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1章。クズ悪役貴族、ゲーム知識で王女を救う

6話。王女に真の英雄だと勘違いされる

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【セリカ王女視点】

「うぉ!? セリカの胸がぁ!?」

 ヴァイス君は身をよじって素っ頓狂な声を上げた。

 えっ? セリカ?
 呼び捨てにされたことに、びっくりしてしまう。
 さっきも、戦闘中に呼び捨てにされた。し、しかも、胸って……
 
 共闘しての大逆転勝利に感激して、思わず抱き着いてしまったけど。
 そ、そう言えばコイツは、ヤバい奴だったわ。

 私はドン引きして、慌ててヴァイス君から離れる。

「……そこに誰かいるんですか!?」

 その時、騒ぎを聞きつけた誰かが大声を上げながら、やって来た。

 ほっ、なにはともあれ、これで一安心ね。
 
 エレナは気絶しちゃったし、このド変態とふたりきりとか、魔族とは別の意味で身の危険を感じちゃうわ。

 もちろん、助けてもらったことには感謝しているけど……

「良かった! ここに大勢の怪我人がいるの!」
「どわっ!? ヤバい! すぐに、ここから離れるんだ!」

 私が助けを呼ぼうとすると、ヴァイス君は私を小脇に抱きかかえて、脱兎のごとく駆け出した。

「はへっ?」

 彼は気絶したエレナも拾うと、風魔法の風圧を背に受けて猛然とダッシュする。

「ちょ、ちょ!? なにするのよ、離して!?」

 コイツ、私にいやらしいことでもするつもりなんじゃないかと、全身に鳥肌が立った。
 私は大声を上げて、全力で抵抗する。

「静かに! ヤバい奴(勇者アレン)が近くに来ているんだ!?」
「えっ? もしかして、敵は1人じゃなかったってこと!?」

 今の声は少年っぽかったけど、まさか魔族の仲間!?

「奴に遭遇したら、お終いだ! とにかく協力してくれ!」

 ヴァイス君は、まさに必死の形相だった。
 覗きやスカートめくりをして喜んでいた締まりの無い顔じゃないわ。

「う、うん……!」

 私は声のトーンを低くして頷く。
 途端に、自分の勘違いが恥ずかしく思えた。

 ヴァイス君は、命懸けで私とエレナを救ってくれようとしているのだわ。

 さっきだって、自分よりはるかに強いガロンに立ち向かって行って……ちょっと、カッコよかったじゃない。

 真の英雄とは、弱い者を守るために自分より強い敵に立ち向かっていける人のことよ。

 考えてみれば同年代の男子で、そんな人には今まで出会ったことが無かった。
 
 お父様が私をグロリアス騎士学園に入れたのは、私の婿の座をかけて、生徒同士の競争を激化させるため……
 
 それによって、強い英雄を誕生させて、王家に取り込むのがお父様の狙いだった。

『強さこそ絶対、強い者は美しいぃいいいッ! 英雄の卵たちよ。我が息子となりたければ、力で他者を蹴落としてナンバー1の座を勝ち取るが良い!』

 というのが、入学式で理事長であるお父様が言い放った言葉よ。

 私の気持ちとかは、まるで考えてもらえなかった。

 勝者の賞品扱いされるのは嫌だったけど、魔族に脅かされる王国のためには、必要なことだと受け入れたわ。

 だけど、【栄光なる席次】グロリアス・ランキング上位の男子生徒たちは、その強さを笠に着て、威張り散らす者ばかりだったのには、唖然とした。

 こんな人たちの誰かと結婚させられるのは、絶対に嫌だと思った。

 幸いなのは、今の【栄光なる席次】グロリアス・ランキング不動の1位は、女子生徒の3年生フィアナだったことよ。

 でも、フィアナは来年には卒業してしまう。
 だから、友達のエレナにそれまでに1位になってもらいたかった。
 エレナだけが、私が心を許せる味方で希望だった。

 ……でも、もしかするとヴァイス君は、他の男子たちとは、ちょっと違うのかも?

「あっ、そうだ。【超重量】レベル3の能力!」

 ヴァイス君が叫ぶと同時に、その丸みを帯びた顔が急速に引き締まっていった。
 その変化は全身に及び、見る見るうちにヴァイス君は痩せて、細くなっていく。

「……はぇ!?」

 思わず身体が、かっと熱くなってしまう。
 ちょ、ちょと、私、見違えるほどイケメンになったヴァイス君に抱きかかえられているんですけどぉ!?
 
「ちょちょ!? もういいから降ろして! 自分の足で走れるから!」

 気恥ずかしさから、思わず叫ぶ。
 なんかヴァイス君って、ちょっとカッコいいかもと思った直後のこの変身ぶりは、反則じゃない!?

「いや、待て。ちょうど良い場所があった!」

 ヴァイス君は、ポッカリ空いた洞窟の入り口に飛び込んだ。

「奴(勇者アレン)がいなくなるまで、ここに身を伏せて、静かにしているんだ!」
「う、うん」

 鬼気迫るヴァイス君の口調に、私はコクコクと頷く。
 ヴァイス君は私とエレナを離して、外の様子をうかがった。
 
 その様子は真剣そのもので、とてもセクハラ目的で、ここに私を連れ込んだとは思えないわ。
 なにより、それなら妹のエレナまで連れて来るハズがないもの。

 やっぱりエレナの話してくれた通り、彼は心を入れ替えたんじゃない?

 ガロンは私を拉致しようとしていた。なら、その仲間の目的も同じハズ。

 ローランド王家の弱点は、一族の少なさよ。私にはお兄様がいたけど、6年前に亡くなってしまい、それで庶子の私が王家に招かれた。
 お父様は後宮まで作ったにも関わらず、子宝に恵まれなくて、今は誰も兄弟がいない。

 もし唯一の王女である私がさらわれたりしたら、一大事よ。
 確実に多くの人の血が流れるし、下手をすれば国が揺らぐことになる。

 思わず背筋が冷たくなった。
 ヴァイス君が、ここまで真剣になるのも当然よね。

 それなのに、私は暴れたりして……彼の足を引っ張ってしまった。
 なんてバカなことをしてしまったの。

「セリカ王女、今のうちに妹に回復魔法をお願いします」
「えっ!? そ、そうだよね」

 私は慌てて気を失ったエレナに回復魔法をかける。

「もし奴が近づいてきたら、俺が囮になって引き付けますので。ここにエレナと隠れていてください」
「こ、今度は1人で、戦うつもりなの!? 死ぬ気ぃ!?」
 
 思わず大声を出してしまって、慌てて口をつむぐ。

「えっ、そんなつもりはありませんが……」

 ヴァイス君はキョトンとした様子で答える。
 ……ああっ、私を心配させまいとしてくれているのね?

 思わず胸が熱くなった。
 私はヴァイス君のことを完全に誤解していたわ。

 人間は窮地の時こそ、本性が出る。

 忠誠を誓っていた騎士が、土壇場で主君を裏切って逃げるなんて、良くあることよ。

 6年前にお母様が毒殺された時、私はそれを思い知った。

 お母様に付いてくれば、美味しい思いができると思って忠誠を口にしていた者たちが、一斉に手の平を返して、去って行ったわ。

 毒殺の首謀者は、証拠は無いけどおそらく王妃様よ。
 王妃様は、国王付きの侍女だったお母様に、お父様を奪われたと思って、嫉妬して殺したんだわ。

 王妃様を敵に回したら、この国では生きていけないのは当然のこと。
 私は幼くて頼りないし、いつ王妃様に殺されるか、わからない。

 だから、私を見捨てたあの人たちの気持ちは、理解できるけど……

 それ以来、私は自衛のために明るく笑っていても、心は容易に他人に開かなくなった。
 心を許せるのはエレナくらいなものだった。

 ヴァイス君は、無言でずっと外を警戒し続けている。

 彼は私を置いて逃げるどころか、この窮地にあって、最後まで戦おうとしてくれているのだわ。

 一体、なぜなの? エレナのようにお父様から命令された訳でもないのに、なぜそこまでしてくれるの? 王国のため? それとも……

 さっきから、心臓がドキドキ言っている。

「も、もういいかな? 近くには誰もいないようだけど……?」

 15分ほど経って、安全だと確信した私は切り出した。

「……はい、もう大丈夫そうです。って、ズボンが!? し、失礼しましたセリカ王女!」

 立ち上がったヴァイス君は、緩くなったズボンがずり落ちていることに気づいて、そっこうで手で引き上げる。

「こ、これはセクハラじゃなくて、不可抗力と言いますか!? 逃げるためにスキルで軽量化したんです! だから退学とかにはしないでください!」
「イイってイイって。もちろん、わかっているから!」

 あっ、そう言えば……ヴァイス君のセクハラは容認できない、彼を退学させろ、という声が女子生徒たちから上がっていたっけ?

「大丈夫、大丈夫! ヴァイス君を退学になんて、この私が絶対にさせないわ!」
「……えっ、ホントですか?」

 ヴァイス君は、ぽっかーんという顔をした。

「私たちを守るために、命がけで戦ってくれたんだものね! ごめんなさい、私、ヴァイス君のこと、地上最悪のセクハラ変態魔神だと思い込んでいたわ!」
「……い、今まで、セリカ王女やみんなにしてきたことを考えれば当然です。心の底からお詫びします。もう絶対に、みんなが嫌がるようなことはいたしません」
「はぇっ?」

 そこでヴァイス君は、深く頭を下げて謝罪した。

 い、意外というか……彼は今までとは別人のようだわ。
 人間って、ここまで一気に変われるモノなの?

 それとも何か事情があって、実力を隠し、人格を装っていたとか?
 さっきのガロンを圧倒した力。あれだけの能力を隠して、学園最下位に甘んじていたとなれば、よっぽどの理由が……

 いずれにしても、彼の心根の底にあるのは、紛れもなく善だわ。
 私は心底うれしくなった。

「うん、約束よ! じゃっ、お父様に頼んで、なにかヴァイス君に報奨を与えてもらおうと思うんだけど、何が良いかな!?」
「ほ、報奨ですか……? そ、そうだな」

 ヴァイス君はしばらく考え込んでから、口を開いた。

「では、これからセリカ王女のお側に、ずっと居させてもらえませんか?」
「はえっ?」
 
 頭の中が真っ白になる。
 ……えっ、ナニソレ、どういうこと?
 
 私が騎士学園に入学したのは、婿探しのためであることは、ヴァイス君も承知しているハズ。

 その私にこのセリフって……ま、まさか、プロポーズ!?

 ヴァイス君も、王女争奪戦と化した【栄光なる決闘】グロリアス・デュエルに参戦するつもりなの?

 確かに、魔族化したガロンを倒したのなら、1位になれる可能性は大いにあると思うけど。

 ち、違うわよね。たんに、妹のエレナ同様、私の護衛になりたいということだよね!?
 うん、それはそれで、大変な出世には違いないもの。

 私は激しく動揺しながらも、確認することにした。

「そ、そそれって、どういう? まさかヴァイス君も【栄光なる席次】グロリアス・ランキング1位を目指すつもりなの!?」
「(騎士学園の生徒なのですから)当然、そのつもりです」
「どひゃあぁああッ!?」

 やっぱりプロポーズだった。

 ヴァイス君が、私のために身体を張ってくれたのは、私のことが好きだから!?

「昼夜問わず、できる限りセリカ王女のお側にいさせていただくのが、俺の望みです。できれば、従者として明日からでも。そして、命を賭けても必ずセリカ王女をお守りすると誓います。王妃様から」

 命を賭けて私を守りたいなんて、ドストレートな愛の告白! うれしいけど、困っちゃう!?
 あ、あれ? だ、だけど。最後、かなり気になることを……

「……って、い、今、王妃様って、言わなかった!?」
「はい。今回のセリカ王女襲撃事件の黒幕は王妃様です」
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