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どうしてこうなったんだっけ?
しおりを挟むかちゃり、と鍵が開く音がして、そっと重いドアを開ける。
玄関の明かりはついたままになっていて、綺麗に磨かれた革靴と、おしゃれなスニーカーが丁寧に並んでいる。2人とも帰ってるんだな、と思いながら靴を脱いでそこに並べた。わたしの靴だけ、だいぶ小さい。
「……、…」
気配、のようなものだけがする。2階から。
2階の主寝室に、クロさんとイズミさんはいるんだな、と無意識に確認だけして、リビングの方に足を向けた。多分、と言うか、今は2人の時間。
ダイニングテーブルの上にラップのかかったお皿があって、少し口元が緩むのが分かった。リビングのドアを開けるのと同時にかちゃかちゃと走ってきた風太にかがみ込んで、頬と耳の辺りを両手で包み込んでがしがしと撫でていると、気まぐれなコタローがしゃがんだお尻のあたりにすり寄ってくる。ソファの上から視線だけを寄越すモカの方に歩いていくと2匹ともついてきて、モカを一撫でしてテーブルに戻る頃には、それぞれにそっちで落ち着いている。
何をやらせても完璧という言葉すらおこがましいくらいの腕前のイズミさんが作ってくれたんだろうな、という夕飯を口に運びながら、スマホを開くと、夕方に2人とやりとりをした画面のままになっていた。
ー映画見て、帰ります (こと)
(きょう)何見るの?ー
(ゆうと)1人で行くのか?ー
ー○○見ます。帰りは、23時前後です(こと)
(きょう)ぼくもそれ見たいから今度一緒に行こうよー
ーもう映画館の方に来ちゃいました。クロさんと、デートしてくださいよ(こと)
(きょう)今度、一緒に行こうね?今日は夕飯はどうする?ー
ー適当になんとかします(こと)
(ゆうと)食べないつもりだろう。だめだぞー
過保護だな、と見返しながら苦笑いになった。その結果の、この食卓だろう。遅くて、もし食べてなかったらつまめるような消化に良いものが置いてある。2人と生活するようになって、太りそうだな、と思いながら、なんとなくネットを開いた。
2階を想像して、つい開いてしまうのは漫画サイト。BL漫画を開いて見てしまう。もともと、こういう生活をする前から見ていたし、そのことで腐女子だなんだと言われるなら、別にそれはそれで気にしない。女性が出てくると、そんな体の人、そんなにいる?とか。そんな都合よく…とか思ってしまうこともあったり。純粋に楽しめるかなぁ、とか、まあ、エッチな表現も楽しめるというか。まあ、それが身近にあってこれはどうなのかなぁ、とかぼんやり眺めていて、気配に気づかなかった。
「ゲームでもやってんのか?」
「ひゃあっ」
低いクロさんの声と一緒に覗き込まれて、体が大きくはねた。後ろめたいことやってるみたいじゃないか。いや、やってるのか。
「ってお前…」
苦虫噛み潰した顔ってこういうんだろうな、って顔で見下ろされる。
スマホゲームもいつもやってる。クロさんの弟と、ずっとやってた。クロさんの弟、やなは職場の面倒見のいい後輩で。
「こんなもん、見てるなら上来りゃ良かったのに」
信じられない発言に、開いた口が塞がらなくなった。やってるんだろうとは思ってましたけどね。
「のぞいて喜ぶ趣味はないっ。てか、クロさん、服着てくださいっ」
「着てんだろうが」
「上も着て!」
綺麗に割れた腹筋とか、全体的に綺麗に筋肉がついた大きな体から目を逸らす。
「こんなもん見て喜んでるくせに、なんでこれで恥ずかしがるかね」
「慣れてないんですっ。だからこんなもん見てるんです」
「だからの意味がわからん」
言いながらその目はわたしが食べたから空いたお皿に流れて、満足げに細められる。大きな手に撫でられた。
「ことは、風呂入ってこい。ここは片付けといてやる」
「イズさん入ってるんじゃないんですか?」
「そろそろ…ああ、出てきた」
わたしは一体どのくらいのんびりここで食べてたのかな、と思いながら目を向けた先には、女の人よりもはるかに綺麗な人。女の人、と言われても疑う余地もないくらいの容姿だけれど、その体はしっかり男の人で、硬くて骨張っていることも知っている。
「あ、こと、食べてくれたんだ」
ふんわりと笑う顔に、つられて笑う。この人が、外では表情がほぼ動かないとか、今は想像できないけれど、ここにきた最初は、その片鱗はあった。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
「悠人が作っておけば食べるだろうって言うからね」
「いらない時ははっきりいらないって寄越すからな」
笑ってごまかしていると、さっさと風呂に行けと追い出された。風太がついてくるから風呂場のドアは出入りできるように薄く開けておく羽目になる。
洗濯機が回っているのからは目を逸らして、大きな浴槽に浸かる。熱めのお湯が気持ちいい。足を伸ばしても余裕のこのお風呂は、きっと体の大きなクロさんと、わたしよりはやっぱり大きくて男の人なイズさんが一緒に入っても余裕な大きさなんだろうな、とか想像して、のぼせそうで立ち上がった。
「おいで」
ほかほかで上がると、クロさんに髪を乾かしてもらっているイズさんに手招きされる。ソファに座っているクロさんの足の間に床に座ったイズさんがいて、絵になるなぁと眺めてしまう。わたしがお風呂に入っている間にとっくにイズさんの髪の長さでは乾いていて、多分美容師のクロさんが手入れしてあげたり可愛がったりしてたんだろうな、と、邪魔しちゃったな、と思っていると、焦ったそうに腕を引かれた。
「またこんな濡れたまま出てきて。今日はぼくがやってあげる」
「恭…まあいいか」
「悠人は早くお風呂入っておいで。こと、ぼくでもいいでしょ?」
「いや、というかこのままで十分…」
「だめー。また朝髪はねるよ?そのまま仕事行こうとするとか、ありえないよ?」
「う…」
「それに、綺麗に髪乾いていた方が、触り心地いいし」
にっこりととどめを刺されて、諦めた。
イズさんの、細くて長い指が髪を乾かして、ブラッシングもしてくれる。
クロさんは、多分最後にお風呂のお掃除もしてくれていて、わたしの長い髪をやってもらっている間には出てこない。さすがにもう十分、とイズさんのあぐらで囲い込まれた中から逃げようとすると、片手でしっかりと押さえ込まれた。もう片方の手は器用にドライヤーとブラシを片付けていて、顔はにっこりと笑顔のまま。
「イズさん、もう寝ます。ありがとうございました」
「また敬語…。うん、寝ようね」
にっこり笑顔は変わらないけど、ちょっと不機嫌。わたし用の客間に行こうとしているのを阻止されている感がすごい。
そのまま一緒に立ち上がって、しっかりと手を握られた。
2階の、主寝室。
「さっきまで2人がいたしていたベッドで寝るとか、やですよっ」
「大丈夫。綺麗に片付いてるし。大体君、それで想像してエッチな漫画、見てたんでしょ?」
「そ…」
「こと、琴は1人にしておくと睡眠の質が最悪だから、だめ。1人でも寝られるようになったら許してあげる」
「確認してないじゃないですか。もう大丈夫ですよ」
「だめ」
イズさんはやっぱり男の人で力はあるし、何気に強引だし。やんわりと引っ張られているのに、しっかりと主寝室に連れて行かれて。
確かにみんなで寝ても大丈夫サイズの大きなベッド。なんだかんだと日付ももう変わっている。
さっきまで、だって、ここでイズさんとクロさんは、えっち、してたんだよね?
そう思うのに、さらっと引き込まれて、しっかりと背中からイズさんに抱き抱えられた。
確かに、睡眠の質は悪い。2人と一緒に暮らす前から。寝落ちして、1時間くらいで目が覚めて、その後寝付けなくて、スマホでゲームしたり漫画読んだり。寝直せそう、と思う頃には、外は明るい、みたいな。それなのに別に次の日は寝られるとかじゃなくてその繰り返し。
逃げないようになのか、腕をしっかりとお腹に回されて、足も絡められる。頭の上に、イズさんの顎が乗って、後ろにあの美人が張り付いていると思うとものすごいドキドキするのに、背中から直に響いてくる心音とか、ちょっと低めの体温とか、わたしより硬い体とか、いろんなものが混ぜ合わさって緊張しているはずなのに安心もして心地いい。
寝付けなかろうと、スマホは見るな、尚更寝られない、と取り上げられてサイドボードに置かれて、抱え込まれているから手も伸ばせない。トイレとかに起きたい時は、容赦なく剥がして立っていいからね、と言われている。背に腹は変えられないから、そこは遠慮しないけど。
しっかりと乾いていた方が気持ちいい、と言った言葉通り、顎で頭頂部を撫でるようにすりすりとされると、すごく大事にされてわたしまで愛されているような錯覚をしそうになる。
お腹に回された手が、子供を眠らせようとするように撫でるのもくすぐったい。
そんなことをしている間にクロさんが部屋に入ってきて、ベッドに入って、電気を真っ暗にする。
「恭、琴葉、おやすみ」
「おやすみ、悠人、おやすみ、こと」
「おやすみなさい」
クロさんは、わたしの正面から、わたしごとイズさんを抱きしめて眠る。
わたしの頭の上で、イズさんに腕枕。
痺れないのかな。
目の前には、ちょうど、クロさんの心臓くらい?筋肉質だからか、クロさんの体温は高くて、ふたりに挟まれて苦しいし、暑い。なのに、だろうなって言いながら、変えてくれない。
不思議と、1人よりもちゃんと寝ている。気がつくと、2人の心音聴きながら。
頭の上で、クロさんとイズさん、キスしてる。気配。
あんまりディープなのはしないでね、と思う。わたし、ここにいるよーって。
わたしの体をあまりにイズさんが自分に密着させているから妬いたのか、イズさんの背中に回っていたクロさんの手が背中にあたって、引き寄せられた。それとも、まさか、どこかおさわりをイズさんにしようとしてる?
ホント、この状況で寝ようとするとか意味がわからない。カップルの間に挟まれるって…。
「ん…ぁ」
イズさんの声が、ちょっと漏れたのに、もぞ、と動いてしまった。
クロさんがきたのにイズさんの手はわたしのお腹に回ったままで、ごめんね、なのか、もしかしたら面白がってるのか、指先にやわやわと力が込められて、むず痒くて、目の前にあるクロさんの心臓あたりに額をくっつけて、目を瞑った。
そのうち、眠ってしまった。
息苦しくて、いたたまれなくて、ものすごくお邪魔虫で、時々彼らの生理現象にまで遭遇するのに。
眠れてしまう。
なんでこんな生活になったのか、わたしはたぶん、ちゃんと知らない。
クロさんと、イズさんと住んでいるこの家は、やなの家。
コタローとモカは、やなの猫。
風太は、わたしが連れてきた子。
無性に居心地がいい、不思議な共同生活。
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