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3章。バフ・マスター、Lv6覚醒

40話。【バランSIDE】バラン団長、完全な裏切り者になる

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 薄暗い地下の独房にバランは入れられた。
 ネズミが這い回るような不衛生な場所である。

「くそぅ、くそぅ! この俺が……っ!」

 牢獄でバランは拳を握りしめて、リディア王女への怒りを滾らせていた。
 この俺をハメたあの小娘の仕打ちは、絶対に許すことができない。
 
「捕まえて、顔の形が変わるほど殴りつけてやる!」

 妄想の中で、バランはリディアに悪魔のような暴力を振るって、憂さを晴らす。
 元はと言えば、すべてバランの自業自得なのだが、彼は自らを省みることなどなかった。

「殺してやる。いや、ただ殺すだけではあきたらん。アベルともども、この世の地獄をたっぷり味あわせてやるぞ!」

 もはや王家への忠誠心など微塵もなく。
 バランは、ひたすら王女への憎悪を燃やしていた。

「バラン殿。面会の使者です」

 牢番がやって来て告げる。

「やっと来たか。遅い!」

 バランは実家のオースティン侯爵家に、牢獄に酒を届けるように使者を出していた。

 本来なら絶対に許されないことだが、バランの権力を持ってすれば、この程度の脱法行為はたやすい。

 やがて姿を見せた美しい少女メイドは、極上の酒瓶を手に掲げ持っていた。
 
「牢番、お前は席を外せ。女、酌をしろ」

 牢番に金貨を投げてやると、彼はそそくさと姿を消した。
 とにかく酒でも飲まなければ今夜は眠れそうにない。

 明日以降は侯爵家の力を借りて、なんとかここから出る算段をするつもりだが……
 国王と王女をあそこまで怒らせては、さすがに望みは薄かった。

「クスッ。だいぶお困りみたいね。バラン・オースティン様」

「なんだとッ!? メイドの分際で!」

 メイドが冷笑したのを見て、バランは激怒した。
 しかし、銀髪の少女メイドは、なんら動じることなく優雅に一礼する。その所作には犯しがたい気品があった。

「はじめまして。私はフォルガナの王女アンジェラと申します。会えて光栄よ」

 衝撃的な自己紹介だった。
 本来、やって来るハズだったメイドと入れ替わったらしい。

「フォルガナの王女だと? バカな、フォルガナの王女がなぜ間諜(スパイ)の真似事など……」

 アンジェラの暗躍については知っていたが……
 フォルガナの王女がこんな危険を犯して自ら動くなど、到底、信じられなかった。

「王女と言っても、私の序列は低いのよ。今回のアーデルハイド攻略で手柄を立てなくてはならない立場なの。で、どうかしら? 私と手を組んでくださらない? あなた、このままでは一生、牢獄暮らし。悪ければ打首になる立場じゃなくて?」

 その申し出にバランは驚愕する。
 それはつまり、本物の反逆者となるということだ。

「あなたの実家、オースティン侯爵家はすでにあなたを切り捨てる判断をしたわ。反逆者を身内に抱えては、侯爵家も立ち行きませんものね。
 本来、ここにやって来るハズだったメイドは、酒に毒を入れていたの。
 あなたには早々に死んでもらわないと困るみたいよ」

「まさか、父上が俺を……?」

 憐れみを浮かべるアンジェラに、バランは動揺する。
 侯爵家から見捨てられては、もはやバランの行く末は死しかない。

「かわいそう。ずっと今まで、ブラックナイツの団長として、この国に貢献してきたのに。もう誰からも必要とされないなんて」

「くぅうううっ……! それで俺にどうしろと?」

 もはや、アーデルハイド王国に未練はなかった。
 アンジェラの申し出を受け入れ、フォルガナでやり直すより他に、バランの生きる道は無い。

「話が早くて助かるわ。策と力を授けるから。その通りに動いてくれれば、大丈夫よ」

「貴様らに寝返るのは良いが、ひとつ条件がある。リディアは殺さず、俺の奴隷にして飼いたい! あの小娘にはこの先、一生、生き地獄を味あわせてやる。どうだ?」

「……良いわよ」

 アンジェラは花の綻ぶような笑顔で快諾した。

「ありがたい。俺は今後、アンジェラ王女殿下の騎士として、剣を振るおう」
 
 バランはアンジェラの手を取り、その甲に口付けをしようとした。騎士の姫君に対する忠誠の誓いである。

 アンジェラが慌てたように、手を引いて逃げた。

「あ、あなたを私の正式な騎士とするかは、今後の働きによるわ。まずは手柄を立てなさい。話はそれからよ」


 
 王宮の外に出たアンジェラは、バランに掴まれた手をハンカチで念入りに拭った。

「気持ち悪い男に触れられてしまったわ。気持ち悪い、気持ち悪い……っ」

 バランがアンデッドに転生すれば、アンジェラに絶対服従する存在になる。
 口約束などいくらしてやっても構わなかった。

 それにしても、主家の姫君を奴隷にしたいなどと、バランはおよそ騎士の風上にも置けない男だった。
 無能なだけでなく、品性まで下劣とは救いようがない。

 あんなヤツは本来ならお友達(アンデッド)になど、したくない。まして騎士として、側に置くなど。

「信じられないくらいバカな人。私の騎士があなたなんかに務まると思っているなんて……」

 黒衣の騎士シグルドが、アンジェラの影より出現する。
 最高の騎士を知ってしまった今となっては、他の有象無象では我慢できなかった。

「まあ、バカにはバカなりの使い道があるわよね。せいぜい、私の役に立って死ぬといいわ」

 アンジェラは吐き捨てる。
 バランなど、欲しい物を手に入れるための捨て駒に過ぎなかった。

 シグルドに加えて、もうひとり。
 やがてアベルを自分の騎士に加えることができると思うと、ゾクゾクするような興奮を覚える。

「こんな気持ちになるなんて、はしたないかしら?」

 独りごちて、アンジェラは闇の中に消えていった。
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