚については、この一件が決定的になったかは不明ではあるが、老夫婦及び恵美子氏が警察に届け出なかったのは家庭内にて智氏による"恐怖による支配、脅迫により生じる洗脳があった"のだろうと咲耶さくや様が推測している。


 佳奈氏殺害の後九ヶ月後に離婚を確認。恵美子氏のその後の消息に関しては不明。




 今回の怪異は、井戸に遺棄され供養されずにこの世を彷徨った佳奈氏が怪異化したものと思われる。


 その甲殻類のような容姿から、類似した妖怪"網切"と命名。


 2023年 9月27日 荒噛戒により討伐を確認



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

【ヤンデレ八尺様に心底惚れ込まれた貴方は、どうやら逃げ道がないようです】

一ノ瀬 瞬
恋愛
それは夜遅く…あたりの街灯がパチパチと 不気味な音を立て恐怖を煽る時間 貴方は恐怖心を抑え帰路につこうとするが…?

処理中です...