上 下
1 / 75
1章。機神の錬金術師ヘルメス

1話。幼馴染の聖女から追放される

しおりを挟む
「ロイ、あんたはもう私には必要ないわ。追放よ!」

 その日、俺は食堂で、相棒の聖女ティアから追放宣言を受けた。
 思わず手に持ったフォークを落としそうになる。
 俺とティアは幼馴染だ。ふたりで冒険者パーティを作って、これまでずっと一緒にやってきた。

 ティアは誰もが振り返るほどの16歳の美少女だ。勝ち気な青い瞳で、俺を見下している。

「ちょ、ちょっと待ってよ。どうして、俺が追放なんだ?」
「はぁ~~、あんたバカァ? 私は大錬金術師ヘルメス様との婚約が決まったの。その私の相棒が、あんたみたいな魔法も満足に使えないカスだと知れたら、私の価値が下がるじゃない?」

 ティアは小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「えっ……つ、つまりはヘルメスと婚約するために、俺が邪魔だと?」

 あまりのショックに俺は目まいを覚えた。3年前にパーティーを結成した時は、例え何があっても助け合っていこうと約束したのに。

「そういうことよ。あんたとは兄妹同然の幼馴染みだから、今まで我慢して面倒を見てきてやったけど、もうここまでね。聖女の私と、あんたみたいな荷物持ちしか能が無いクソゴミとでは、住んでいる世界が違うのよ!」

 ティアは美しい顔を傲慢に歪めた。
 ティアは稀有な聖魔法の才能に恵まれ、聖女と讃えられた。

 そのため、ティアはすっかり天狗になって、最近では俺をバカにするようになっていた。
 子供の頃は聖魔法で、俺の怪我を治してくれた心の優しい少女だった。そんなティアを俺は好きなり、いつかまた元の彼女に戻ってくれると信じていたんだけどな……
 
「俺は荷物持ちの他に、索敵やタンク役もこなして、ティアを助けてきたつもりだったけど……俺は必要無かったのか?」
「はっ、バカね。そんなのAランクのレンジャーを雇えば良いだけの話でしょう? お金なら、もうたくさんあるのよ。今まで、お義理で付き合ってやってたんだから、感謝しなさいよね!」

 ティアは俺に罵声を浴びせると、懐から銀色の板を取り出す。それに愛おしそうに頬擦りした。

「ああっ、このヘルメス様が開発したタブレット型スタッフ【クリティオス5】は最高だわ。魔法増幅率はなんと250%と過去最高! 遠く離れた人と通話ができる機能もあるし、デザインもこのメタリックな感じがカッコいいのよね!」

 ティアは最近購入した新型スタッフに夢中だった。
 スタッフとは、魔法を発動するのに必要な魔法使いの杖のことだ。

 錬金術師ヘルメスは、6年前にこれをポケットに入れられるくらいの板状にデザインチェンジし、世界に衝撃を与えた。
 それまでは、魔法を使うには詠唱を必要としたが、【クリティオス】を使えば無詠唱で魔法が使えるようになり、爆発的に普及した。

「それは失敗作なんだけどな。新しく搭載した通話機能だけど……魔力バッテリーの持ちが悪くて、すぐに魔力切れを起こして使えなくなるし。結局、『魔法が使えない人にも最高の通信環境を』というコンセプトを実現できていない」
「はぁ!? あんたにこの偉大な【クリティオス5】の何がわかるの!? 私のヘルメス様をバカにする気!? クソ錬金術オタクごときが!?」

 ティアは声を荒らげてテーブルを叩いた。

「い、いや、そんなつもりは無かったのだけど……」
 
 俺はスタッフ開発に、強いこだわりを持っている。その理想に届いていないのが許せなくて、ついつい口走ってしまった。

 俺はティアにずっと秘密にしてきたことがある。
 これは国王陛下から口止めされていることなんだけど、ティアとは国王陛下の薦めで婚約が決まった訳だし……俺も昔より、はるかに力をつけた。もう言っても構わないと思う。

「実は、俺がその【クリティオス】を開発した錬金術師のヘルメスなんだ」
「はぁっ……?」

 ティアは呆気に取られた。

「……ロイ、あ、あんた私にケンカ売っているわけ? あんたが私の憧れのヘルメス様なわけないでしょう!? これはヘルメス様への最大の侮辱だわ!」
「いや、事実なんだよ。俺は魔法の詠唱が致命的に苦手だから、無詠唱で魔法を発動できる新型スタッフ【クリティオス】を開発したんだ」

 錬金術師ヘルメスは俺の裏の顔だ。
 俺は生まれつき魔法の発動速度が遅くて、魔法が満足に使えなかった。

 それを補うために、8年前、ちょうど8歳のころに新型スタッフ【クリティオス】を発明した。

 俺の父さんは宮廷錬金術師だった。父さんから画期的な発明だと絶賛され、王国軍で採用されることになった。
 
 だけど、悲劇が起きた。
 俺の存在を危険視した隣国が、俺を殺害しようとしたのだ。
 俺を隣国の暗殺者から守ろうとした両親は死亡し、妹は大怪我を負った。

 国王陛下は、俺の存在を他国から守るために、正体を隠すように命じた。そして、表向きは俺は死んだことになり、別人に成りすました。
 こうして、すべてが謎に包まれた錬金術ヘルメスが生まれたのだ。

 俺は本来の黒瞳を、魔法で碧眼に変えられた。
 さらに身寄りの無い子供として、聖職者だったティアの両親に預けられた。

「それに俺は、ティアの能力をバフ魔法で底上げしていたんだ。俺抜きにダンジョン攻略なんかしたら、ティアはトンデモナイ目に合うぞ」

 バフは魔法が苦手な俺の唯一の取り柄だ。
 これだけは人並み以上に使えるように、8年間鍛えてきた。
 すべてはティアを陰ながら守るため、もう二度と悲劇を繰り返さないためだ。
 
「バカじゃないの? ヘルメス様の【クオリティオス】を使っても魔法の発動に3秒もかかるようなクソ落ちこぼれが、ヘルメス様を騙るなんて!? しかもバフで私を支援ですって!?」

 ティアは大激怒した。

「い、いや、でも国王陛下の仲介で、俺たちは結婚するわけだし、今のうちに俺の正体を知っておいてもらった方が良いかなって……」

 国王陛下は俺がティアのことが好きなことを知ると、気を回して錬金術ヘルメスと聖女ティアの婚約を取りはからってくれた。

「まだそんなことを言うわけ!? ロイの分際で! 私があんたと結婚する訳ないじゃない。絶対にお断りだわ!」
「えっ、いやでも……俺はティアを守るため、ずっとがんばってきて……もう正体を明かしても問題無い力を手に入れたんだ」
「はぁ!? 何妄想を垂れ流しているのよ、正体ですって!? バカじゃないの! もう顔も見たくないわ!」

 ティアはテーブルに食事代を乱暴に叩きつけた。

「ちょっと待って、証拠となる品を出すから……!」
「うるさい!」

 ティアは呆然自失とする俺を置いて走り去った。
 俺は幼馴染みのティアから追放された上に、こっぴどく振られることになった。

『私があんたと結婚する訳ないじゃない』

 という絶望的な一言が、いつまでも脳内に反響していた。

「……そうか。ティアはそんなに俺のことが嫌いだったのか……はははっ」

 がっくりとしてしまう。
 それにしても、ヒドイ言い草だった。

 ティアが昔の彼女に戻ってくれることを期待していたなんて、バカみたいだ。俺の好きになった女の子は、もう記憶の中だけの存在だったのだ。
 ……クソっ、辛い現実だけど、なんとか受け止めなくちゃな。

 俺はポケットから、【クリティオス・カスタム】を取り出す。俺が自分専用にカスタムチューンアップした特別なタブレット型スタッフだ。
 ティアが待ってくれれば、これを俺がヘルメスである証拠として見せようとした。

 画面をタップして、国王陛下に魔法回線を繋ぐ。
 ワンコールで繋がり、恐縮した様子の国王陛下の映像が、空中に映し出された。秘密保持のため、国王陛下の音声と映像は、俺にしか見聞きできないように設定されている。

『これはヘルメス様、いかがされましたでしょうか?』
「……実はティアから、俺とは絶対に結婚したくないと言われたんです。残念ですが、彼女の気持ちを尊重して、俺は身を引こうと思います」
『そ、それはどういうことでありましょうか? 聖女ティアはヘルメス様の大の信奉者。ヘルメス様と結婚できるなんて夢みたいだと喜んでおりましたが……』

 ヘルメスの正体が、俺だと知られたら幻滅されるだけだろう。
 二度も振られるのは、ごめんだ。

「……とにかくそういうことですので、ティアとの婚約は破棄したいと思います。国王陛下からティアに俺との婚約破棄を伝えてください。よろしくお願いします」
『わ、わかりました......! 我が国に絶大なる貢献をしておられるヘルメス様がそうおっしゃるなら!』

 国王陛下は慌てて頷いた。

『おのれ、聖女め。ヘルメス様のご不興を買うとは、ゆ、許し難し……!』

 国王陛下は怒り心頭で魔法回線を切った。
 あとで、ティアが何か不利益を被らないように国王陛下にフォローしておくべきかも知れない。

 だけど、今はとにかく精神的に参ってしまった。まずは宿に荷物を取りに帰ろう。今日からは、ティアと別行動だ。はぁ~。
 そう肩を落として、食堂を出た時だった。

ドドオオオオォォン――ッ!

 突如、目の前で大爆発が起こり、家屋が吹っ飛んだ。噴き上がった爆炎に照らされたのは、巨大なドラゴンだ。

「ひぎゃあああ!?」

 人々が悲鳴を上げて、逃げ惑う。
 なっ、そんなバカな……ここは外壁に囲まれた街中だぞ。
 こんな最強クラスのモンスターが突然現れるなんて、絶対にあり得ない。

「いやぁぁあああっ!」

 ティアの悲鳴が響き渡った。
 まさか、まだ近くにいたのか。慌てて悲鳴が聞こえた方向に走って、彼女を探す。

「た、助けてヘルメス様ぁああ!」

 尻餅をついたティアを、ドラゴンが見下ろしていた。まさか、ドラゴンはティアを狙っているのか?

 仕方がない。これを使うには王国政府の許可が本来なら必要だけど、迷っている暇はない。
 懐から【クリティオス・カスタム】を取り出して、緊急チャンネルを開いた。

「こい! 機神ドラグーン!」
『応(おう)!』

 俺はドラゴンを元に開発した究極の決戦兵器を召喚した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒の創造召喚師 ―Closs over the world―

幾威空
ファンタジー
※2021/07/21 続編の連載を別枠としてこちらに移動しました。 ■あらすじ■ 佐伯継那(さえき つぐな)16歳。彼は偶然とも奇跡的ともいえる確率と原因により死亡し、異世界に転生を果たす。神様からの「お詫び」にもらった(というよりぶんどった)「創造召喚魔法」というオリジナルでユニーク過ぎる魔法を引っ提げて。 ――そして、大陸全土を巻き込んだ「世界大戦」の元凶であった悪神・オルクスを死闘の末に打ち倒し、平穏を取り戻した ――はずなのだが……神・ディエヴスの依頼により、ツグナたちは新たな戦いに巻き込まれることとなる。

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...