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第52話 竜の過去 ⑦正解
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「そう……こんな子で良ければもらってやって下さい。旦那を思い出すこの子は私には必要ないのでどうぞ。では、失礼します」
そう言った竜の母は遠くに立つ竜に視線を移すとすぐに背を向けた。
「……ちょっと! いくらなんでもその言い方はないんじゃないですか? 自分の子供ですよね?」
玄関のドアが閉まる直前でゆりは左足を突っ込み、再びドアを開ける。
「まあ、一応私が産んだ子供には違いありません。産んだことを後悔する毎日ですが、あなたが引き取ってくれるならありがたいです」
竜の母は再びゆりに向き直ると冷たく言い放つ。
その言葉の途中、柾斗は竜の両耳に手を当てた。
どうか竜にこの言葉が届かないように──
「……そうですか。これ以上お話しても竜くんが辛くなるだけなので、もう帰ります。失礼します」
柾斗の母、ゆりが振り返るとそこには静かに涙を流す竜がいた。
柾斗のおかげで言葉は聞こえなかったが、母の顔と口元を見て自然と涙が零れていた。
「竜くん行こう」
ゆりは竜の手をとり、車へと向かう。
「竜くん。昨日、もうひとつの家族だと思っていいよって言ったけど、ごめん。竜くんはずっと頑張ってきたんだよね。偉かったね。これからはあたしのことお母さんだと思ってたくさん甘えていいし、頼ってくれていいからね」
車に乗り込んだゆりは後部座席に座る竜の方を向き優しく声をかけた。
「……俺、頑張った……? 偉い?」
「そう。竜くんは偉いんだよ」
ゆりの言葉に竜は嬉しそうに口角を上げた。
「ゆりさん……ありがとう」
「竜くん……」
初めて名前を呼んでくれた竜に、ゆりの目頭は熱くなる。
こうして、竜は柾斗の家で暮らすこととなった。
中学生の竜は柾斗の家から学校に通うことに。
学費はどう説得したのか、竜の母が払い続けることになったようだ。
♢♢♢
「……だから、虐待してた母とはもうずっと会ってねぇ」
話し終えた竜の目は冷めきっていた。
「そっか……。よく頑張ったね。柾斗さんと出会えて……ちゃんと自分で家出たいって言えてよかったね」
「ああ。"産まなきゃよかった"って言われなかったら多分、俺はずっとあの母親と暮らしてただろうな。……だから、あの時の選択が正しいかはよくわからねぇ」
竜はそう言うと、口を真一文字に結ぶ。
"産まなきゃよかった"と言った母の顔が竜の脳裏に蘇る。
「竜はさ、お母さんの元を離れて柾斗さん達と暮らしたことを後悔してる?」
「後悔は……してねぇ」
俯き考えた竜は顔を上げ、葵の目を見つめると口を開いた。
「ならいいんじゃない? 人生に正解なんてないんだから。……その人が後悔しない選択をしたのなら、それが正解だってあたしは思うな。だから、竜が後悔してないなら、それが正しい選択だったんだよ」
「(あたしだって……自分がとった選択が正しいかは分からない。けど、"この選択に対しては"後悔してないから、多分正しかったんだと思うな)」
それは、葵もまた両親の元を離れ、縁を切ったも同然の関係になったことだろう。
「……っ。ありがとうな」
「いーえ。竜……生まれてきてくれてありがとう」
葵は竜の瞳を見つめ笑顔でそう言う。
「……っ」
竜は驚き、目を見開く。
「竜があたしを守るって許可してくれたから、あたしは白狼のみんなといることができてる。竜のおかげだよ。ありがとう」
「ああ」
竜は照れくさそうに葵から視線を逸らす。
そんな竜を見た葵は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「竜って昔は可愛かったんだね」
「は?」
「話聞いた感じだと昔は可愛かったんだけど……。今は眉間にシワ寄せてぶっきらぼうに喋るじゃん」
「(誰も信用してないみたいな、冷めた目もするし。きっと他にもなんかあったんだろうな)」
笑みを浮かべる葵はどこか心配そうな顔をしていた。
葵が思うように竜は"ある事が原因"で他人を信用出来なくなった。
今はだいぶ良くなったが、それはまだ先のお話。
「うるせぇ。これは元々だ」
「へぇーそっか。あ、もうこんな時間か……。どうする? 泊まってく?」
葵は壁に掛けられた時計に視線を移す。
時刻は23時過ぎ。
「お前は女だろ? そう簡単に男を家に泊めるな」
「あーごめん」
葵は意味が分からずとりあえず謝った。
「(別に泊まってても何も気にしないのにな……)」
龍華にいた時は、葵の家に何人か集まり雑魚寝することも多々あった。
だから、竜が言う"女だろ?"の意図が全く分かっていなかった。
「じゃあ帰るな。話、聞いてくれて……ありがとうな」
「あ、うん。じゃあね」
こうして、竜は葵の家を後にした。
そう言った竜の母は遠くに立つ竜に視線を移すとすぐに背を向けた。
「……ちょっと! いくらなんでもその言い方はないんじゃないですか? 自分の子供ですよね?」
玄関のドアが閉まる直前でゆりは左足を突っ込み、再びドアを開ける。
「まあ、一応私が産んだ子供には違いありません。産んだことを後悔する毎日ですが、あなたが引き取ってくれるならありがたいです」
竜の母は再びゆりに向き直ると冷たく言い放つ。
その言葉の途中、柾斗は竜の両耳に手を当てた。
どうか竜にこの言葉が届かないように──
「……そうですか。これ以上お話しても竜くんが辛くなるだけなので、もう帰ります。失礼します」
柾斗の母、ゆりが振り返るとそこには静かに涙を流す竜がいた。
柾斗のおかげで言葉は聞こえなかったが、母の顔と口元を見て自然と涙が零れていた。
「竜くん行こう」
ゆりは竜の手をとり、車へと向かう。
「竜くん。昨日、もうひとつの家族だと思っていいよって言ったけど、ごめん。竜くんはずっと頑張ってきたんだよね。偉かったね。これからはあたしのことお母さんだと思ってたくさん甘えていいし、頼ってくれていいからね」
車に乗り込んだゆりは後部座席に座る竜の方を向き優しく声をかけた。
「……俺、頑張った……? 偉い?」
「そう。竜くんは偉いんだよ」
ゆりの言葉に竜は嬉しそうに口角を上げた。
「ゆりさん……ありがとう」
「竜くん……」
初めて名前を呼んでくれた竜に、ゆりの目頭は熱くなる。
こうして、竜は柾斗の家で暮らすこととなった。
中学生の竜は柾斗の家から学校に通うことに。
学費はどう説得したのか、竜の母が払い続けることになったようだ。
♢♢♢
「……だから、虐待してた母とはもうずっと会ってねぇ」
話し終えた竜の目は冷めきっていた。
「そっか……。よく頑張ったね。柾斗さんと出会えて……ちゃんと自分で家出たいって言えてよかったね」
「ああ。"産まなきゃよかった"って言われなかったら多分、俺はずっとあの母親と暮らしてただろうな。……だから、あの時の選択が正しいかはよくわからねぇ」
竜はそう言うと、口を真一文字に結ぶ。
"産まなきゃよかった"と言った母の顔が竜の脳裏に蘇る。
「竜はさ、お母さんの元を離れて柾斗さん達と暮らしたことを後悔してる?」
「後悔は……してねぇ」
俯き考えた竜は顔を上げ、葵の目を見つめると口を開いた。
「ならいいんじゃない? 人生に正解なんてないんだから。……その人が後悔しない選択をしたのなら、それが正解だってあたしは思うな。だから、竜が後悔してないなら、それが正しい選択だったんだよ」
「(あたしだって……自分がとった選択が正しいかは分からない。けど、"この選択に対しては"後悔してないから、多分正しかったんだと思うな)」
それは、葵もまた両親の元を離れ、縁を切ったも同然の関係になったことだろう。
「……っ。ありがとうな」
「いーえ。竜……生まれてきてくれてありがとう」
葵は竜の瞳を見つめ笑顔でそう言う。
「……っ」
竜は驚き、目を見開く。
「竜があたしを守るって許可してくれたから、あたしは白狼のみんなといることができてる。竜のおかげだよ。ありがとう」
「ああ」
竜は照れくさそうに葵から視線を逸らす。
そんな竜を見た葵は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「竜って昔は可愛かったんだね」
「は?」
「話聞いた感じだと昔は可愛かったんだけど……。今は眉間にシワ寄せてぶっきらぼうに喋るじゃん」
「(誰も信用してないみたいな、冷めた目もするし。きっと他にもなんかあったんだろうな)」
笑みを浮かべる葵はどこか心配そうな顔をしていた。
葵が思うように竜は"ある事が原因"で他人を信用出来なくなった。
今はだいぶ良くなったが、それはまだ先のお話。
「うるせぇ。これは元々だ」
「へぇーそっか。あ、もうこんな時間か……。どうする? 泊まってく?」
葵は壁に掛けられた時計に視線を移す。
時刻は23時過ぎ。
「お前は女だろ? そう簡単に男を家に泊めるな」
「あーごめん」
葵は意味が分からずとりあえず謝った。
「(別に泊まってても何も気にしないのにな……)」
龍華にいた時は、葵の家に何人か集まり雑魚寝することも多々あった。
だから、竜が言う"女だろ?"の意図が全く分かっていなかった。
「じゃあ帰るな。話、聞いてくれて……ありがとうな」
「あ、うん。じゃあね」
こうして、竜は葵の家を後にした。
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