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お金の話②

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オホンと咳払いをして、マサイはつづけた。
 
「話を戻そう。とにかく、金があるから幸福とはならない。あまりにないのも現在の社会では不幸だが。」
 
ベンチの冷たさを感じつつ、僕は疑問に思っていたことをぶつけた。
 
「そもそも、お金になんでこんな縛られないといけないのか、僕は疑問だよ。お金は生きるための道具なのに、その道具のために生きている気がする」
 
「ふむ。しかし自給自足の生活はできるか?」
 
「それは無理ゲーな気がする」
 
想像するまでもなく、無理だろうな。ホームレスはそれに近い気もするけど、僕にあの生活ができるとも思えない。 
 
「世が便利になるほど、金を無視した生活は困難になる。金という幻を作ったが故、人は「生」という現実より「金」という虚構に夢中になった。それをかき集めるために、人は「生」を犠牲にした」
 
「どういうこと?」
 
 僕は聞いた。
 
「この世界は、生きるに必要なものすべてに金がいる。本来、誰のものでもないものにすら、金がかかる」
 
「つまり、電気や水ってこと?」
 
「左様。食糧や資源や土地、すべて本来は共有財産だったはずだ」
 
マサイはつづけた。
 
「しかし、集金のために、それらにすら金がかかる仕組みにした。私たちは、金がないと水すら飲めぬ。しかし近代化の影響で川の水など飲めたものではない。水は生の根源だ。それすら自由ではない。」
 
たしかに、生きてるだけで税金がとられ、食べ物にも、水にも、電気にもガスにも移動にもお金がかかる。生きていくためになくてはならない土台から、お金が必要だ。
 
僕は飲み終わった缶をゴミ箱に投げ入れた。入らなかった。その様子を見たマサイはふっと笑って、続けた。
 
「さらに、その生きる根源の全てを国や一部の富む者が実権を握っている。これの意味するところがわかるか?」
 
 それは僕でもわかる。
 
「お金に依存するし、お金を通して、誰かに依存していかない生きていけない…とか?

 
「左様。これは金を通した支配である。と私は考える。飼われているのだ。我々は。」
 
僕はゾッとした。もし明日、生きるに必須なものすべてを、一般人への提供を停止しますなんてことになったら、どうにもできない。法外な値上げもそうだ。僕らは誰かに心臓を握られている状態で生きているということか。
 
「しかし、悪いことだけではない。支配というと一方的に感じるが、支配がないとまた別の問題が起こる」
 
「というと?」
 
「それを巡って人は争う。欲故に。とはいえ、支配しても戦争などするのだから、人間は本当に愚かだ。」
 
 あっはっは!とマサイは高らかに笑った。ああ、人間は馬鹿だと思うよ。馬鹿が支配し、馬鹿が支配され、馬鹿に生きる。これが人間界なんだろう。
 
「人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。」
 
「なに?」
 
急にみつをチックな事をいう。そういうキャラだっけ? 

「『ヴィヨンの妻』という、私の作品の一節さ」
 
「だからそのだざ…」   
 
「私がその太宰かどうかは重要ではない」
 
被せ気味に言ってきた。こいつ、僕の言動を先読みしだしたな。

「私たちは無力だ。とても。とても弱い。生きているだけでなにかと不安になる。金持ちだろうと凡人だろうと。しかし、幸福というものは灯台下暗しだ。私はそれに気づけなかった。」
 
僕たちは公園をあとにした。歩きながら、さっきの話を考えた。 
                      
僕の人生は果たして幸福だろうか?正直不安も不満もあるけれど、それでも生きることに困ってはいない。不満や不安を感じらることは、余裕があるということなのかもしれない。本当に切羽詰まってるなら、そこには恐怖しかないはずだから。
                      


帰宅した。すっかり遅くなってしまった。僕はシャワーを浴びて、ビールを胃に流し込んだ。ううっ…!キンキンに冷えてやがる…!!
                      

悪くない。そう思った。
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