上 下
15 / 32
本編

8

しおりを挟む
家では慎重な面持ちのカイルと樹が待っていた。

「おはよう。」

「おはよう、瑠佳。」

「結果はどうなんだ?」

「それは、ルカがこれから伝える。」

俺はアルさんともたくさん話して後悔しないように決めたと思う。

「取り敢えず、座って話そうか。」

樹が前の飲み物と違う物を用意してくれた。

「…あ、これ…」

「この世界にもあるんだよ。懐かしいだろ?」

ホワッと香る優しい蜂蜜の香りと爽やかなレモン。
……ホットレモネードだ。

「うん、よく冬に作ってくれたよな。」

喉が弱い俺の為に、冬の時期とかによく作ってくれていたよな。

「懐かしいな。」

「フフッ…だろ?ちょっとお前、疲れた顔をしてたからな。」

小学生の低学年までは樹のお母さんの手作りだったけど、高学年で調理実習が始まってから樹のお菓子作りの趣味もあってよく作ってくれた。
何気ない優しさ、包み込む笑顔。

「イツキ、俺も欲しい。」

「はいはい、蜂蜜たっぷりね。」

「フッ…蜂蜜…たっぷり…」

「…アルさん、貴方も十分たっぷりだからね。」

「えっ、こいつより少し少ないぞ?」

溶けきれない蜂蜜が底でグルグルかき混ぜられているのはカイルと同じだ。
俺は数回深く深呼吸し、顔を上げた。

「結果は、可決だよ。」

テーブルの上で握られた樹とカイルの手が強く握られ、お互い喜びに顔を綻ばせていた。
樹のお母さんがここにいたらきっと一緒に喜んでくれただろうな。
男性体の妊娠は女神の祝福があっても難産になる確率は高い。
病気がないにしても、出産って考えるだけで3日も悩んでしまった。
でも、樹の事を考えて否決も考えたけど2人でじっくり話した上での願いだろうし、それを望んでいるなら叶えてあげたいと思った。

「瑠佳、ありがとう。」

「うん、樹。」

可決を伝えた後…

「ルカ、帰ろう。」

「え、もう?これから一緒にお祝い…」

ここにいる理由が無くなった。

「ごめん、天界の者がずっといるのも良くないから…」

判断が難しいと延期をしても良かったけど、樹の思いを聞いたらそれはやめた方が良いと思った。
もう、樹に会うことはないかもしれない。
樹も薄々勘付いているかも。
玄関へと歩く足が2人も遅い。
どんなにゆっくりと歩いても、狭い部屋ではあっという間に玄関に着いた。

「瑠佳…」

___ギュッ___

「…樹…」

「子ども…見て欲しかったな…」

「うん…見たかったな…」

「俺とカイルの子どもだよ?会わなかったらきっと後悔すると思う。」

「うん…そうだね。」

「すまないが、それについては約束が出来ない。」

アルさんが後ろから事務的な声で答えた。

「ルカは本来この世界の担当ではないんだ。君達の情報に関しては担当から連絡が行くだろう。」

「じゃぁ、本当にもう会えないのか?」

___ズキッ___

俺を抱き締める腕に力が籠る。

「なぁ、瑠佳。お前もこっちに転生したらいいじゃないか。カイルもいるし、お前も動物大好きだっただろ?天界に恋人がいるわけでもないんだし、俺…女神様にお願いするよ!」

「樹…」

「なぁ、俺達もっと色んな事を楽しめるはずだったんだよっ。大丈夫、きっとここでも楽しく出来るから!」

樹はこの世界でカイルと再会し、とても幸せに過ごして来たんだろう。
俺が実際ここに転生したとしたら…

「俺…」

アルさんと離れるの?

「…無理…だよ…」

「瑠佳?」

「…それは…難しいかな。樹、俺はこれでも天界で重宝されてんだよ?転生するなら1ヶ月前には本部に言わなきゃ駄目だろう?急には返事出来ないよ。」

「何それ、日本の会社じゃあるまいし。」

「…に、してもさ…樹のそばにはいたいけど、俺には難しいと思う。俺も天界で居場所が出来たから…さ…」

「でも瑠「樹、無茶を言うな。」」

「だってっ。」

カイルが樹を引き寄せ、同時にアルさんが俺を引き寄せた。

「そうだ。ルカは俺にとっても大切な人だ、離れるなんてあり得ない。君がカイルと離れて天界で暮らせと言われたらどう思う?どうか俺からルカを奪わないでくれ。」

「…っ!」

「アルさん…」

「樹、お前には俺がいるだろう?もしかして、まだ瑠佳の事を…」

「違う、違うけどっ…」

そうだよな、俺も…同じ気持ちだよ。

「なぁ、俺達…気持ちは思い合ってたよな。」

「瑠佳…」

「あの幼いキスも…ハグも…大切な思い出だよ。今のお前にはカイルがいる。俺も…大切なアルさんや天界のみんなが出来たよ。お前とも一緒に過ごしたいけど…ごめん、ここには転生出来ない。」

泣きそうな顔をしている樹を見て、俺も涙が溢れてきた。

「大好きだよ、樹。幸せになれよ。」

「…分かった…お前もな、瑠佳。お前も…アルさんと幸せになれよ。」

「うん、アルさんとみんなで幸せになるよ!ね、アルさん。」

「…あぁ…そうだな。」

ん、何か樹が一瞬固まったけど気のせいかな?
その後、女神への願いの書類を2人に署名してもらいアルさんが書類を光に変えて天界へ飛ばした。
天界へのFAX?メール?緊急時にするんだって。凄いよね。

「じゃぁ、行こうか。」

「うん、じゃぁ…いつ…んっ。」

___チュッ___

「樹!」
「ルカッ!」

2人に慌てて引き剥がされて驚いて樹を見ると、満面の笑みを向けた樹が言った。

「愛してたよ、瑠佳。お互い幸せになろうな!じゃあ、‼︎」

___またな!___

俺の目から涙が溢れる。
再び会える事はきっとないだろう…でも、病気で痩せ細った辛い顔ではない、この幸せそうな笑顔を覚えておこう。
だから、俺のこの顔も覚えておいてくれよな。

「うん、また…なっ!」

樹から背を向け、アルさんに抱き付いて顔を隠す。

「…ルカ…良いのか?」

「うん…これ以上…笑顔を出すの…無理…だか…」

___ギュッ___

溢れ出す涙をアルさんが抱き締めて隠してくれた。

「グズッ…ア…アハハッ、アルさん…苦しいよっ!もうっ!」

「では、失礼する。」

「…っ…はい…グズッ…」

「…樹…」

樹の鼻を啜る音が聞こえたが、それは一瞬で再び目を開けるとネル姉さんのマンションに戻っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

俺をおもちゃにするなって!

丹砂 (あかさ)
BL
オレはチートクラスの大魔法使い! ……の弟子。 天は二物を与えずとは言うけど、才能と一緒にモラルを授かり損ねた師匠に振り回されて、毎日散々な目に遭わされている。 そんな師匠の最近のお気に入りは、性的玩具(玩具と言いつつ、もうそれ玩具の域じゃないよね!?)を開発する事、っていう才能のムダ使いだ。 オレ専用に開発されたそんな道具の実験から必死に逃げつつ捕まりつつ、お仕置きされつつ立ち直りつつ。いつか逃げ出してやる!と密かに企みながら必死に今日を暮らしている。 そんな毎日をちょっと抜粋した異世界BLのお話です。 ******************* 人格破綻系のチート × ちょろい苦労人 誰得?と思うぐらい特殊嗜好の塊です。 メインはエロでスパイス程度にストーリー(?)、いやそれよりも少ないかもしれません。 軽いノリで書いてるので、中身もいつもよりアホっぽいです。ぜひお気軽にお読み下さい。 ※一旦完結にしました。 ******************* S彼/SM/玩具/カテーテル/調教/言葉責め/尿道責め/膀胱責め/小スカ なおこちらは、上記傾向やプレイが含まれます。 ご注意をお願いします。

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

異世界で天使の王になったのに傲慢な従者に辱められています

オトバタケ
BL
目が覚めると古い神殿にいた黒須(クロス)の前に現れたのは、眉目秀麗な天使の男だった。男は混乱する黒須に、天使の城が人間に奪われた話をする。黒須はその時の天使の王の、男は王の従者の生まれ変わりだという。普通の人間だと否定する黒須だが、背中からは天使の王の印である黒い羽が生えていた。 前世の記憶も魔力もない、お馬鹿で快感に弱い天使の王と、王をちっとも敬っていない傲慢な従者。前世で因縁のあるふたりは、城の奪還に向かう。道中、襲いくる魔獣を倒していく従者を見た王は、悩んだ末に力を求める。だが、力の分け渡し方法は……

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

処理中です...